第5章 実施内容

5.1 修復作業の概要

以下は、8月と12月に行った具体的な修復作業の概要である(作業の詳細については、本書付録に掲載した「作業日誌」を参照)。

【8月の作業】

 8月25日、作品搬入前に1994年にキヤノン・アートラボで展示された作品の制作背景と再制作時に高谷史郎が担った役割、また今回の修復内容について、高谷にインタヴューを行った。その後、作品の搬入作業を行い、映像投影機器が搭載されたセンター・タワー、制御機器が搭載されたコントロール・ラックを組み立てて電源を通し、作品の不具合を把握するため、最終日まで繰り返し映像の再生を行った。機器の劣化が確認され、ヴィデオ・プロジェクターを新規に交換することが決定し、それを載せるためのステージも新調することとなった。予備の部品やケーブルの状態の確認を行い、新規購入と廃棄する物品が決定した。コントローラー及びDVDプレーヤーに一部動作の不調が見られ、原因は特定できなかったものの問題なく稼働したため今回は継続して使用されることとなった。28日に作品の確認作業は全て終了した。新調する機器と部品は12月の作業までに選定、購入し、天井プロジェクションはダムタイプオフィスで修復され、12月に作品本体と合わせて調整した。

作品の制作背景と予定している修復内容(高谷史郎インタヴュー)

 本作はパフォーマンス作品《S/N》と並行して制作された。高谷は、当時入院中だった古橋悌二からの提案で本作の制作に協力した。当時、映像によるインスタレーションはモニターを用いたものが多かった。そのころヴィデオ・プロジェクターが流通し始め、フレームの外に広がる映像プロジェクションの表現が、作品と観客との社会的な関係性に関心があったダムタイプメンバーの志向と合致し、この機器を使用して作品制作することになった。入院中の古橋が幾つかの人物の動きのパターンを指示書として手書きし、それを元にダムタイプメンバーと友人が出演した。京都のフリースペース無門館を借り、高谷らによって映像撮影が行われ、古橋は退院後に自身の映像を撮影し、全ての映像編集を行った。当初から古橋の映像には対人センサーを取り付ける構想があり、古橋の映像は頭出しの早いレーザー・ディスクで、他はHi8で撮影した。映像で映し出される裸の人物は、様々なレッテルをはぎ取った裸(Naked)の人間の姿を表現しようとしており、人体の存在感を出すため、黒バックで撮影した。一方で、床を白くすることで部屋自体の存在感を強調し、奥行きが不明瞭ながら等身大の人間の存在感が感じられるような効果を作り出した。
 天井プロジェクションが床に投影する文字は、警察が立入禁止場所に使用する文句を古橋が引用したものである。当初は8台でプロジェクションを行い、赤外線センサーと自作のスイッチャーを使用していた。だが、設置が困難なため古橋はそれ以降海外ツアー時にはそれを廃止し、必要なときだけ4台で投影することにした。ほかに8台で投影したのは、2005年ICCの展示のときのみである。ミーティングを繰り返し制作に2年ほどかかり、組立てはアートラボが借りた代官山ヒルサイドで1週間程度かけて行った。コネクタの作成やプロジェクションを合わせる調整に苦労した。再編集した映像を作品としてレーザー・ディスクに焼いたものをキヤノンが買い取り、その後、東京都写真美術館に収蔵された。
 今回の修復でオリジナルと捉えているのは1994年のキヤノン・アートラボ展の状態であり、将来的に修復しても関係者なしに再構成できるようにすることが目標である。作業は、プロジェクターなど劣化している機器の改修と交換を行い、映像素材は初期の生データを非圧縮で取り出し汎用性の高いムービー・ファイルに変換する。コントローラーが壊れたときにも対応できるよう、作品の根幹であるプログラム・シークエンスを書き出す。DVDプレーヤーをコンピューターに置き換えると、全て置き換えることになってしまうので今回は行わない。さらに、これまで作品と別にしていた4台の天井プロジェクションを含めて、作品の運用マニュアルを作成する。

A. センター・タワー

1. ヴィデオ・プロジェクター
 smtヴァージョンのヴィデオ・プロジェクター(SANYO/LP-SG7)を、8月25日に電源を入れて投影したところ、機器が古くなっていたので新規に購入することを決定した。26日、27日と機種の選定を行ったが条件を満たすものがなく、12月の作業開始までに選定し購入を行うこととなった。

2.プロジェクター用ステージ
 ヴィデオ・プロジェクターを新調するに伴い、台座を汎用性のある大きめのサイズに変更する必要が発生したため、28日にサイズを決定した。

3. 対人センサー
 8月26日に映像機器にスピーカーも接続し、作品上映リハーサルを行い、全ての機材が動作することを確認した。しかし、数回に1回の頻度で、映像のタイムラインとターンテーブルの動きがずれることが判明した。繰り返し再生を行い、機材の接続を確認したが原因は不明であった。27日に原因を特定する調査を行った結果、作業場所と古橋の映像に付けられているセンサーのセンシング範囲とに問題があったことが判明した。

