Akira Otsubo 「Shadow in the House」の報告

京都市立芸術大学芸術資源研究センター企画展

Akira Otsubo 「Shadow in the House」

芸術資源研究センターは,学内の小ギャラリーを会場に,写真家・大坪晶の個展「Shadow in the House」を2018年3月22日から31日にかけて開催した。大坪の写真作品《Shadow in the House》シリーズは,時代の変遷とともに所有者が入れ替わり,多層的な記憶を持つ家の室内空間を被写体としている。大坪は近年,日本各地に現存する「接収住宅」(第二次世界大戦後のGHQによる占領期に,高級将校とその家族の住居として使用するため,強制的に接収された個人邸宅)を対象とし,精力的なリサーチと撮影を続けている。接収された住宅数は,時期により変動はあるが,全国主要都市で2600~3000戸にのぼる。その多くは,GHQの指示に従い,内装の補修や壁の塗装,配管や暖房設備,ジープを駐車する車庫の新設など,様々な改修がなされた。撮影にあたっては,建築史や都市史研究者から提供を受けた論文や資料を参照するとともに,「接収住宅」の所有者の遺族や管理者へインタビューを行い,聞き取った印象的なエピソードが撮影場所の選定に活かされている。また,本展企画者の高嶋慈は,批評テクストの執筆や資料のリサーチに協力している。

《Shadow in the House》の核心として,以下の2点が挙げられる。「個人邸宅の室内」という私的空間に残る歴史の記録であること。そしてダンサーと協働し,室内で動いた身体の軌跡を長時間露光撮影によって「おぼろげな影」として写し込むこと。室内に満ちた光に溶け込むような,あるかなきかの儚い「影」は,何かの気配や人がそこにいた痕跡を想像させる。それは,複数の住人の記憶が多重露光的に重なり合い,もはや明確な像を結ぶことのできない記憶の忘却を指し示すとともに,それでもなお困難な想起へと開かれた通路でもある。

大坪がこれまで撮影した計10件は,京都市山科区の栗原邸(旧鶴巻邸),広島県福山市の福寿会館,兵庫県宝塚市の高碕記念館,旧安田邸,兵庫県芦屋市の滴翠美術館(旧山口吉郎兵衛邸),芦屋市立図書館打出分室(旧逸身銀行,旧松山家住宅松濤館),名古屋市の文化のみち撞木館(旧井元邸),揚輝荘,名古屋陶磁器会館,愛知県岡崎市の旧本多忠次邸である。大正から昭和初期に建てられた洋風建築が多いが,同じ敷地内に洋館と和館が建てられ,洋館が接収対象となり,和館には所有者の日本人が暮らしていたケースもある。また,返還後から現在に至る歴史も様々であり,元の所有者や家族が再び住み続けた家もあれば,記念館や美術館などとして改修され,公共性の強い空間に変わった場合もある。

展覧会は,これらの「接収住宅」を写した写真作品に加え,関連資料,資料に基づいた作品,批評テクストからなる複合的なインスタレーションとして構成した。関連資料として,旧井元邸で接収者の軍人一家のメイドとして働いていた山中節子氏のインタビュー映像,夫人から贈られた記念の品を撮影した写真,占領期の婦人雑誌に掲載された「進駐軍メイドさん」の記事などを展示した。また,進駐軍の家族用住宅として新築された「デペンデントハウス」についての報告書として出版された『Japan and Korea, dependents housing』も展示した。この書籍には,和風建築の設計のリサーチに始まり,洋式トイレやバスユニットに改修する図面,新築された「デペンデントハウス」の外観や内装,住宅地内に併設された学校や購買部,娯楽施設など,多数の写真図版が掲載されており,欧米の生活様式やそれへの適応化がもたらされたことが分かる。さらに,これらの掲載図版を用いた大坪の作品も展示した。  

また,会期中の3月25日には,関連企画として,シンポジウム「記憶⇄記録をつなぐ」Vol.2を開催した。ゲストとして,都市史研究者の村上しほり氏(神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 研究員)に参加いただいた。村上氏には「占領下の都市と接収:その記録と記憶」と題したレクチャーをいただき,大坪と高嶋を加えてディスカッションを行った。展示とシンポジウムを通して,「住宅」という私的空間から大文字の「歴史」や異文化の接触を捉え直す視座を開くとともに,接収の実態や生活様式の変遷が今日の私たちの文化や精神性に与えた影響についても考える機会となった。

(芸術資源研究センター非常勤研究員 高嶋 慈)

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