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卒業生インタビュー[music_06] 松田洋介さん 1/4

1. とにかく吹きたくて

トロンボーンとの出会い



トロンボーンと出会った中学の吹奏楽部時代

松田 小さい頃から音楽は好きで、中学になったら楽器をやってみようって決めていて、中学校の吹奏楽部でトロンボーンと出会いました。入部希望者が音楽室に集められた時は、打楽器がやりたいと言うつもりだったのですが、それよりも先に顧問の先生に「その唇はトロンボーンやな!」と決められてしまったんです。先生に言われるがままにトロンボーンを吹き始めましたが、半年ぐらいの間に随分ハマってしまいました。とにかく吹きたくてしょうがないという気持ちで、「僕は将来この楽器でオーケストラの一員になる」と心に誓うほどになっていたんです。

interviewer_musicでは、京都芸大に進学しようと思われたのは早かったのでしょうか。

松田 吹奏楽部の顧問の先生に「もし演奏家を目指すなら、京都芸大が良い。2年生になったら受験に必要なピアノやソルフェージュ、楽典の準備を始めなさい。」と勧められたのがきっかけなので、早い方だったと思います。楽譜もまだろくに読めない頃でしたけど、トロンボーンを吹くことがとにかく好きだったので、夢中で勉強しました。

interviewer_music京都芸大を目指すことになった時に、ご両親や周りの方の反応はどうでしたか。

松田 母親は「僕の希望することだから」と、背中を押してくれましたね。だけど、高校の先生には、「現実社会は厳しいぞ、音楽で食べていくのは難しい」というようなことを随分言われました。でも、そこでめげることもなく、もちろん覚悟の上で「やります」と言い切ってました。受験したのは京都芸大だけで、併願もしていません。「もし落ちたら」ってことを考えずにやり抜こうと思って頑張りました。

京都芸大時代

interviewer_music実際、京都芸大に入学してみてどうでしたか。

松田 個性的で志の高い同級生や先輩がたくさんいる状況を見て、「いよいよ本格的な音楽の勉強が始まるんだなあ」と思いました。そういう友人たちに囲まれてトロンボーンが吹けることが、すごくうれしかったです。

 大学のすぐ近くに下宿していたので毎日遅くまで学校にいたんですが、空いている時間はとにかく個人練習していましたね。それに、金管の先輩たちとよくアンサンブルをやっていました。

interviewer_music学生生活で印象的な出来事はありますか。

松田 確か2回生の時の定期演奏会で、アメリカから来られた女性の指揮者が振ってくださったときです。合唱付きの曲で、僕はトロンボーンではなくて合唱で参加していました。その指揮者の方が、練習の時に「同じ言葉でも、使われるリズムや旋律によって響き方が違うから、いろんなリズムや旋律と歌詞の組み合わせを、もっと楽しんで歌ってごらん。」と言われたんです。それまで譜面に書かれた言葉を見ながら音符を追って歌っていたのですが、徐々に歌詞とリズムや旋律が一体化してきました。「曲が立体的になってきている!」と感じて、その変化にすごく新鮮な気持ちになりましたね。一緒に歌っていた同級生も、同じようにじわじわと変化を感じて、みんなで歌い上げたときには大興奮しました。

interviewer_musicその経験をされてからは、トロンボーンを吹くときも何か変わりましたか。

松田 楽譜に見えている以上に曲を構成している要素、音符や記号だけじゃなくて、いわゆる余白の部分ですね、そういう情報にも目が行くようになったと思います。曲への理解がより深くなりました。

interviewer_music悩んだり苦しかったこともありますか。

松田 もちろんありました。大学に入ってトロンボーンに触れている時間が多くなるにつれて、いろいろと“考える”ようになりましたね。まわりのすごく上手な先輩や練習熱心な同級生や後輩に刺激されて、それまでの「トロンボーンが好き」という思いで素直に吹いていた頃より、うまくなりたい気持ちが格段に強くなっていたと思います。