4. スライド・プロジェクター
 8月25日にスライド・プロジェクター(KODAK/Ektapro 9020)の電源を入れて投影したが、問題がないため交換は行わないことを決定した。だが、将来的にスライド・プロジェクターの生産中止が予想されるので、26日には、予備のランプも含めてどれくらい機材を確保しておくかを検討する必要を話し合った。

B. コントロール・ラック

1. DVDプレーヤー
 8月28日に、DVDプレーヤー(PIONEER/DVD-V730)本体の稼働時間記録を確認したところ、正常に記録されていなかった。劣化の懸念があるが、現在のものを引き続き使用することになった。

2. コントローラー
 8月28日の上映リハーサル中、リセット時にシステム・コントローラー(DORAMU/XC-2525)から指示が送られず、映像の原点出しのあと動作が停止してしまう問題が発生した。その後、個々の機器の調子を確認してから、起動すると問題なく上映できた。コントローラーの業者に問い合わせたが、原因の解明には至らなかった。

C. 天井プロジェクション

 ダムタイプオフィスで調整しており、12月の作業から本体と合わせて調整が行われた。

D.その他

1.部品とケーブル
 8月25日の機材の設営中に電気系統の配線を間違えることがあったので、配線のタグやコネクタをまとめたものに取り替えることが検討された。26日に、スピーカー、電球、ケーブル等、全ての予備の部品を確認し、新規購入するものと廃棄するもの選定が終了した。28日には、必要なものの最終的な確認を行った。

2.作品運営マニュアル
 8月25日に機材の設営中を行った際、作品インストールに可能な会場の広さの範囲や、センター・タワーを置く位置の割り出し方について、マニュアルを作成する必要が明らかになった。

【12月の作業】

 新規に購入したプロジェクターをセンター・タワーに設置し、プロジェクターを載せるステージを作り直した。また、新規プロジェクターに合わせてスピーカーも新しいものに変更した。ステージごとプロジェクターを回転させるターンテーブルについては変更しなかった。
 スライドについては、現在のものが長時間の展示で焼けてしまっていることが確認されたために、予備のスライドを作成した。
また、展示オプションとして設定されている天井プロジェクションの再建を行った。
以上のように、ハードの交換については必要最小限のものにとどめるが、将来の更なる修復のために、本作の正常な動作を示すシミュレーターを作成した。シミュレーターによってそれぞれのハードがどのような仕組みで動いているのかというロジックを保存することが可能となるからである。シミュレーター作成のため、DVDプレーヤー(PIONEER/DVD-V730)とLDプレーヤー(PIONEER/LD-V800)で再生するムービーについて、原本であるベータカムからデジタル・データへの変換を行った。また、ムービーのアクションだけではなく、ステッピング・モーター(ORIENTAL MOTOR/UPK564B-TG30)を制御するモーター・コントローラー(ORIENTAL MOTOR/SG9200D-2G)のデータを抽出し、ターンテーブルの物理的な動きをシミュレーターに統合した。システム・コントローラー(DORAM/XC-2525)がコントロールする古橋用ヴィデオ・プロジェクターとスライド・プロジェクター(KODAK/Ektapro 9020)の動きについては、実際の動作を確認しながらプロジェクターに反映させた。

A. センター・タワー

1. ヴィデオ・プロジェクター
 プロジェクターをAddtron Technology Inc.のQUMI Q7 Liteに交換した。以前のヴィデオ・プロジェクター(SANYO/LP-SG7)に比べ、より鮮明なイメージになった。高谷の記憶では、本来の《LOVERS》よりも色が派手であるように感じられたため、彩度やきめ細かさを落とすことが検討されたが、元々の映像データにハイコントラスト風のエフェクトが施されていたことが確認できたため、プロジェクターの精度が良くなったものと考えられる。今回は、ヴィデオそのものを加工し直すのではなく、プロジェクターのコントラストや明るさ、色調等を調整して淡い色合いにした。作業場所が狭い空間なので、実際の展示ではより淡い色合いで映し出されることが予想される。

2. プロジェクター用ステージ
 ステージの形態を、新しいプロジェクターに合わせてデザインし直した。現在のものも、以前の交換の際に作り直したものである。高谷は5つの新規プロジェクター用に角度を調節し、反射防止のプレートを設置した。

3. スピーカー
 新規プロジェクターのデザインに合わせて新規に購入した。これまでにもプロジェクターのサイズや色に合わせて交換してきたため、今回交換したプロジェクターの仕様にあったスピーカーを2つ設置した。

4. スライド
 スライドの予備(予備2枚+試作1枚)を作成した。A4サイズのリスフィルムに0.25mmの筋が入ったものを作成した。コマごとに切り分けて、実際に投影して確認。耐久性の面から、引き続きガラスのマウントを使用する。

5. センサー
 センター・タワーに設置されている現在のセンサー(OMRON/E4A-3K)は、上海での展示(上海征大現代美術館の「From Flash to Pixel」展)の際に故障して交換したもので、範囲、角度、距離が設定可能である。今回も引き続き使用するが、今後、交換の必要がある場合は、仕様が同じものを購入するのが良い。反応範囲については今回の作業で妥当な範囲を割り出し、指示書を作成した。

