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卒業生インタビュー[music_01] 小倉幸子さん 1/4

1. 大学時代

練習は嫌い

interviewer_musicヴァイオリンとの出会いからお聞かせください。

小倉 私の母親はスズキメソッドのピアノの教師をしているのですが、4歳上の私の姉にはピアノを習わせていたので、次女の私には違う楽器をさせようと考えたようなんです。それで私が3歳半の時に、スズキメソッドのヴァイオリン科で宇田美代子先生に就いて習い始めました。

interviewer_music小さいときから始められて、途中で休んだりせず続けてこられたのですか。他の事に目が行ったり、レッスンが嫌だと思ったこととかありませんでしたか。

小倉 レッスンや毎日の練習がいやで、辞めたいと思ったことは、よくありました。子供のころはレッスンには母親が付き添い、先生に注意されたことを細かく楽譜に書き込んで、家に帰ってからそれができるまでおさらいをさせられていました。できないとかなり厳しく怒られて、本当に辛かったです。楽器は違っても音楽については母も教育者だったので、練習の厳しさは小さい時からたっぷりと経験してきました。

interviewer_music小さいときのヴァイオリンの思い出はありますか。

小倉 ヴァイオリンの思い出はいっぱいあります。宇田先生は割と自由に子供の感性を引き出してくれる先生で、通常のレッスン以外に、日曜日に教室の皆と集まって合奏会をしたり、私が小学生の高学年のときには先生と弦楽四重奏をやったこともありました。なかなか普通にヴァイオリンのお稽古にいっているというだけでは味わえない楽しい経験でした。ヴァイオリン教室の友達は、みんなが学校から離れたところで一緒に時間を過ごしたという特殊なつながりがありましたね。夏に琵琶湖付近の民宿で合宿したこともあるんですよ。レッスンや合奏の合間に湖で泳いだりして、朝から晩まで楽しく過ごしました。ヴァイオリンをする環境としては、厳しかった部分と楽しかった部分とで続けてこれたという感じです。

interviewer_music“自分はこういう風に弾きたい”という感情が芽生えてきたのはいつ頃ですか。

小倉 結構あとのことですね。そういうことを改めて考えるようになったのは、大学を卒業してもっと後のことでした。子供の時分は「親の目が光ってるから、やらなくちゃいけない」という感じで、まだこう弾きたいというところまで気持ちが前向きではなかったと思います。

interviewer_music大学進学はどんな風に考えておられたのでしょうか。

小倉 私は高校は普通科だったんですけど、おしゃれに興味があって、ファッション関係の仕事に就きたいとぼんやりと思っていたので、服飾専門学校の資料を取り寄せたりしてたんです。

 いざ進路を決めるというときに、「ファッションの学校に行きたい」ということを言ったんですけど、親には「何言ってるの!」と猛反対されたんです。私が音楽以外に興味があることを親に伝えられていなかったので、突然のことで親も困惑するし、私に説得できるものもないという状態でした。

 そんなわけで、音楽の大学に進むことは、親に言われて止むを得なく決めたという感じでした。親としては将来のことも考えて小さい時から音楽をさせていた部分はあったと思いますが、一方で音楽自体は教養として楽しめるものだから、職業にしなくてもいいとも考えていたと思うんです。でも、親自身があんまり知らない世界に我が子をぽんと放り込むのは不安ですよね。今なら反対した親の気持ちも理解できますが、その当時は、「なんで私の希望を聞いてもらえないんだ!」と本当に悲しかったですね。部屋にこもって泣いてました。

大学時代は友達と過ごす時間を楽しむ

interviewer_musicでは、大学には心残りのある状態で入られたのでしょうか。

小倉 そうだったと思いますよ。大学4年間を振り返っても、いつも練習はできる限り後回し、大学に来ても授業の合間に学食で座って、周りに集まってきた友達とおしゃべりして過ごしていました。練習に対する姿勢も大学に入る前と同じで、前向きではなかったですね。試験の前もギリギリにならないとやる気になりませんでした。

interviewer_music練習が嫌だと、大学もサボり気味になりませんでしたか。

小倉 大学にいるのは好きだったんです。朝の授業をめがけて来て夜9時の最終のバスで帰るという感じでしたので、大学にいる時間は長かったです。一つ下の妹が京都芸大に入学してからは、「二人でなら」と親から下宿することを許してもらえて、それからは同級生と集まる機会も増え、初めて得た自由を満喫していました。

interviewer_music音楽学部は一学年の人数もそれぞれの専攻の人数も少ないですが、やはり同級生とは密な状態で大学生活を送られましたか。

小倉 同級生には面白い人が多くて、「彼・彼女はあんな人だった」ということが今でも一人ずつ強烈に残っている、すごくカラフルというか個性的な学年でした。くだらないことばかり言い合ってたことを覚えています。

ある時、学食で何人か集まって話していたときに「温泉旅行に行こうか」という話で盛り上がって、私が企画すると言い出したんですよ。この旅行用に旅のしおりなるものまで手作りし、妹や上の回生の人も混ぜて、大人数で城崎温泉に行きました。街を散策し温泉につかり、カニを食べて夜中まで騒いで、ほんとうに楽しい旅でした。

 私は普段からいいアイデアがあっても周りが賛同してついてきてくれるかどうかを気にしてなかなか行動に移せないのですが、温泉旅行の企画については、「みんな来るかな」という不安が少なくて、「きっとうまくいくぞ」とどこかで感じていたんだと思います。まわりの人たちがすごくノリが良かったのもあるけど、何かを言えば必ず反応してくれるメンバーでしたからね。すごく恵まれてたと思います。

インタビュアー:大学院音楽研究科弦楽専攻(ヴィオラ) 2回生 細川 泉

(取材日:2012年3月24日)

Contents

  1. 大学時代
  2. 卒業後
  3. ヴィオラ一本になる
  4. シカゴ交響楽団へ/京芸生と未来の京芸生へのメッセージ

Profile:小倉幸子【おぐら・ゆきこ】シカゴ交響楽団ヴィオラ奏者

1995年京都市立芸術大学卒業。神戸市室内合奏団で活動後、1998年ヴァイオリンからヴィオラに転向。2000年からシカゴ音楽院においてシカゴ交響楽団副首席奏者チャン・リクオのもとで学ぶ。シカゴ・シヴィック・オーケストラの首席奏者を務め、2001年5月にシカゴ交響楽団に入団。オーケストラメンバーとしての活動だけでなく、世界各地での室内楽の演奏会にも精力的に出演している。