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卒業生インタビュー[music_08] 谷村由美子さん 1/4

1. 幼少から京都芸大時代

幼少から京都芸大時代

 

谷村 音楽一家ではなく,ごく一般的な家庭で育ったのですが,小さい頃から音楽を聴くのは好きでしたね。

 小学校に入った時ぐらいから近所でピアノを習い始めて,歌は小学校4年生の時に「きれいな声をしているから」と,担任の先生に京都市少年合唱団への入団を勧めていただいたのが本格的に始めたきっかけです。

 公立の中学校に進学し,そこで合唱部に入部しました。素敵な先生方や良い仲間に恵まれてのクラブ活動はすごく楽しかったのですが,市の合唱団にも所属していたこともあって,歌が好きで歌が上手くなりたいと願う一方,自分の世界が歌だけになってしまっているようにも感じていました。

 高校は私立の進学校に行きました。歌は個人レッスンを受けていましたし,新しい所で新しいことに挑戦したいと思い,オーケストラクラブに入部しました。楽器は,以前から美しいと感じていたチェロを選びました。本当にドレミから習ったので必死で練習しましたね。高校3年生の最後の演奏会で,優秀な後輩達にサポートしてもらいながら,チャイコフスキーの交響曲4番をトップで弾いたのは本当に良い思い出です。この高校での経験で,声楽以外の音楽作品にも興味を持ちました。

interviewer_music楽器をやった方が声楽をする上でもメリットがあるのでしょうか。

谷村 オーケストラ作品や室内楽,コンチェルトの作品など色々な音楽を知るきっかけになります。歌以外の作品を知るということは,自然と歌の表現の幅が広がることに繋がると思います。また,自分自身が弾くことで,頭で理解するだけではなく体で感じることができます。特にチェロは体の底から音が出てくるような感覚が大好きでした。それは歌うときにもプラスになっていたと思います。

interviewer_music京都芸大を目指されたのはなぜでしょうか。

谷村 大学を選ぶにあたって,当時の歌の先生に相談したところ,「音楽大学に行くということで,その先の人生の選択肢を狭めなくても良いのではないか」とアドバイスをうけ,少し悩みました。その先生はとても哲学的,かつ自由な思想の持ち主で,人間的にも尊敬できるところが多く,多感な時代の私は大いに影響を受けていましたから。

 しかし,ゆくゆくは音楽の先生になりたいと思っていましたので,そのことを話すと,音楽の先生になるのであれば,専門に学ぶために音大に行く方が良いという結論に落ち着きました。地元に素晴らしい大学があるので,と京都芸大を受験し,幸い入学することができました。

interviewer_music京都芸大の授業で印象に残っていることはありますか。

谷村 声楽に関連する授業や個人レッスンはすごく覚えています。厳しくも温かい先生が多かったですね。個人レッスンは新しい発見の連続で,感性の素晴らしい先生のもとで勉強できたことが,私にとってすごく大きな財産になっています。

 大学3年生からのオペラの授業の担当はアメリカ在住の日本人の先生で,表現の仕方がすごくオープンで面白かったです。私は海外にすごく興味があったので,その先生がアメリカでも教えてらっしゃったこともあり,そのことを話したところ,「コロラド州で夏のアカデミーがあるから,いろいろ調べてみたらどうか」とアドバイスをいただきました。4年生の時に,夏休みを利用して,その先生がコロラドに戻られるのと一緒に連れて行っていただきました。そこでひと月間,アメリカ人の先生のもと,文化や価値観の違ういろいろな国籍の学生と一緒に音楽に取り組みました。それは22歳の私にとって非常に貴重な経験で,その時期から「自分が素晴らしいと思うことは何なのか」ということが徐々に淘汰され始め,「こういう風に歌いたい」という自分なりの感情表現や,自分は何が心地良いと感じるかが明確になってゆき,「それは必ずしも他の人と同じでなくていい」という価値観に早くから辿り着けたように思います。

interviewer_music授業でオペラを学ばれるまでは全くオペラの勉強はされていなかったのですか。

谷村 全くしていなかったですね。授業が早く終わったりしたら,図書館でDVDを借りて,視聴覚室にこもって見たりしはていましたけど,大学院生や4回生のオペラのお手伝いをするぐらいで,自分が歌うわけではありませんでした。

interviewer_music今,オペラで,林光さんの「森は生きている」を学んでいます。私は娘の役で,一番最初に薪拾いのシーンがあるのですけど,そのシーンで,私は最初本当に薪を拾うことしかできませんでした。先生に薪を拾う時に,外がどういう寒さなのかなどが表現できていないことを指摘されたのですが,うまくできなくて悩んでいます。