B. コントロール・ラック

1. ムービー
 ムービーをデジタル・データ化し、加速、ジャンプ等といったムービーのアクションを表にまとめた。DVDプレーヤーで再生するムービーについては分析が比較的容易だったが、LDプレーヤーで再生するムービーは鑑賞者の位置に連動して作動するため、《LOVERS》の実際の動作と照らし合わせながら確認した。資料として残っている制作メモのタイム・コードでは、映像内の古橋の歩数を基準にムービーのアクションが指示されているが、実際には、歩数を基準に映像を切り替えるのではなく、切替えの際に映像がスムーズにつながるように作成してある。そのため、振り向く、スライドが寄ってくる、倒れる等といった映像上の人物の動きを1/29.97秒のフレーム単位で表にまとめた。

2. モーター・コントローラー
 パルス・ジェネレーターであるモーター・コントローラーからデータを抽出し、解析の後グラフ化した。ムービー・データとモーター・コントローラーのデータを照合し、《LOVERS》の実際の動きとプログラム上の動きのズレを確認した。

C. 天井プロジェクション

 小型コンピューター(Raspberry Pi 2)でムービーを再生するシステムを構築した。1994年に制作されたオリジナル・ヴァージョンにはセンサーとプロジェクターがそれぞれ8台ずつ、1995年のツアー・ヴァージョンからはオプション(会場によっては設置しない)として4台ずつの仕様になった。高谷によれば、8台ずつではオプションが実際の展示に採用される可能性が低いという古橋の考えとのこと。今回も4台ずつで再建した。また、天井に設置するプロジェクターは、展示会場の条件に合わせて他の機種に変更可能である。
 2001年のsmtヴァージョンから、天井から地面に投影する文字について2点の変更を行った。まず、フォントについては、1998年にスパイラル・ガーデンで展示した際の記録写真に基づいて、San SerifからTimesに戻した。高谷によれば、せんだいメディアテークでの再制作の際、フォント確認ができずSan Serifで再作成したとのこと。また、映像中の文字が円形に表示されていくスピードに関して、smtヴァージョンでは、鑑賞者を取り囲む感じを出すためにオリジナルのベータカム映像よりもスピードを上げて再制作したが、今回は、1994年のオリジナル・ヴァージョンを踏襲して元々のゆっくりとしたスピードに戻した。高谷によれば、スピードについては最終的には現場で調整するのが妥当とのことである。

D. シミュレーター

 当初は、ターンテーブルと映像の同期について採取したデータが正確かどうか確認するためにシミュレーターを作成し始めたが、《LOVERS》という作品自体がハードウェア依存のものではない上に、現状のハードそのものの修復には限りがあるため、メディアアートの作品に対するテクニカルな資料として重要と考える。シミュレーターでは、現在の《LOVERS》の動作をPC上で再現するものが完成した後、古橋が編集したヴィデオ・テープで再生されている理想的な状態のヴァージョンの2種類を作成した。また、この2種類のシミュレーター間のズレについては文書としても記録した。
 現在の《LOVERS》を作業会場で試写してみたところ、理想的な展示会場の広さよりも狭かったため、水平に移動するはずの人物映像が山なりに動いてしまっていたが、10m四方の空間にムービーを投影したシミュレーターでは問題がない程度にまで改善された。

資料

 今回の作業に際し、ダムタイプオフィスにて1994年のキヤノン・アートラボでのミーティング時の資料を発見した。まだ具体的な作品の形になっていない段階の図面で、中央にプロジェクターのタワーからどのような大きさで映像を投影すべきか検討していたときのものである。古橋と高谷のやり取りの中で作られた図面だと思われるため、過去資料として保管する。

作品の保存に関する課題と今後の展望(高谷)

 将来的には、センター・タワー、コントロール・ラックの各ハードウェアの機能を1台のシステムが担うようにする修復も可能である。
 一方でシミュレーターや、オリジナル・ヴァージョンの展示記録のベータカム、ムービー・データといったものだけでなく、その他の資料についても、将来的に再生・閲覧するためのソフトがなくなる可能性があるため、紙資料として残しておくことも必要である。《LOVERS》を一種のコレオグラフィーとして考えれば、他の人物による《LOVERS》の再演も可能かもしれない。今回制作したシミュレーターは、データ確認の副産物というよりも、シミュレーターとして修復したと考えることが可能である。

作業記録 ※クリックで大きな画像をご覧いただけます。
timetable

5.2 先行事例の調査

5.2.1 国立国際美術館――高谷史郎《optical flat / fiber optic type》(2000年)の保存・修復――

日時:2015年10月7日(水)、8日(木)
会場:国立国際美術館B1展示室
参加者:高谷史郎、植松由佳、田中信至、須田真実、中川陽介
加治屋健司、林田新、菊川亜騎

