大学概要

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卒業生インタビュー[music_13]沓野勢津子さん 1/4

1. 幼少時代から京都芸大入学まで

沓野 小さい頃は,家族の前ではよく笑い,話をしていたのですが,幼稚園や小学校など外では,全然話さず寡黙で,コミュニティの中に溶け込むのに少し時間がかかる子でした。小学校3,4年生くらいからは,周りの友達が「一緒に遊ぼう!」と話しかけてくれたので,外でも少しずつ喋るようになりました。

 中学校の時に,吹奏楽部に入りました。中学校で吹奏楽に初めて出会い,その中でも特にマリンバに惹かれました。母はピアノの先生で,父は打楽器奏者で,私は小さい頃からピアノを習っていました。マリンバは,打楽器とピアノの中間という感じなので,「あっ,これは私がやるべき楽器だ。」と思って,一番しっくりきました。

 中学校1年生の時に全日本吹奏楽連盟のソロコンテストを受けて,マリンバで「ハンガリー舞曲」を演奏しました。クラブ内で私だけが地区予選を突破して関西大会に行くことができ,少し調子にのって,マリンバをもっと勉強したいと思いました。

 高校に進学し,音楽は好きだし,音大に行こうと思いました。昔はピアニストを目指していてピアノで音楽高校に行きたかったのですが,吹奏楽を続けているうちにピアノよりマリンバの方が自分には合うのではないかと思い,最終的には,マリンバで音大を目指すことにしました。その時に,京都芸大でマリンバを教えておられた種谷睦子先生に出会いました。

 実は種谷先生とは同じ高校の出身なんです。たまたま先生が母校で開かれた同窓会に来られた時に,ちょうど私達が部活で基礎練をやっていて,先生が音に誘われて(笑)練習室に立ち寄られました。ちょうどその時期は,京都芸大を受験しようと募集要項を見て,「京都芸大に行くと,種谷睦子先生という方にマリンバを習うのか。」と思っていたタイミングでした。そうしたら,「私,種谷と申します。マリンバ奏者なの。」とご本人がいらしたので,ものすごく驚きました。「種谷先生って,京都芸大の種谷先生じゃないですよね?」と尋ねたら,「私,京都芸大で教えているわ。」とおっしゃったので,「えー!教えてください!」とお願いし,先生に習いに行くようになりました。そういう運命的な出会いが一つと,京都芸大の住所は「大枝沓掛町」で,私が住んでいた住所も全く同じ字の「大枝」で,私の苗字は「沓野」。「大枝沓掛町」・・「大枝の沓野」・・・,これは京都芸大に行くしかないって思いました(笑)。

 実は私は,京都芸大を受けて,二次試験で不合格だったんです。でも,3月末に教務学生課から,「1名辞退され,追加合格になりました。」と電話があり,入学できました。1番下で入ったので,入ってからは巻き返しが大変でした。



在学時,作曲専攻生による試演会出演後

interviewer_music沓野さんの在学中は,打楽器は全部で何人おられたのですか。

沓野 大学院生も含めて全部で12人です。正直,1回生の時はあんまり楽しくなかったですね。1番下の成績で入学して,周りはみんなうまいし,プレッシャーばっかりかかるし,まだ礼儀作法も1回生の時は知らなくて,先輩に怒られたりもしました。2回生くらいから,だんだんと大学生活が楽しくなってきました。試験でも,1回生の後期から管・打楽専攻で1番を頂けるようになって,少しずつ自信がついてきました。

interviewer_music1年間で1番がもらえるまでになられるにはかなり練習されたのではないでしょうか。

沓野 そうですね。私は,教職の授業も受講していたので,月曜日から金曜日まで毎日1限から5限まで授業が詰まっていて,練習できるのは授業が終わる18時以降の3時間だけでした。UFOみたいな基礎練板で繰り返し基礎練習をしました。やっぱり練習しないとうまくならないから,もう死ぬ気で練習していました。

インタビュアー:高田汐莉(高は“はしごだか”),樽井美咲,藤田もも
(いずれも音楽学部 管・打楽専攻4回生*)*取材当時の学年

(取材日:2014年11月5日・京都芸大音楽棟打楽器研究室にて)

Contents

  1. 幼少時代から京都芸大入学まで
  2. スランプからの復活【8月12日公開予定】
  3. 音楽活動と育児,家事の両立【8月19日公開予定】
  4. 大きな夢と身近な夢【8月26日公開予定】

Profile:沓野勢津子【くつの・せつこ】マリンバ奏者

京都市立芸術大学音楽学部を首席で卒業。卒業に際し音楽学部賞・京都音楽協会賞受賞。

ロームミュージックファンデーションの奨学生として米国ボストン音楽院大学院に留学し,グラデュエイト・パフォーマンス・ディプロマ科マリンバ専攻を卒業。現在は日本に完全帰国し,北海道札幌市在住。

2009年イタリア国際打楽器コンクールマリンバ部門第1位受賞。2010年米国南カリフォルニアマリンバコンクール優勝。2014年第31回日本管打楽器コンクールマリンバ部門第1位および文部科学大臣賞,東京都知事賞を受賞。他多数のコンクールで優勝。 2013,2014年札幌市民芸術祭奨励賞受賞。

これまでに打楽器・マリンバを奥田有紀,種谷睦子,山本毅,坂上弘志,小森邦彦,ナンシー・ゼルツマン,布谷史人の各氏に師事。 2012年にソロCD「子供の領分」を発売。日本最大のマリンバメーカー「こおろぎ社」アーティスト。札幌大谷大学芸術学部音楽学科非常勤講師。