第1章 概要

 公立大学法人 京都市立芸術大学は、産・学・館(官)と連携して、タイムベースト・メディア(*1)を用いた美術作品(以下、タイムベースト・メディア作品)の修復・保存に取り組み、国内にあるタイムベースト・メディア作品の修復・保存を促進することを目的として、平成27年度メディア芸術連携促進事業 連携共同事業「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業」を実施した。
 京都市立芸術大学 芸術資源研究センターが中心となり、せんだいメディアテーク(公益財団法人 仙台市市民文化事業団)、ダムタイプオフィス、独立行政法人 国立美術館 国立国際美術館と連携して、タイムベースト・メディア作品の典型例である古橋悌二(ふるはしていじ、1960~1995年)の《LOVERS――永遠の恋人たち――》(1994年)の修復・保存を行った。
海外機関の先行事例に関する調査を、ドイツ・カールスルーエ市のカールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター(ZKM)、イギリス・ロンドン市のテートで実施した。
 国立国際美術館との共催で、シンポジウム「過去の現在の未来――アーティスト、学芸員、研究者が考える現代美術の保存と修復――」を、そして、情報科学芸術大学院大学、多摩美術大学、京都精華大学、NTTインターコミュニケーション・センターの研究者とともに、ワークショップ「メディアアートの生と転生――保存修復とアーカイブの諸問題を中心に――」を開催し、本事業の調査研究を公開した。実施機関のメンバーを中心に、タイムベースト・メディアの修復・保存に関する研究会を開催した。
 タイムベースト・メディア作品の修復・保存は、国内での事例が少なく、実施体制が整備されていなかった。本事業は、作品を管理・保存する美術館、修復の範囲を学術的に定義する研究者、修復技術を有するアーティスト・技術者による連携を通して、タイムベースト・メディア作品の修復・保存に関する仕組みを創出するものである。本事業がモデルとなって、他の美術館、研究機関、アーティスト・技術者による協働事業を促進し、日本国内にある多くのタイムベースト・メディア作品の修復・保存が行われることで、新たな創造や研究が生まれ、芸術文化の振興、産業の振興などに寄与できると考えている。
 なお、タイムベースト・メディアの修復・保存に関する情報を共有するために、「タイムベースト・メディア作品の修復/保存のための手引き」を作成する計画であったが、1月に完成した《LOVERS》の映像を仮想空間で動かすシミュレーターについて、2月開催のワークショップにおいて専門家からメディアアート一般の修復・保存に適用可能であるとの指摘を受けたため、シミュレーターの評価を含めた形で、来年度に手引きを作成することにした。


*1 タイムベースト・メディア〔time-based media〕とは、イギリスの美術館テートが提唱した概念であり、一般的に、ヴィデオ、スライド、フィルム、音声、コンピューターに依拠した、時間的な経験を伴う作品のことを指す。日本では「タイム・ベースド・メディア」と表記されることもあるが、本報告書では、原語の音声に近い「タイムベースト・メディア」の表記を用いる。

ページトップへ戻る