大学概要

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卒業生インタビュー[art_18]久門剛史さん 1/4

1. 必要以上に与えられなかったから今がある


タイトル:PAUSE
制作年:2016年
素材:サウンド,スポットライト,電球,木材,アクリル,鏡,アルミ,ジョーゼット,ムーブメント,他
サイズ可変
撮影:怡土鉄夫

interviewer幼い頃はどんなお子さんだったのでしょうか。

久門 子どもの頃は,周りの友達が皆遊園地に行く中で,オフロードバイクの好きな父に連れられてサーキットによく行きました。サーキットにはチラシとかゴーグルのカバーを剥がした残骸とか色んなものが落ちていて,そういうものに心を惹かれて,よく拾い集めていました。また,父はルアーフィッシングも好きだったので,琵琶湖によく釣りにも連れていかれました。でも,私は釣りそのものよりも,行った先で落ちているルアーの切れ端とか棒,プラスチックの破片の類を集めて即席の釣り具を作ることの方が楽しくて,自分だけのオリジナルなものを制作することに喜びを見出していました。そういう原始的な体験が今の自分の創作行為の源になっていると思います。

 それから小学校の頃のことですが,自分の周りにいた友達は,当時流行っていたスーパーファミコンを皆持っていたんですが,我が家には普通のファミコンしかなくて,ドラゴンクエストばかりしていたのでとても影響を受けました。それに持っていた漫画も歯抜けに揃ったドラゴンボールとドラえもんだけだったから,そのあたりの画をよく真似て描いてました。新聞広告の裏の白紙の部分に描いて,それが上手かったら台所に貼り出されるみたいな感じでした。

 今にして思えば,父に連れて行かれたサーキットや琵琶湖で自分が行っていたことは,心の中の満たされなかった部分の補填というか埋め合わせをする役割を果たしていたように思います。親から必要以上にモノを与えられなかったから,無いところから工夫してモノを作りあげる。そういうことが当然の認識として今にも続いています。今こういう仕事をしているからこそ親には感謝していますが,その当時はどうして僕は買ってもらえないんだって,ずっと思っていました。でも,おかしな話ですが父が好きなモデルガンや工具は買ってもらえたんです。本当はゲームが欲しいときもあったのに。二十歳のお祝いにはラジオペンチをもらい,今でもメインツールとして使用しています。

interviewer兄弟はいらっしゃるんですか?

久門 兄が一人います。兄は手先が器用で,幼い頃は私よりも絵も工作も上手かったんです。兄もルアーフィッシングをするんですが,使うルアーを自前で作っています。それがとても上手くて,私から見ても,塗装等も含めてトータルに良く出来ているなと感心します。私たち兄弟が幼い頃は,家で木材を使って何か作ろうという時の材料はかまぼこ板と決まっていました。兄は今でもかまぼこ板を使っていますけど。慣れている道具が一番です。

それから兄は大学生の頃まで音楽活動をしていて,家に当時はテープの録音機材などがあったりしたので,そんな兄から音楽的な影響を受けていることは多く,私が作品制作に際して音をよく使うのは兄の影響もあります。

interviewer京都芸大のことはいつ知ったんでしょうか?

久門 ある日,家で父から聞かされたんです。世の中には芸術大学という絵を教えてくれる大学があって,京都には幸運にも学費の安いところがあるらしい,確かそういうような。その当時は部活動でサッカーをしていましたが,将来サッカーで食べていくとは考えていませんでしたし,かといって芸術で食べていくとも思っていませんでしたから,絵や粘土を教えてくれる大学があるんだというぐらいに受け止めていました。

interviewer大学で芸術を学ぶ道を最終的に選んだのは何故でしょう?

久門 純粋にものを制作することが好きだったからです。それと,友人や家族といった自分の周りの環境を見ながら,ふと,自分の納得が行く楽しいと思える人生にしたいと思ったからです。

 そして進路を芸大に決めましたが,芸大志望ということは親にも話をしていなくて,三者面談の場で初めて切り出した際には,その場の雰囲気が固まってしまいました。あのときの担任の先生の顔は今でも覚えています。

interviewer幼少時の体験等が今の御自身に影響を与えている部分はありますか?

久門 自分は負けず嫌いで,世間に対して少しアンチな姿勢で臨む面がありますが,その根底には様々な制約の中で生きなければならない現代に生まれてきたことへの違和感や反発のようなものを感じて生きてきたからだと思います。それと同時に人生一回しかないのだから,自分がやりたいと思っていることや,今のこういう社会の中で自分がやらなければいけないことは何だろうかということは意識しています。私は一浪して京都芸大に入学しましたが,当時,両親は私の芸大進学に戸惑っていました。そんな空気を押し切ってまで京都芸大を目指したのは,自分がやりたいと思ったことを貫きたかったということなんだと思います。

インタビュアー:渡邉 瞳(総合芸術学科2回生*)*取材当時の学年

(取材日:2016年10月3日・本学大学会館にて)

Contents

  1. 必要以上に与えられなかったから今がある
  2. 大学から外の世界へ【2017年6月14日公開予定】
  3. アーティストとしての背中【2017年6月21日公開予定】
  4. 自分の五感で確かめる【2017年6月28日公開予定】

Profile:久門 剛史【Tsuyoshi HISAKADO】美術家

1981年京都府生まれ。2007年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了。日常に潜むささやかな事柄に着目し,その場所特有の歴史や現象を採集し,音や光,立体を用いてインスタレーションを組み立てる。主な展覧会に「あいちトリエンナーレ2016」(豊橋会場,愛知,2016年),「still moving」(元・崇仁小学校,京都,2015年)「Quantize」(個展・オオタファインアーツ,東京,2014年)。日産アートアワード2015でオーディエンス賞,VOCA展2016では大賞にあたるVOCA賞を受賞するなど,受賞歴多数。大学在学中の2002年よりアーティストグループSHINCHICAとしても活動している。平成27年度京都市芸術文化特別奨励者(2015年)。平成28年度京都市芸術新人賞(2017年)。