 高谷史郎の作品《optical flat / fiber optic type》は、2000年に大阪(当時)の児玉画廊で発表され、2001年に国立国際美術館に収蔵された。映像を用いた彫刻作品である本作品は、ガラスの台座に乗せられた金属シャフトに、高速度で出力された映像が映し出される2台の液晶ディスプレイが取り付けられている。制作から15年が経過し機器のメンテナンスを行うとともに、作家が不在でも作品のインストールを可能にし、将来的な修復保存の方針を決定することを目的に、植松由佳(国際美術館主任研究員)のもと修復プロジェクトが行われた。美術館のコレクション展での展示に当たり10月7日、8日にかけて、作品インストールの記録撮影とともに将来的な修復保存の方針について高谷へインタヴューが行われた。本事業の対象作品《LOVERS――永遠の恋人たち――》がタイムベースト・メディアの修復保存においてとりわけソフト面(プログラム)が問題であるのに対し、本作で問題となるのは主にハード面(設備機器)であり、参照できる対照的な事例としてこの見学を行った。
 本作は発表当時インスタレーションとして展示していたが、美術館に収蔵する際、利便性を考慮し彫刻の形態に置き換えられた。作家と学芸員のあいだで繰り返し作品のオリジナリティについて議論がなされ、今回の修復ではオリジナルのコンセプトに立ち戻り、新たに可動壁を設け2本のシャフトが貫通するように作品を並べる展示方法に変更した。さらに、コンピューターはPower Mac G4をMac Miniに、プログラムはムービー・ファイルに、シャフトは無空のものから中空のものに置換された。また、作品とバックヤードの線引きを明確にし、コンピューターを入れるため露出展示していた木箱を廃止し、機器は可動壁の中に収納することになった。
 作品インストールは、作家に加えテクニシャンの田中信至(creanative)、インストーラーの須田真実(HIGURE 17-15 cas)が行い、中川陽介(アーティスト)が撮影を担当しヴィデオ・カメラ3台で動画を中心に記録が行われた。これは作業の進行過程を記録する遠景、作品の組立て作業を記録する中景にわけて撮影され、とりわけ重視されたのは作家の手元を撮影する近景である。記録者の中川は常に作家に寄り添い、何に注意を払い設営作業が行われているのか理解を深めながら行程を記録した。また作家が技術者へ出す指示や両者の会話には、作業の問題点や理想的な作品の状態やインストール方法が示される重要な証言である。これを確実に記録するため、音声記録にも大きな重点が置かれた。一方で、作品と空間の関係性や照明の位置については、上階から俯瞰(ふかん)した構図でも撮影し、記録者は作品展示における手順と作家の意図を、多角的な観点から、動画に総合的に記録した。
 最終日のインストール終了後、インタヴューの事前に、作家と学芸員そして作業に寄り添ってきた記録者を含めて、いま一度作品コンセプトについて議論が交わされた。これは動画撮影され、インタヴューで漏れてしまいがちな、作家の率直な意見を補完するための重要な資料となる。
 植松から作家へのインタヴューは、40分間にわたって行われた。場所は、作家が言葉を引き出し、該当箇所を指し示せるよう、作品の前で行った。始めに質問されたのは、作品コンセプトと制作背景、そしてオリジナルからの変更点についてである。続いて将来的な保存修復の情報として機器変更の条件が質問され、液晶ディスプレイというメディアそのものに注目した本作においては、現状の規格が作品の必須条件であることが述べられた。さらに、展示空間の広さ、照明、音量といった作品展示の諸条件が確認された。最後に、修復前後での考え方の変化が質問され、これまでどのように作家が修復保存の意思決定を行ってきたかが語られた。その後、テクニシャンとインストーラーにもインタヴューが行われた。何を重視してどのような作業を行ったか、作業に当たって高谷から指示された内容、作品機器のトラブルや癖といった特徴、今後修復する際の注意点などが質問された。
 テクノロジー機器を伴うタイムベースト・メディアにとって、作品のオリジナリティとは使用される機器そのものと緊密に関わっており、その見定めは修復方針の根幹になるとともに、作品をいかに見せるかという展示方法に結びついている。本事例では、関係者のあいだで作品について十分な議論が積み重ねられたことが、円滑な記録作業を支えていた。今回の見学によって、記録者は客観的に事実を記録するだけでなく作品についての議論にも積極的に参加し、深い理解を持って行う必要があることを知ることができた。本事例は、12月5日に行われた京都市立芸術大学芸術資源研究センターと国立国際美術館共催シンポジウムにおいて植松によって口頭発表され、高谷のインタヴューの一部は美術館の取り組みの一例として一般に公開された。

5.2.2 カールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター(ZKM)

日時:2015年10月14日(水)
参加者:加治屋健司、植松由佳、ドーカス・ミュラー(Dorcas Müller)

