更新日 : 2019/4/5
用語集
ここではタイムベースト・メディアの美術作品と使われるジャンルをその歴史的変遷にも注意しながら記述する。タイムベースト・メディアという言葉が比較的目新しい語であるように,新旧の移り変わりの激しいテクノロジーに関わる分野では,使われる用語も目まぐるしく変遷してきた。「メディアアート」という言葉ひとつとっても,1980年代までには「インターメディア」という言葉が使われていたことがあるし,ビデオアートと区別して,デジタル技術を用いたアートを「ニューメディア・アート」と呼ぶこともあるが,日本では1990年代からの文化庁主導の「メディア芸術祭」の活動によって,美術作品だけでなく,漫画やゲームを含んだ言葉として用いられるようになった。
また美術作品の素材であるコンピュータという言葉をとっても,アナログのパンチカード式のものも含まれ,1970年代末から一般向けに販売されるようになったディスプレイ,キーボード,記録媒体が一体になったデジタルコンピュータが製造されるようになると「マイクロコンピュータ」,1990年代からグラフィカル・インターフェイスや通信端末を備えた道具として一般化するさいには「パーソナルコンピュータ」という呼称などが使われ,異なる技術的構成物を表すことがある。
動画を再生するにしても,ビデオの物理的な保存媒体やデジタルデータをソフトウェア上で再生するための変換形式(コーデック)にしても,機材の移り変わりにあわせて無数の変遷があり,再生環境が異なってくる。タイムベーストメディア・アートに関わる可能性のある用語の複雑な変遷を考えただけでも,それらを網羅的に記述することは困難をきわめる。
タイムベースト・メディアの美術作品の修復・保存には,まだ決定的と言える方法はないし,今後もテクノロジー環境が変化するのにともない固有の問題が生じることも確実である。50年後には,コンピュータ上のデスクトップを操作ができるのは,70,80以上の現役を引退した人々だけだろうということを想像してみよう。とはいえ最低限の了解可能な語彙を増やしていくことは,修復・保存に向けて共通の理解や目標を定めたり,参照できるリソースの目録を豊かにしたりするためには欠かすことができず,語彙の変遷を,美術作品の制度的条件やテクノロジー環境に即して大枠で把握しておくことが助けになる。
タイムベースト・メディアの美術作品はさまざまなテクノロジーの組み合わせから出来上がっているので,厳密なカテゴリー分けにはそぐわない。それでも,いくつかの要素に応じて保存・修復の方策や留意点も異なってくるので,その性格に応じてざっくりと腑分けして理解しておくことは,作品の査定のために有益である。ひとつの作品には,いくつかのキーワードが重なって含まれるものも多い。
すでに『メディアアートの教科書』(白井 雅人・森公一・砥綿 正之・泊博雅,フィルムアート社)などメディアアートの歴史と用語について解説した手頃な書物が出版されており,ウェブ上に用語集も散見される。ここではそれらも踏まえながら,修復・保存を目標にしたときに前提となる基本的な語彙や注意すべき点の整理につとめた。Electronic Arts Intermix(EAI)Resource Guide [1]では,タイムベースト・メディアの美術作品の展示や流通形態に応じてジャンルを大きく三つに分け,「ジングルチャンネル・ビデオ」,「コンピュータに基づくアート」,「メディア・インスタレーション」という項目に即して,展示や保存・修復の指針を説明している。他方で,グッゲンハイム美術館のTech Focus [2]では,用いられている技術に応じて「ビデオアート」,「フィルムとスライド・アート」,「コンピュータに基づくアート」を分類している。
以下の用語集「ジャンルとその歴史 [3]」では,EAIの区分を大枠で参照し,日本で提唱されている「デバイスアート」や展示場所にサイバースペースが用いられる「インターネット・アート [4]」を加えた。
「映像の保存と機器 [5]」では,用いられている「フィルム」と「ヴィデオ」に関する技術用語の理解に務めた。
「コンピュータによる制御ロジック [6]」では,電気信号の入出力をコントロールするための制御ロジックの発展を,テクノロジーの歴史を通して概観しながら,よく使われる用語を概説した。
