大学概要

  1. 京都市立芸術大学
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  3. 卒業生インタビュー
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卒業生インタビュー[art_09]松井智惠さん 1/4

1. 幼少時代

松井 小さい頃は,人見知りが激しく,幼稚園へ行くのが嫌でよく泣いていました。小学校に入って,友達が2人できたので,人見知りはマシにはなったのですが,胃腸が弱く,月に一週間くらいは,お腹を壊して寝込んでいました。

 一度,腸炎で1箇月ほど入院したことがあり,退院の日が雷雨で,家に帰る途中のタクシーから見た,強い雨の中,雷が光っている情景をよく覚えています。

 体調を崩して学校を休んでいる時は,家のお布団の中で絵を描いたり,本を読んだりしていました。そのせいか目が悪くなってしまい,小学校2年生くらいから眼鏡をかけていました。当時は,その年齢で眼鏡をかけている子は珍しかったので,学校でからかわれるのが嫌でした。

 小学校の時に脚気になり,お医者さんに,1年間は体育をやってはいけないと言われたんです。

 体育が一番苦手だったので授業を休むことは良かったんですけど,同級生と差はつきますよね。だから,休み時間も,一人で絵を描いたり,ファッションブックに塗り絵をしたり,少女マンガをちり紙にトレースしたりしていましたね。

 生まれたのは大阪の阿倍野区で,南田辺駅のすぐ裏の五軒長屋に住んでいました。生活の情景として,電車が通った時の家の揺れや,隣の製材所で木を鉋がけする時の音や香りを思い出します。

 小学校の高学年くらいに,水泳が好きな先生が校長先生になって,夏休みに水泳の授業が毎日ありました。それで体力がついたからか,性格が少し明るくなったように思います。

interviewer幼少の頃に,自然な流れで絵を描き始められたんですね。

松井 そうですね。漫画を横に置いて真似して描いたり,本の挿絵をトレースしたりしていましたね。幼少の頃は,習字とピアノと絵を習っていました。

 絵の先生はご自宅を教室にされていて,週1日,日曜日の午前中に教室へ行って絵を描いていました。お題は先生が学年によって決めてくれていました。運動会など季節の行事の絵や画用紙を半分に折って,紙の右半分に絵を描いてから,二つ折りにして左側に転写する作品や色数を限定して図形化されたようなモチーフを作る時もありました。

 教室に通う上級生のお兄さんが,読み終わった週刊の少年漫画を,教室の待合室に置いていってくれていたので,ほとんどリアルタイムで読んでいました。あと,お風呂屋さんによく行っていたのですが,そこにも漫画が置いてあったので,結構読んでいました。

interviewer漫画がお好きだったんですね。

松井 その時,私は漫画家になりたかったんですね。ストーリー漫画を描きたかったんですけど,作文が得意じゃなかったんです。

 親戚のお姉さんから本をもらっていたので,本は,実際の年齢より上の年齢を対象にした作品を読んでいました。家でも,本を毎月一冊は買ってくれていたんですよ。小さい時に熱を出して寝こむ度に,同じ本を何回も何回も読んでいたんで,内容を自然と覚えていました。小学校でも図書館で本を借りて読んでいましたね。

interviewer松井さんの作品には,物語性を感じます。昔から物語と慣れ親しまれていたのですね。

松井 幅広くいろんな分野の本を読んでいたのですが,父親が倫理と世界史を教えていた高校教師であった影響もあって,歴史物が好きでした。小学校の図書館にある伝記を,順番に読んでいました。

 幼少の頃に絵を描いていたことは,今の作品制作に繋がっていると思いますね。あと,家の近くに,大阪市立美術館があり,小学生の時によく見に連れて行ってもらいました。美術館にはステンドグラスの窓があって,そこから入る光が綺麗で,まるで別世界のようでした。小学生だった私にとって,美術館に飾ってある絵のサイズはとてつもなく大きく,圧倒されたのを覚えています。いつかこんな大きい絵を描いてみたいと思いました。

interviewerピアノも習われていたということですが,音楽から影響を受けましたか。

松井 音楽から受けた影響は大きいと思います。両親が,テレビ放送のクラシックコンサートをよく見せてくれていました。父親がクラシックのブックレット付音楽全集を買っていて,ブックレットに載っている作曲家の生涯などを全部読みましたし,レコードは,擦り切れるくらい聴いていました。逆に,流行している歌謡曲をあまり知らなくて,友達と歌謡曲の話を合わすのがすごく苦痛でした。

 小学校の時は,チャイコフスキー,ストラビンスキー,ドボルザークが好きで,モーツアルトよりはシューベルトが好きでした。毎日,家に帰ったら何か聴いていましたね。ピアノを習っていたのですが,リストなどを聴いて,子どもながらに,自分にはこのレベルまでいくのは無理だと思っていました。絵の方も,絵描きになるんだいう強い意志は全然なかったのですが,描き続けていました。美術と音楽は,自分にとって両輪でしたね。
 

「寓意の入れもの」

 映像インスタレーション[ミクストメディア,映像,木材,剝製,

​ 家庭内の不要品,他](2002年) 撮影:福永一夫

「彼女は重複する」

 紙に水彩絵具(1995年) 撮影:石原友明

 

 

 

 

 

「龍野アートプロジェクト2013 刻の記憶」展示風景

「Heidi 53」

 映像インスタレーション[ミクストメディア,映像,キャンバス,   イーゼル,豆電球,他](2013年) 撮影:田邊真理

 

   「Heidi 53 [echo]」(2013年) © Chie Matsui

 

 

 

動画 Heidi 53 [echo] (2013年)  © Chie Matsui

インタビュアー:天牛美矢子(美術研究科工芸専攻(染織)修士課程1回生)

(取材日:2013年11月17日)※うすくち龍野醤油資料館にて

Contents

  1. 幼少時代
  2. 京都芸大で学ぶ
  3. 作品とは何か,芸術とは何か
  4. 答えを求めて

Profile:松井智惠【まつい・ちえ】 アーティスト

1984年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻(染織)修了。80年代より本格的なインスタレーションを手掛ける作家として注目を浴びる。90年代を通して,ニューヨーク近代美術館,サイト・サンタフェ等海外で紹介される機会も多く,その大掛りな空間造形と,微細なオブジェが融合した作品は高い評価を受ける。2000年以降映像作品を制作しはじめ,映像作家としても知られるようになる。2005年横浜トリエンナーレでは有名な寓話を大胆にモチーフに取り入れたHeidiシリーズを発表。話題を呼ぶ。2013年加須屋明子が芸術監督を務めた「龍野アートプロジェクト2013 刻の記憶」でHeidi 53“echo”を発表。2014年「大原美術館 平成26年 春の有隣荘特別公開 松井智恵プルシャ」開催。