 10月14日に、国立国際美術館主任研究員の植松由佳と京都市立芸術大学芸術資源研究センター准教授の加治屋健司が、ドイツ・カールスルーエ市にあるカールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター(Zentrum für Kunst und Medientechnologie Karlsruhe、以下、ZKM)を視察した。
 ZKMは、1989年に設立され1997年に開館したメディアアートの展示・研究施設で、バーデン・ヴュルテンベルク州とカールスルーエ市が運営している。ZKMには現在、現代美術館、メディア美術館、メディア図書館、映像メディア研究所、音楽・音響研究所、旧式ヴィデオシステムラボ(Labor für antiquierte Videosysteme)がある。
今回の視察では、同ラボのドーカス・ミュラー(Dorcas Müller)研究員に、ZKMにおける映像メディアの保存についてレクチャーを受け、意見交換を行った。(*4)
 同ラボは2004年に設立された。1960年代以降に製造された、様々な規格の音声・映像メディアの記録再生機器を300点以上所蔵し、それらの機器によって記録された音声・映像をデジタル化する設備を有している。さらに、劣化したオープンリールテープの加熱処理など、旧式メディアのクリーニングや修復も手がけている。
ZKMは、ビデオアーティストのミヒャエル・ガイスラー(Michael Geißler)が1969年以来、アーティスト・グループVAMとともに撮影した、アートに関する370点の記録映像を所有している。同ラボは、こうしたZKM所有の映像をMPEGにデジタル化するだけでなく、MITなど他機関が所有する映像を借りて、デジタル化する事業も行っている。デジタル化された映像は館内で閲覧ができるようになっている。
 同ラボは、2005年からLTO-Ultrium3システムを採用し、LTO(Linear Tape-Open)というオープン規格として開発された大容量の磁気テープにデジタル・データを保存している。LTO-3は非圧縮で400GBの容量がある。LTOには現在、2.5TBの容量があるLTO-6もあるが、テープの物理的な耐久性を考えて(大容量のテープは薄いため)、同ラボではLTO-3を推奨している。デジタル化された映像は、コンピューターからZKMのサーバーに送られて、LTOメディアに記録され、温湿度管理された部屋に保管されている。ZKMでは、安全を考えて、全てのデジタル・データを2つのLTOメディアに記録して、別々の場所に保管している。
ミュラー研究員は、旧式ヴィデオシステムのメディアは早晩に再生できなくなると指摘し、早急の対応が必要であることを力説していた。日本においては、こうした設備が美術館などの公的機関に存在せず、旧式メディアの修復やデジタル化の作業を組織的に行っていない。メディアアートの美術館での収蔵や展示における困難は、こうした現状に起因している。海外の先行事例を参考にしながら、日本においても同様の体制を早急に整備する必要があると考えられる。

5.2.3 テート

日時:2015年10月16日(金)
参加者:加治屋健司、植松由佳、小川絢子、パトリシア・ファルカオ(Patricia Falcao)

 10月16日に、国立国際美術館主任研究員の植松由佳、同館特定研究員・レジストラーの小川絢子、京都市立芸術大学芸術資源研究センター准教授の加治屋健司が、イギリス・ロンドン市にあるテートの修復部門を視察した。
テートはバーモンジー地区に主要な収蔵庫施設を有しており、その一角に修復部門のオフィスがある。
 テートの修復部門は、絵画、額縁、紙、科学、彫刻、タイムベースト・メディアの6班に分かれている。今回は、タイムベースト・メディア修復家(Time-based Media Conservator)のパトリシア・ファルカオ(Patricia Falcao)に、テートにおける映像メディアの保存についてレクチャーを受け、意見交換を行った。(*5)
 テートの修復部門は約50名が在籍しており、タイムベースト・メディアの修復には、ピップ・ローレンソン(Pip Laurenson)を筆頭に9名が従事している。タイムベースト・メディア修復班は、ヴィデオ、フィルム、スライド、ソフトウェア、パフォーマンス、ライトボックスといったメディアを扱っている。
 テートもまた、1960年代以降に製造された、様々な規格の音声・映像メディアの記録再生機器を所蔵し、それらの機器によって記録された音声・映像をデジタル化する設備を有している収蔵庫には、旧式のプロジェクターやブラウン管テレビ、蛍光灯などが多数保管されていた。
 収蔵庫の一角には、タイムベースト・メディア作品が保管されていた。オープン・リール、Uマチック、カセット・テープ、VHS、ハード・ディスク・ドライブ、DVD、LTOなど様々な規格のメディアがあった。ファルカオによれば、テートもまた、こうしたメディアのデータのバックアップをLTOに保存する作業を進めつつ、Archivematicaというオープン規格のデジタル保存システムを用いて管理している。
 作品情報は、TMS(The Museum System)という世界各国の美術館で用いられているコレクション管理ソフトウェアを用いて管理している。近年、美術館が収蔵しつつあるパフォーマンス作品を含めて、タイムベースト・メディア作品の更新や修復に関する全ての情報がここに集約されている。
 テートでは収集前と収集時に作品に関する情報をアーティスト、ギャラリー、関係者などから可能な限り集め、以後の保存修復や展示に活(い)かしている。またその情報は前述のシステムやファイルなどで管理され、組織内での共有もはかられている。
 ファルカオは、タイムベースト・メディアのデジタル化を進めていく一方で、旧式メディアの記録再生機器を確保する必要があることを指摘していた。ZKMと異なり、テートでは、旧式メディアの再生機器を含んだタイムベースト・メディア作品を数多く所蔵しているため、そうした機器の確保が作品の存続そのものに関わっているのである。旧式メディアの再生機器を、タイムベースト・メディア作品の維持管理に不可欠な要素と考え、それらを購入しやすい環境を整備することが、日本においても必要があると考えられる。

5.3 成果の発表と共有

5.3.1 シンポジウム「過去の現在の未来――アーティスト、学芸員、研究者が考える現代美術の保存と修復――」

日時:2015年12月5日(土)13:30~17:00
会場:国立国際美術館B1講堂
登壇者:石原友明、植松由佳、金井直、マルティ・ルイツ(Marti Ruiz)
来場者数:125名