 でも、結局は考えるより練習だと思いました。練習してトロンボーンといろんな角度から向き合うことで、悩みが解決していくことを何度も経験したんです。

interviewer_music練習することで楽器と向き合って、自分を成長させてこられたんですね。

松田 そうですね。僕は基本的には練習が好きなので、何か悩んだときは、練習することで何か改善点を見つけて前に進んでいたと思います。でも、練習ができなかった時期がありました。4回生になる時に病気で、1年間学校を休んだんです。急にしんどくなったんで、病院に行ったら、長期間休まなければならないとの診断でした。半年間、トロンボーンをまったく吹けなかったんです。それまで、1年のうち360日ぐらいトロンボーンを吹いている生活を続けてきたので、練習ができなかったことは相当辛かったです。

 実家の近くで入院していたんですが、友人や先生方がはるばるお見舞いに来てくれて、精神的に随分と助けられました。みんなの顔を見ていると、それまで京都芸大で過ごしてきた楽しい時間が頭の中を駆け巡りましたよ。

interviewer_musicつらいときに支えてくれる友達がいることは、すごく心強かったと思います。

松田 みんなの励ましを受けて、「何とか頑張って京都芸大に帰ろう」という気持ちになりましたね。自宅に戻って久々にトロンボーンを持ったときには、「うわっ、重い!」と思いましたけど、その幸せな重さを感じながら、ゆっくりと練習を再開しました。

interviewer_music京都芸大に戻ってこられたときは、どんな気持ちでしたか。

松田 「うれしい」の一言に尽きます。みんなにさらっと「お帰り」って言ってもらったおかげで、気後れする気持ちはすぐになくなりました。また楽しい学生生活に戻れましたし、トロンボーンを吹きたい気持ちがどんどん戻ってきました。復学して1ヶ月後の5月の四芸祭(※)で、ラヴェル作曲の「ボレロ」の大役を任されたときも、「まだ吹けないかもしれない」という思いを押して挑戦しようと決めました。だいぶ緊張して迎えた本番でしたけど、お客さんを前に演奏できて、トロンボーンが吹ける場所に帰ってきた状況の中で、涙が出るほど感動しました。そういう喜びを味あわせてくれたのも、後輩たちが「松田さんが吹いてください」と背中を押してくれたおかげなんです。今でもあの時の感動を、ありありと思い出すことができます。

※ 現在は沖縄県立芸術大学が加わって五芸祭となっています。

interviewer_music学生生活で築かれた友人関係が、現在も続けておられる京都芸大出身の方々との「きょうと金管五重奏団」の活動につながりますか。

松田 きょうと金管五重奏団は、僕が大学院生のときだったかな、学外でのコンサートの前に、「金管五重奏でロビーコンサートをしてくれないか」と頼まれたことがきっかけで始まったんです。それと同じ時期に、呉先生からの紹介で東京で金管五重奏で演奏する機会をいただいたり、その他色々学外で演奏できる機会が続いて、それがあまりにも楽しかったから、自然と今のような形で続いていますね。メンバーはちょっと変わったんですけど、今でも京都芸大の卒業生5人です。ここ数年は1~2年に1回ぐらいのペースで自主公演を開いていて、もう10年位活動を続けています。「このメンバーでまた演奏したい」と思える友人に出会えて、それがずっと続いているのだから、すごく恵まれた環境で音楽を学べたと思います。

インタビュアー:音楽学部 管・打楽専攻 1回生 景山須美子

(取材日:2012年11月8日)

Contents

  1. とにかく吹きたくて
  2. 留学で得たもの
  3. あがり症の克服
  4. 古楽器サクバットとの出会い

Profile:松田洋介【まつだ・ようすけ】関西フィルハーモニー管弦楽団トロンボーン奏者

京都市立芸術大学音楽学部卒業、大学院音楽研究科修了。学部卒業時に音楽学部賞、京都音楽協会賞を受賞。ドイツ国立ミュンヘン音楽大学(Meisterklasse)卒業。トロンボーンを呉信一教授、Prof.Wolfram Arndtの両氏に師事。2010年9月より、関西フィルハーモニー管弦楽団トロンボーン奏者として入団。

オーケストラ以外でも、きょうと金管五重奏団、アンサンブル・プリンチピ・ヴェネツィアーニ(古楽アンサンブル)の各メンバーとして、トロンボーンとサクバットを用いて様々な演奏活動をしている。