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卒業生インタビュー[music_04] 山根明季子さん 1/4

1. 幼少〜京都芸大時代

幼少時代~京都芸大に入るまで

山根 まだ幼稚園に入らない幼児のときに、両親は普通のサラリーマンと主婦なんですけど、音楽が好きでマイケルジャクソンやマドンナをかけてて、それを聞いて踊ってるような子でした。その後、自分でピアノやオルガンを弾くようになったんですけど、周りに聞かれたら恥ずかしかったので、ドアや窓を閉め切って弾いていて、ヘッドフォンのあるエレクトーンを買ってもらった後は、ヘッドフォンをつけて部屋にこもって、自分の世界に入り込むのが好きでした。

 そんな子だったんですけど、中学生の時に、ヘッドフォンを挿しているつもりが挿していなくて、自分でオリジナルの曲を弾いているのが親にばれたんですね。それで、親から当時習っていたピアノの先生に伝わり、先生に「人前でやってごらんなさい」って言われて、発表したのが初めてです。

 その偶然がなければ、今でも自分の世界にこもっていたかもしれません。(笑)

interviewer_musicじゃあ、気付いた頃には作曲されていたんですか。

山根 そうですね。気付いた頃には自分の世界で曲を作っていることが多かったですね。子供の頃は、ドラゴンクエストとかゲームの音楽を聴音して、エレクトーンで弾くことにもはまっていました。初めてオーケストラのコンサートを聴いたのがすぎやまこういちさんのドラゴンクエストオーケストラでした。

interviewer_music作曲で大学に行こうとされたのは何かきっかけがあるのですか。

山根 中学の頃、美術部だったので、最初、美術と音楽とで迷っていたんですけど、音楽の方が自分の深いところを表現できると思った瞬間があったんですよね。それで大学は作曲専攻に進もうと思いました。

interviewer_music大学の中で京都芸大を志望されたのは何故ですか。

山根 まずは学費の問題で、国公立に行こうと思いました。あと、東京とかいろいろとありますけど、当時付き合っていた彼氏が関西の進路なのであんまり離れたくないという思いから京都芸大を志願しました。運命ですね。

学生生活

山根 京都芸大に居た頃は、自分にとってモラトリアムな時期というか、勉強の時期というか、いっぱい音楽談義をぶつかり合わせていました。京都芸大では何をしても周りに必ず拾われるんですよ。そういうところで自分のやっていることにツッコミをもらいつつ切磋琢磨できたと思います。

 書いた曲を学外発表で演奏してもらったら、打上げの席でその演奏家から「いったい何がやりたかったんや!」とつっこまれて、その人と討論になって、それでも話し足りず「もう一軒行こうよ」っていうのは、いっぱいありました。私自身もその当時は自分のやりたいことが明確でなかったし、書ききれていないし、演奏家にも想いを伝えきれないしで、そういうときは辛かったときもありましたね。

 いろいろツッコミは怖いですけど、何やっても拾ってもらえるアットホームな環境っていうのはすごく貴重ですね。あれは京都芸大しかないんじゃないかと思っています。

 私いじられキャラだったんですよ。言葉で表現するのが下手でみんなにやられていたタイプなんで、私がみんなに合わせながら勉強させてもらっていました。でも、いじられている方がいろいろみんなも助けてくれます。先輩方に混ぜてもらって聞きあい会というのをしてて、同じ曲のいろんな演奏を聴き比べて、みんなであーだこーだ言う会っていうのもやったりして、楽しかったです。

interviewer_music在学中は、どういった曲を書かれていましたか。

山根 「脱皮したい」っていう曲を一年生の最初に書きました。今思うと恥かしいんですけど、初めて人に自分の曲を演奏してもらったのがその曲です。昔から「良い子でいよう」としていて、常にそういったものから自分が自由になりたいっていうのがあって、それで書いたんじゃないかな。今言えることは、皆さん芸術家を目指している方々は、そういう意味での優等生である必要はないですね。

 私、大学時代は、「周りが求めているものは何かな」って気を使っていたんですよ。2回生のときに発表した弦楽オーケストラの作品で大学院にいた当時の先輩に「山根さんて四分音符病だよね。」って言われたことがありました。私が四分音符のリズムばっかりを使っているっていう指摘だったんですけど、その時はショックで、「自然に多様性を持たせた方がいいのか。」、「どうしたら先輩みたいに書けるのか。」って落ち込んでいました。その後、紆余曲折をしたのですが、そういう指摘をしてくださるっていうことは逆にそれは自分の個性なんだって気づいて、ネガティブな指摘であっても、それは自分のオリジナルなんだって思うようになりました。

 今になって思うと「自分の道を行く」、「自分を発見する」っていうのが芸術家にとっては一番大切なことなので、在学生や受験生の皆さんには、そういうことを先生や友人たちと関わりあいながら見つけていく、それを一人でやるよりも色んな人がいるアットホームな環境で、どんどんチャレンジして、色んな経験して、表現者としての自分を見つけて欲しいですね。

interviewer_music在学中に哲学的なものや美術的なものも本を読んだりして勉強されていたとお聞きしました。

山根 無意識ですね。下宿の近くの図書館に行って借りて、いっぱい本は読みました。私は、入学当初はクラシックのことを全然知らなかったので、周りの器楽の子と全然話が通じないから、これは駄目だと思って、図書館の視聴覚室にこもって、シンフォニーを1から全部聴いたりしていました。

interviewer_music京都芸大の先生はいかがですか。

山根 先生には悩みを聴いてもらったりすごくお世話になりました。京都芸大は人間味にあふれた方が多いですよね。学生の数もそんなに多くないし、先生の目が行き届くところで色んな人にもまれて成長したと思いますね。

インタビュアー:音楽学部 作曲専攻 4回生 藤原杏子

(取材日:2012年2月9日)

Contents

  1. 幼少〜京都芸大時代
  2. 交換留学
  3. 作曲家という職業
  4. 作曲家として

Profile:山根明季子【やまね・あきこ】作曲家

京都市立芸術大学作曲専攻卒業、大学院音楽研究科作曲・指揮専攻修了。
日本音楽コンクール第1位、芥川作曲賞など受賞。作品は国内外で上演されている。
現在は東京を中心にフリーランスに活動。代表作《水玉コレクション》等。