 2015年12月5日、大阪市北区中之島の国立国際美術館にてシンポジウム「過去の現在の未来――アーティスト、学芸員、研究者が考える現代美術の保存と修復――」を開催した。国立国際美術館・館長の山梨俊夫による挨拶に続き、当センターの加治屋健司が古橋悌二《LOVERS――永遠の恋人たち――》の修復・保存に関する取り組みの概略を述べた後、4名の発表者が事例研究を報告した。
 始めに、当センター所長の石原友明が「ゾンビとフランケンシュタイン ちょっとだけ生き生きとした保存と修復について」と題した発表を行った。石原は、テオドール・アドルノの「美術館は芸術の墓場である」という言葉を引用しながら、そこに収蔵される芸術作品を「死体」になぞらえて議論を展開した。まず、アーティストとしての石原は、過去の美術作品を継ぎはぎして「生き生き」とした作品を生み出すという点で、自らの作品をフランケンシュタインにたとえ解説を行った。さらに、コンスタンチン・ブランクーシの作品を例に、彼が作品と戯れながら撮影した写真の中の彫刻の方が、整然とした美術館空間の中の彫刻以上に「生き生き」としているのだと石原は分析した。死体としての作品を「生き生き」とした状態に見せることが作品の保存・展示だとするならば、作品そのものだけが問題とされるのではなく、アトリエ、美術館、作者、キュレーターといった作品に関わる人と場が、作品のコンディションに大きく影響してくることを指摘した。また、作品と記録としての二次資料は、肉体と記憶の関係にも比せられ、修復とは肉体と記憶を関係づけ直すことにほかならない。その場合、記憶を語ることは時として肉体を修復すること以上に重要となりうるとして、アーカイブの重要性を再確認した。
 続いて、植松由佳(国立国際美術館主任研究員)が、「国立国際美術館におけるタイム・ベースド・メディアの保存修復ケーススタディ 高谷史郎《optical flat / fiber optic type》」という題目で報告を行った。まず、2014年3月に同美術館で開催された国際シンポジウム「現代美術作品をコレクションするとは?」において報告されたTate modernの取り組みに触れながら、現在のタイムベースト・メディアの保存修復における実際的な問題点として、人材不足を始め、収蔵する前の作品に関する情報収集の不足、ハードウェア機材の老朽化に対するデータのバックアップ方法や、非物質的な作品の収集・保存に関するポリシーがまだ確立されていないことなどを挙げた。高谷作品の修復に際しては、作家本人、インストーラー、プログラマーなどの専門的な技術者に、作業の記録者を加え、植松は全体を監督する役割を担った。とりわけ植松は、高谷に複数回のインタヴューを段階的に行ったことが重要であったと述べる。そうすることで、作家本人が制作時の意図を想起し、修復方法を検討する過程をたどることができ、作品の核となる部分を明らかにすることができたのだという。例えば、本作品の構成要素の一つであるモニターについて、将来的にLCDが製造されなくなった場合は、作品が「リタイヤ」せざるをえないと作家が考えていることがインタヴューを通じて明確になった。しかし、作家本人の意見を重視することが、客観性を軽視し、修復の可能性を制限することにもなりかねないため、最終的な判断は誰に委ねられるべきなのかという問題が提起された。また、タイムベースト・メディアの場合は、その修復のための専門的な人材がほとんどいない。そのため、人材育成のみならず、修復の事例に関する情報を国内外で共有し、ネットワークを構築することが必要であるという提言で締めくくられた。
 金井直(信州大学人文学部准教授)の報告「アルテ・ポーヴェラの古色(パティナ)と抗老化(アンチエイジング)」では、美術作品の古色を洗い落とす「抗老化」ではなく、「時代のおり」としての古色を残すことが現在では修復の一般的な方針とされているが、いまだ「抗老化」の方がある種の人々にとっては魅力的であるという現状をアルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)を例に報告した。というのも、この芸術運動自体の中に、古色を愛する傾向と積極的な抗老化の発想が既に含めているのだという。この芸術運動が始まった1967年には、意味やシンボリズムにくみしない概念的な「貧しさ」に重点が置かれていたために作品が「古びる」必要がなかったが、ジェルマノ・チェラントが『アルテ・ポーヴェラ』という書物を著した1969年には、「貧しさ」の意味が人々の生活そのものの方へ移行していった。つまり、この2年の間に「貧しさ」の示すものが観念から素材へと変化することで、アルテ・ポーヴェラの作品を構成するボロ切れや新聞といった日常的な素材が、作家の意図に反して新しいものに交換されなくなる場合があるばかりか、こうした経年変化するものが含まれる作品が大規模な回顧展で展示されなくなる事態が生じているのだという。そこには作品の購入や所有といった問題も含まれる。素材を積極的に交換しようとするギャラリーと、元の素材を極力維持しようとする美術館のように、修復の考え方にもズレが生じる場合がある。以上のように、抗老化ではなく古色の方が優れているとは単純に言えない場合があることを報告した。
 最後の登壇者であるマルティ・ルイツ(サウンド・アーティスト、バルセロナ大学美術学部研究員)は、「バシェの音響彫刻の修復と保存 インタラクティヴな芸術作品の動態保存への挑戦」と題した報告を行った。始めにルイツは、バシェ音響彫刻が西洋中心的な音楽や専門的な楽器というカテゴリーには当てはまらないものであり、演奏することで人々との相互作用を誘発するためのメディアムとして制作されていることを説明した。その上で「ナットとボルト」と題された、バシェと評論家のダイアローグを引用し、溶接ではなく変更可能な部品で音響彫刻が制作されているのは、音響彫刻のメンテナンスだけでなく改良も他の者によって行われるように作家自身が企図していたことを明らかにした。また、美術館の教育的意義について触れながら、技術的な修復以上に、作品の周囲に人々の動きを生み出すことの方が大きな課題であると示唆した。その意味では、音響彫刻は、人々が自由に訪れることができると同時に、人々による手入れも必要とする庭にもなぞらえることができるのだという。ルイツは、バシェ音響彫刻自体が、展示・保存・修復をめぐって人々のインタラクションを生み出すための装置であることを強調しながら発表を締めくくった。
 続いて、加治屋を司会に加えてディスカッションが行われた。修復において作家の意志をどこまで尊重するべきかという問題、作品そのもののコンテクスト/歴史的コンテクストと静態保存/動態保存の関係、タイムベースト・メディアの中のタイム・ベーストではないもの(時代を通じて変化しないもの)、教育や人材育成の重要性、音響等の不可視の作品の修復方法、修復と再制作の違い等、実際的な問題から概念的な見直しにいたるまで、来場者からの質問も踏まえながら極めて多様な観点で議論が交わされた。
 時間軸を表現様式に内包するタイムベースト・メディアは、技術の発展によって移ろいやすいテクノロジー機器を伴うため、修復には新しい技術を用いた「改良」あるいは「再制作」の意味合いが入り込んできてしまう。しかし、こうした問題はタイムベースト・メディアにおいて顕著ではあるものの、本来的にはあらゆる美術作品につきまとう問題でもある。様々なジャンルの美術作品に関する、アーティスト、学芸員、研究者という異なる立場からの報告は、個別的な事例を扱いながらも、静態保存と動態保存という拮抗(きっこう)する保存・修復方針がそれぞれ抱える課題を多角的に考える端緒となった。