谷村 その役はオペラの冒頭から出番があって,主役で責任重大でしょう。滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールに勤めて1年目の演目がこれで,私も同じ役をやってそこで悩んだからよく覚えています。

 今は頭の中で情報がぐちゃぐちゃになっていると思うので,それを一個ずつ書き出して,あなたの中のイメージをクリアにした方が良いと思います。彼女は何歳ぐらいで,寒い中薪拾いに来ていてどういう気持ちなのか。「早く帰りたい」としょぼんとしているのか,自然を見ながら「きれいだなぁ」と思っているのか,など色々な選択肢があるでしょう。一番大事なことは,色々周りを観察してみて,自分なりの「娘」像をはっきり持つことではないでしょうか。

 私が,びわ湖ホールで「娘」を演じた時は,通常の勤務が終わってからリハーサル室に残って何時間も練習しました。リハーサル室は前面が鏡張りで,自分の動きを周りの空間を捉えながら観察できるのが利点ですが,ずっと前だけ見ているわけにもいきませんよね。ビデオに撮ったり,信頼できる同僚に見てもらい,その意見を参考にしながら,客観的に見た時にどういう風に伝わるのかということを探しました。

 京都芸大の授業では色々なことを指摘されると思いますけど,それはすごく役に立つことばかりだと思います。

interviewer_music学生時代にアルバイトは何かされていましたか。

谷村 学部の時にはケーキ屋さんと喫茶店でアルバイトをしていました。そこでの音楽以外の人との出会いも貴重だったと思います。大学院の時はアマチュア合唱団のヴォイストレーナーの仕事も始めました。

interviewer_music京都芸大の行事はいかがでしたか。

谷村 芸大祭が面白かったです。声楽の同級生はもちろん,美術学部の同級生ともすごく仲が良かったので,「美少女学園」という,名前は少し怪しいんですけど,シチューのお店を出しました。高校時代の制服を着るのがコンセプトだったので気恥ずかしかったですが,とても楽しかったですね。

 その時リーダーをしていた友人は,大学を卒業してから自分で北山にカフェをオープンしたんです。すごいでしょう。今でも日本に帰った時には,よく行くんです。

 それから,音楽と美術が一緒の学校というのは,すごく面白いですね。美術学部の校舎の方には,きれいな鳥や動物がいるでしょう。授業時間が空いた時には美術学部の校舎の辺りもよく散歩していました。音楽棟とは違う少しミステリアスな空間で,「何のためにこんなものがあるんだろう」と不思議に思いながら色々見ていました。同じ大学の敷地内に,音楽とは全く違う雰囲気の校舎や,空気の違う学生がいて,好奇心をそそられましたね。また,学食で定期的に開催しているダンスパーティーの時の美術の人達のパワーはすごい。今思えば,もっと積極的に交流すればよかったと思いますね。

インタビュアー:伊藤黎(音楽学部 声楽専攻 4回生)

(取材日:2012年12月17日)※ビデオチャットでの取材

Contents

  1. 幼少から京都芸大時代
  2. フランス歌曲の光に導かれて
  3. 私には私の音楽の価値観がある
  4. 今に生きる京都芸大での経験

Profile:谷村由美子【たにむら・ ゆみこ】声楽家

1999年京都市立芸術大学・大学院音楽研究科修士課程声楽専攻首席修了。

びわ湖ホール声楽アンサンブル専属メンバーとして活躍後,2001年よりパリ高等音楽院(CNSMDP)声楽科大学院課程に留学。その後パリ国立地方音楽院(CNR)では古楽演奏のディプロムを取得。

バロックから現代まで幅広いレパートリーをもち,主にリサイタル,宗教曲のソリストとして活躍。

「ピエール・ベルナック声楽コンクール」,「リリー&ナディア・ブーランジェ国際コンクール」,「リヨン国際室内楽コンクール」で優勝,「エリザベート国際コンクール」セミファイナリスト,「日本音楽コンクール」入選など数多くのコンクールで優秀な成績を収めるとともに,「京都青山音楽賞」,「京都市芸術新人賞」を受賞するなど各方面から高い評価を得る。

京都市立芸術大学専任講師を経て,現在は拠点をフランスに移し,ヨーロッパと日本を中心に音楽活動を展開している。