「MAMリサーチ006:クロニクル京都1990s―ダイアモンズ・アー・フォーエバー,アートスケープ,そして私は誰かと踊る」の報告

 

森美術館では,アジア各国と日本各地のアーカイブ,研究機関,研究者との協働を前提とし,作品に限らない映像,写真,文書,史料などを紹介する企画展示「MAMリサーチ」が2015年から企画されている。1990年代の京都のアートシーンを扱いたいという提案が椿玲子氏(森美術館キュレーター)から芸術資源研究センターに寄せられ,1990年代の資料調査に着手していた石谷治寛(芸術資源研究センター非常勤研究員)が共同企画者となり,調査中の資料を活用した小企画が実現した。「MAMリサーチ006:クロニクル京都1990s―ダイアモンズ・アー・フォーエバー,アートスケープ,そして私は誰かと踊る」と題されたこの小企画展は,1989年に大阪ではじまり,1991年から京都のCLUB METROで30年近く続いているドラァグクイーン・パーティー「ダイアモンズ・アー・フォーエバー」や,アーティスト,ギャラリスト,演劇プロデューサーが協同で一軒屋を借りてシェアオフィスとして活用した「アートスケープ」の資料を整理し直し,アーティスト集団ダムタイプのまわりで展開していた,クラブイベントやアーティストが参加したHIV/エイズにまつわる取り組みについて,総体的に明らかにするものになった。展示期間中には,2度のトークセッションも行い,関連イベントとして豪華なドラァグクイーン・パーティーも実現し,充実したものとなった。ここでは経緯,展示の特徴,関連イベントをまとめておきたい。

【経緯】

本企画のもととなる調査は,2016年末からアーティスト,ブブ・ド・ラ・マドレーヌ氏の協力のもとで進められている旧アートスケープに残された資料調査に端を発する。この調査は石谷治寛が2016年度の公益財団法人テルモ生命科学芸術財団の現代美術助成を受け,着手された。その背景として,芸術資源研究センターが2015年に古橋悌二《LOVERS―永遠の恋人たち》(1994)の修復を行い,2016年には京都芸術センターでの展示協力を行ったことも関連する。京都芸術センターの資料展示では,修復作品の技術的な特徴を図面などで見せるにとどまっていたが,HIV/エイズに関する当時の活動「エイズ・ポスター・プロジェクト(APP)」などの歴史的文脈も含めて明らかにしたいという考えから,本格的な資料調査に取り掛かりはじめた。当研究センターでは,2017年の春に,当時APPが収集したポスターをカフェスペースに展示するとともに,第17回アーカイブ研究会「エイズ・ポスター・プロジェクトを振り返る」で,資料の保管者であるブブ・ド・ラ・マドレーヌ氏とともに,当時の活動に参加した小山田徹氏,伊藤存氏,佐藤知久氏を交えてディスカッションを行った。その後,関係者の協力を得て,資料整理,映像テープやスライドやポジ写真のデジタル化,ビデオ・インタビューを進めた。Hi8に収められたビデオ記録に関しては,カビなどによる痛みが激しいことがわかり,この種の貴重資料のデジタル化は今後急を要するだろう。

それまでの調査は主にブブ・ド・ラ・マドレーヌ氏所蔵の資料を中心に行ってきたが,森美術館と展示企画を練り上げるなかで,故古橋悌二がグロリアスとして出演した映画『ダイヤモンド*アワー』(1994)を中心に,ドラァグクイーン・パーティーについても焦点をあてたいという思いから,山中透氏,シモーヌ深雪氏に協力を呼びかけ,「ダイアモンズ・アー・フォーエバー」と「アートスケープ」の二本立ての資料展示となった。それらの資料に,ダムタイプ制作のポスターやチラシ,コンピレーション映像も加えて,1990年代に京都市立芸術大学出身の一部のアーティストのあいだで盛り上がりをみせたムーブメントに関する資料展としてまとめられた。なお,「そして私は誰かと踊る」という展示タイトルは,1994年の第10回国際エイズ会議(横浜)に向けて小山田氏と古橋氏の打ち合わせのなかで出てきたフレーズ「And I Dance with Somebody」の日本語訳で,これはAIDSの頭文字を使った言い換えである。他者とともに喜びを享受することへの強い思いが込められている。パフォーマンス・アートであれクラブイベントであれ,踊ったり議論したり,何かに真剣に取り組んだ距離感の近さを表すフレーズとして,1990年代当時の雰囲気を表している。

【展示の特徴】

資料展では,混沌とした活動を整理するために,ドラァグクイーン・パーティー「ダイアモンズ・アー・フォーエバー」の1990年代のフライヤーを一列に並べるという提案を行った。フライヤーが時間軸となり,そのまわりに時系列に沿って関連資料や映像,当時の出来事の解説や写真,ダムタイプの公演ポスターが並列される。それによって,多様な小グループでの活動の流れが見通し良く整理されるとともに,ゆるやかな活動のつながりが視覚的に把握しやすくなった。1990年代に初演されたダムタイプの《pH》プロジェクトと,1989年のクラブパーティー「ダイアモンズ・アー・フォーエバー」はまさに並行して開始されており,両者がアート・パフォーマンスとクラブイベントという鏡のような関係になっている。《pH》にクラブカルチャーの要素が取り入れられ,「ダイアモンズ・アー・フォーエバー」でもパフォーマンスにつながる実験的な要素が含まれていたことは,これまで十分に言語化されてこなかった。ばらばらに見える出来事に,アーカイブを通して新たな展望を提示できたことは意義がある。また,展示を進めるなかで,ダムタイプオフィスからのエフェメラ群,シモーヌ深雪氏からの雑誌の記事,砂山典子氏からのベストアダルトや国際エイズ会議の記録映像の提供によって,旧アートスケープの資料の欠落素材を補うことができた。また宮田ヒロシ氏からは,QFF(レズビアン&ゲイ映画祭京都・大阪実行委員会)の関連資料の提供も受けたが,今回は十分に調査を進めることができなかった。個々の当事者が保管している資料も含めて,さらなる調査を広げることは今後の課題である。