5.3.2 ワークショップ「メディアアートの生と転生――保存修復とアーカイブの諸問題を中心に――」

日時:2016年2月14日(日)13:30~16:45
会場:元・崇仁小学校
登壇者:石原友明、加治屋健司、久保田晃弘、佐藤守弘、高谷史郎、畠中実、松井茂
来場者数:63名

同時開催:「修復された《LOVERS 永遠の恋人たち》の一般公開」(11:00~13:00)
来場者数:38名

 2016年2月14日、京都市下京区元崇仁小学校にて、修復された《LOVERS――永遠の恋人たち――》の一般公開と、ワークショップ「メディアアートの生と転生――保存修復とアーカイブの諸問題を中心に――」を開催した。作品の一般公開は午前中のみであったが、多くの観客が作品を見学に訪れた。
 第一部「古橋悌二《LOVERS》とその修復」では、当センターの加治屋健司による挨拶に続き、当センター所長の石原友明を聞き手に、作家の高谷史郎が今回の作品修復にいたった経緯と修復内容について説明を行った。高谷は作品のシミュレーターを紹介し、作品データを試験するために作ったこのシステムを実作品と組み合わせて作成できたことが、メディアアートの保存修復の上で本事業に大きな意義を与えたと述べた。それを受けて石原は、本事例のように作品のソースとシステムをデジタル情報に置き換え広くオープンなものにしていくことこそが、新たな創造を育む契機となると提言を行った。
 第二部の共同討議「メディアアートの保存修復とアーカイブの諸問題」では、まず3名の発表者が事例研究を報告した。はじめに久保田晃弘(多摩美術大学美術学部情報デザイン学科教授)は「アーカイブからエコシステムへ――メディアアートのアーカイブは難しくない――」と題して、大学における三上晴子作品とその資料の保存の取り組みを報告した。久保田は、メディアアートの保存修復は従来の美術作品の保存にならったハードウェア重視の姿勢を改める転換期にあり、作品の核であるソースコードを保存しそれを再生するソフトウェア、つまりエコシステムを今後のアーカイブでは構築していく必要があると述べた。ここで主張されたのは事実を伝える「歴史的アーカイブ」、作品を現在の技術で動かす「生きたアーカイブ」に加え、コードをもとにコンピューター上で作品自らが更新し続ける「生成的アーカイブ」の必要である。これは技術の進歩に合わせて作品自体がその構造を更新する三上作品の保存の経験から導きだされた考えであり、数学者フォン・ノイマンの提唱した自己増殖オートマトンにおける機械と自然の有機体の間にあるシステム理論に通ずるものである。作家のイメージを大事にしながら、三上作品は今後もヴァージョンを更新することを予定しているという。メディアアートの保存修復においては、既存のツールを利用しつつ研究者がシステムを共に改善しながら実践していくことが重要であると強調した。
 続いて畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 学芸員)の発表「ICCにおける作品および展覧会のアーカイブ化」では、美術館学芸員の立場からメディアアートの収集と展示について事例報告がなされた。ICCで2000年まで行われた委嘱制作を通して収集されたメディアアート作品は全部で14作品ある。しかし再展示する際の労力や費用など現実的な問題が障害となり、現在展示可能なのは収集時から展示し続けている作品1点のみというのが実情である。ICCはこれまでもデジタルアーカイブに力を入れており、美術館の展示活動や作家インタヴューを広く公開し、メディア芸術の動向を俯瞰(ふかん)的に整理する役割にも取り組んできた。それに加え、コレクション活用も含め保存不可能な作品の再現可能性や同一性を高める取り組みとして現在力を入れているのが、展示インストールのドキュメンテーションと保存修復についての作家インタヴューだという。美術館の立場から、畠中はハード面のオリジナリティもこれまでと同様に重視する必要があり、近年、記録写真や映像といった歴史的アーカイブを読み解くことによって再現不可能な作品をよみがえらせる試みも盛んになっていることを指摘した。多様な歴史的アーカイブを保存するにも、複数の機関と連携し取り組む必要があることが言及された。
