大学概要

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  3. 卒業生インタビュー
  4. 卒業生インタビュー[music_23]藤井 浩基さん 1/4

卒業生インタビュー[music_23]藤井 浩基さん 1/4

1. 山陰から京都へ−音楽教育への思い−

interviewer_music小さい頃からピアノをずっとされていたと伺いましたが,ピアノではなく音楽教育や音楽学の方に進まれたのはどうしてですか。

藤井 ピアノは幼少の頃から一生懸命取り組んでいました。私は鳥取県米子市の生まれで今も住んでいます。小学校時代は隣の島根県で過ごし,合唱に没頭しました。島根はとても音楽がさかんな地域で,特に学校の合唱や吹奏楽の水準は,全国屈指といってよいと思います。そういう環境のなかで育ち,音楽を指導される先生方の熱意や魅力に惹かれ,将来,学校の音楽の先生になりたいという気持ちが,子どもの頃からありました。

interviewer_musicお父様が高校の先生をしていらしたそうですが,大学で教員養成課程に進まれたのは,そのあたりも関係しているのでしょうか。

藤井 特にそういうわけではありませんが,音楽教員をめざし地元で専門的に学ぶならば,当時,島根大学に置かれていた特別教科音楽教員養成課程(以下,特音課程)がよいと言われていました。特音課程は,各地方の国立大学一校に置かれ,中国地方では島根大学にありました。島根県の音楽教育を牽引し,全国に名を馳せておられる先生の多くが,島根大学の特音課程の卒業生です。私はピアノ専攻で入りました。

interviewer_music音楽大学を目指そうという考えはなかったんですか。

藤井 それはあまりありませんでした。何より家から通えるところに島根大学がありましたから。

interviewer_music当初から大学院に進まれることにしていたのですか。

藤井 教育学部ですから教員養成のカリキュラムになっており,当初は教員採用試験を受けるつもりでした。3年生の頃,指導教員の先生をはじめ,周囲の方々から,大学院に進んだほうがよいと勧められました。ちょうど音楽学に興味が出てきていましたので,ピアノではなく音楽学で進むことを考えました。今は修士課程に進むことはまったくめずらしくありませんが,当時は少なく,特に他の大学院への進学は大変でした。4年生の4月に教育実習を経験し,教職の魅力も捨てがたく,7月の教員採用試験を受けようかとも迷いましたが,やはり大学院進学に腹を決めました。音楽学,音楽教育学でいくつか志望校を絞り,かけ持ちで願書を出しました。各大学院で試験科目が違い,とりわけ京都芸大は準備が大変でした。

interviewer_music京都芸大の大学院を選ばれた決め手は何だったんでしょうか。

藤井 京都芸大は少人数で,先生方もすばらしいから,とおっしゃる先生が複数おられました。大学院では,音楽美学や音楽史を勉強したかったので,そういうところがピタッと合い京都芸大を第一志望にしました。

interviewer_music院生時代は大学の近くにお住まいだったんですか。

藤井 いいえ,お世話になった方が京都近郊に家をお持ちで,その離れをお借りしました。ピアノもあって恵まれた環境でした。ただ,京都芸大までは遠かったです。指導教員の滝本裕造先生は典型的な朝型で,授業も1限が多く,朝7時には大学に来ておられました。日中は大学の業務でお忙しく,指導していただくには,授業が始まる前,朝8時頃にお訪ねしないといけませんでした。ですから朝6時半には家を出て,電車を3つ乗り継いで,大学に向かっていました。

インタビュアー:真鍋実優(音楽学専攻4回生*取材当時

(取材日:2016年10月18日・本学大学会館にて)

Contents

  1. 山陰から京都へ−音楽教育への思い−
  2. 多角的に学んだ音楽科教育の内容【2017年11月8日公開予定】
  3. 韓国との出会い【2017年11月15日公開予定】
  4. 音楽の引き出しをもつ【2017年11月22日公開予定】

Profile:藤井 浩基【ふじい・こうき】大学教員

1967年鳥取県生まれ。1993年京都市立芸術大学大学院音楽研究科(修士課程)音楽学専攻修了。2003年韓国国立韓国芸術総合学校音楽院客員研究員。博士(芸術文化学:大阪芸術大学)。

専門は音楽教育学。日韓音楽教育関係史,地域の音楽の教材化をテーマに研究を重ね,著書に『日韓音楽教育関係史研究』(勉誠出版,単著),『島根の民謡』(三弥井書店,酒井董美氏と共著)などがある。

現在,島根大学教育学部教授(音楽科教育)。