これらに,当時の活動に関わった当事者たちのインタビューを加えることで,現在の視点から振り返るさまざまな声を導入した。インタビューは24名におよび,1時間前後の映像インタビューをそれぞれ3~10分程度に編集し,計160分ほどにまとめる作業を石谷が行った。このインタビューにより,1990年代を通してさまざまな活動に関わった個々の当事者の観点から,ムーブメントを振り返ることの出来る複眼的な視点を導入できた。90分程の『ダイヤモンド*アワー』を展示空間で上映することは断念し,その代わりにパフォーマーの紹介にもなる「予告編」として再編集して上映した。これら過去の映像資料は現在のインタビュー映像とも響き合う。展示空間を斜めに横断して,異なる要素が反照しあう空間構成も,展示の特徴である。『ダイヤモンド*アワー』は,宇宙人が当時のビデオを再生するという場面からはじまるが,本展示は,その視点を再現するかのようなアーカイブを実現できた。シモーヌ深雪氏とD・K・ウラヂ氏によって《ロイヤル・ウィッグ》が新たに制作され,中心にすえられ,当時の精神を具現化している。

【関連イベントの実現】

関連企画として,新宿二丁目のクラブ「AiSOTOPE LOUNGE(アイソトープ・ラウンジ)」で『ダイヤモンド*アワー』を上映することになり,さらにシモーヌ深雪氏の提案で,映像にあわせて数人のパフォーマーが自分の場面を再現する「飛び出すダイヤモンド・アワー(3D)」が実現したことで,今回のアーカイブ展はいっそう意義深いものになった。その実現には,制作者のD・K・ウラヂ氏とともに,現在も月1のイベントを続けている「ダイアモンズ・アー・フォーエバー」の現メンバーの協力も欠かせず,感謝は尽きない。さらには,森タワー52階の展望台にあるレストランTHE MOONから,クロージングイベントの提案もあり,もうひとつのパーティーも実現した。というのも,オーガナイザーは昔からクラブで働いており,「ダイアモンズ・アー・フォーエバー」のパーティーもよく知っていたからだという。このように企画者側の当初の意図を超えた反応と動きが,アーカイブ展を通して広がったことは,本企画の最大の成果だろう。資料を整理し公開する意義は,アーキビストの解釈や理解を超えて,さまざまな受け止められ方がなされることにある。パーティーには,当時の活動に携わった東京在住の関係者も多数訪れ,盛況となった。今回は,資料展を契機にイベントが実現したことで,アーカイブや再演の創造的可能性を深めることができた。この調査活動は発展させる余地が多く残されており,今後もさまざまな可能性を模索していきたい。(石谷 治寛)


トークセッション 第1回

「1990年代の京都を,いま振り返る」

日時:2018年10月6日(土)14:00~16:00

出演:ブブ・ド・ラ・マドレーヌ(アーティスト),砂山典子(ダンサー,パフォーマンスアーティスト),アキラ・ザ・ハスラ―(アーティスト),宮田ヒロシ(クリエイティブ・ディレクター)

モデレーター:石谷治寛,椿 玲子

 

トークセッション 第2回

「ダイアモンドは永遠に――日本におけるドラァグクイーン・パーティーの起源」

日時:2018年12月12日(水)19:00~21:00

出演:DJ LaLa(ミュージシャン),ブブ・ド・ラ・マドレーヌ(アーティスト),マミー・ムー・シャングリラ(サウンド・アーティスト),D・K・ウラヂ,シモーヌ深雪(シャンソン歌手,ドラァグクイーン)

モデレーター:石谷治寛,椿 玲子

 

ドラァグクイーン・パーティー&フィルム・スクリーニング

「DIAMONDS ARE FOREVER TOKYO」

1部 飛び出すダイヤモンド・アワー(3D)

2部 Show The Revue on Revue

日時|2018年12月11日(火)19:30~0:30

会場|AiSOTOPE LOUNGE(アイソトープ・ラウンジ)

出演:DJ LaLa,DJ kor,シモーヌ深雪,ブブ・ド・ラ・マドレーヌ,マミー・ムー・シャングリラ,フランソワ・アルデンテ,アフリーダ・オー・ブラート,そよ風さん,ショコラ・ド・ショコラ,サナ・サイーダ,オナン・スペルマーメイド,ダイアナ・エクストラバガンザ,エンジェル・ジャスコ,おりいぶぅ,ウラジミール・パウダリーナ ほか

 

THE MOON×DIAMONDS ARE FOREVER presents “After The Crescent”

日時:2019年1月11日(金)20:00~25:00

会場:THE MOON Restaurant |Lounge

DJ:DJ LaLa,DJ kor

出演:シモーヌ深雪,アフリーダ・オー・ブラート,そよ風さん,ショコラ・ド・ショコラ,ブブ・ド・ラ・マドレーヌ

アーカイブ

ページトップへ戻る