 最後の登壇者である、松井茂(情報科学芸術大学院大学[IAMAS] 准教授)は「IAMASメディア表現アーカイブ・プロジェクト-メディア表現を文化資源とする社会循環モデルの構築」と題した発表を行った。1996年に開校されたIAMASは、メディアアートとは何かということを確認する過程を通して大学のアイデンティティを形成してきた。近年、美術だけでなく社会工学や周辺領域からメディアアートを捉えようとする動きが強まっているといい、研究活動の促進に伴って開始されたアーカイブ・プロジェクトの個別事例が報告された。IAMASはコレクションを持っていないため、技術を用いて新しい作品記述の方法を研究することを重視している。例えばインタラクティブ・アートの作品を記録するプロジェクトでは、3Dスキャニング技術を用いて作品と鑑賞者の身体の関係を記録する試みを行っている。より豊かな作品資料の編纂(へんさん)と収集を可能にするには、あえてメディアアートに特化させない作品記述の方法を考案していく必要もあることを松井は指摘し、アーカイブに対して研究者が批評的観点をもつことの重要性を強調して発表を締めくくった。
 これらの発表を受けて佐藤守弘(京都精華大学デザイン学部教授)は記録性と記述性のねじれをはらむメディアアート作品の記録における問題を音楽の場合に例え、技術革新に伴う楽譜やレコードという記録媒体の登場とそれによる新たな創作の歴史を振り、メディアアートがテクノロジー技術の進化と深く結びつくことによって旧来の芸術作品の概念を打ち破ってきた以上、記録方法についてもその時代ごとで考え続けねばならいないと所見を述べた。
 その後、加治屋を司会に加えてディスカッションが行われ、歴史化という国家主義と隣り合わせにある問題を考えるときアーカイブとは誰のためにあるべきか、それぞれの立場から意見が述べられた。議論では主に美術館と大学におけるメディアアートの保存修復について、機関同士の連携、継続的に取り組むための人材育成、新しい作品記述の考案の必要など、来場者からの質疑を交えて活発に意見交換がなされた。来場していた学芸員からは、美術館では技術職も確保できず保存修復にかける予算が極めて厳しい状況にあることが述べられた。それを受けて、本事業のように関係者が実際に行動を起こし積極的に取り組みを公開し発言していくことで、解決可能な事例を増やす必要が議論を通して共有された。作品の保存修復について最適な答えというのは一様ではない。今回のワークショップは、各研究機関のそれぞれの立ち位置を明確にし、多様性を保ちながら研究を進める重要性が改めて認識され、今後の情報共有の足がかりとして実りのある議論の場となった。



*4 本稿の執筆にあたっては以下の論考や同ラボのサイトなども参考にした。Dorcas Müller, “From Analog
Restoration to Ditital Master,” Christoph Blase and Peter Weibel, eds., Record Again!:
40jahrevideokunst.de Teil 2 (Ostfildern: Hatje Cantz, 2010), 508-511. “ZKM | Laboratory for Antiquated Video Systems,” http://zkm.de/en/media-library-library/zkm-laboratory-for-antiquated-video-systems (2015 年 2 月 15 日閲覧); “Interview with Christoph Blasé (ZKM),”
https://www.scart.be/?q=en/content/interview-christoph-blase-zkm (2015年2月15日閲覧).

*5 本稿の執筆にあたっては以下の論考や同ラボのサイトなども参考にした。Pip Laurenson, “Vulnerabilities
and Contingencies in the Conservation of Time-based Media Works of Art,” Tatja Scholte and Glenn Wharton, eds., Inside Installations: Preservation and Presentation of Installation Art (Amsterdam: Amsterdam University Press, 2011), 35-42; “Interview with Pip Laurenson (Tate),”
https://www.scart.be/?q=en/content/interview-pip-laurenson-tate (2015 年 2 月 15 日閲覧); “Matters in Media Art,” http://www.tate.org.uk/about/projects/matters-media-art (2015 年 2 月 15 日閲覧); “Conservation – time-based media,” http://www.tate.org.uk/about/our-work/conservation/time-based-media (2015年2月15日閲覧).

ページトップへ戻る