それぞれの項目で記述に重複するところもあるが,独自に読み進めながら用語と歴史的理解が行えるように異なる執筆者の関心を残した。関連する項目を補完的に参照することで,タイムベースト・メディア・アートにおけるジャンルと技術の複雑な交錯が立体的に把握できることを目指した。
用語集の目次
「ジャンルとその歴史 [3]」(石谷治寛)
■シングルチャンネル・ヴィデオ [7]
■マルチメディア・インスタレーション [8]
彫刻 [9]:キネティック・アート [10]/ライト・アート [11]
写真 [12]:スライド [13]/ライトボックス [11]
映像 [14]:フィルム・ベースド・アート [15]/エクスパンデッド・フィルム [16]/クローズド・サーキット [17]/マルチチャンネル・ヴィデオ [18]
パフォーマンス [19]
音楽 [20]:サウンド・インスタレーション [21]
■コンピュータを用いたアート [22]
コンピュータ・アート [23]/インタラクティブ・アート [24]
■デバイスアート [25]
■インターネット・アート [4]
「映像の保存と機材 [5]」(山峰潤也)
■フィルム [26]
フィルムの種類 [27]/フィルムの保存性 [28]/フィルムに関わる機器 [29]/複製とデジタル化
■アナログ・ヴィデオ [30]
テープの保存と種類 [31]/放送規格について [32]
■デジタル・ヴィデオ [33]
■作品設置に必要な機器 [34]
プロジェクター [35]/再生機 [36]/音響機器 [37]
「コンピュータによる制御ロジック [6]」(砂山太一)
■初期のコンピュータ(60年−) [38]
コンピュータ(デジタル) [39]/乱数生成 [40]/リモート制御 [41]/アクチュエータ [42]/センサー [43]/フィードバックシステム [44]
■パーソナルコンピュータの登場(80年−) [45]
GUI OS(グラフィックユーザーインターフェース・オペレーティング・システム) [46]
■windows95以後(95年−) [47]
簡易プログラミング言語 [48]/I/Oモジュール [49]
■ロジックの保存・修復 [50]
テクノロジー・タイムライン
タイムベースト・メディア作品の保存と修復において,作品の制作年代,使われる機材と,それを修復する技術の移り変わりや,それらを管理する組織や施設がゆるやかに連関している。メディアテクノロジーに関する考古学的な発掘や再評価,テクノロジーを用いた美術作品の進化(ないし退化)のプロセスの系統発生,技術者や施設の生態系やエコシステムを概略するために,多様な要素を時間的なクロノロジーとして整理しておくことは有益である。
カナダの修復・保存の調査機関DOCAMは,ウェブ上で作品とアナログ,デジタルの技術の移り変わりを一覧できるテクノロジー・タイムライン [51]を作成している。ウェブブラウザ上で閲覧でき,それぞれの項目のうえにカーソルを置くと,詳細な情報のリンクにつながる。
日本語のメディアアートに関する包括的な年表は,NTTインターコミュニケーション・センター「メディア・アート年表」 [54]が便利であり,作品やそれが発表された展覧会の流れの把握ができるが,関連するテクノロジーがリンクされていないため,修復・保存を目的とした参照には適していない。日本のタイムベースト・メディア・アートの歴史を踏まえたタイムラインの作成は今後の課題と言えよう。
(石谷治寛)
参考資料
用語については次も参考になる。
アートスケープ:アートワード [55]
テート美術館:アート用語集 [56]
作品情報データベース
NTTインターコミュニケーション・センター [57]
メディア芸術データベース(2015年−) [58]
独立行政法人国立美術館所蔵作品総合目録検索システム [59]
Art and Electric Media [60]
Archive of Digital Art [61]
New Media Encyclopedia [62]
Media Art Net [63]
Gateway to Archives of Media Art(GAMA) [64]
inter media art institute (imai) [65]
AV-arkki [66]