第22回アーカイブ研究会「NETTING AIR FROM THE LOW LAND空を編むー低い土地から」の報告

「人びとがある特定の場所に閉じ込められているとか,かれらの経験はその場所だけで生きられる人生の限られた地平によって制限されている,などと考えることは,おそらくまったく間違っている」(ティム・インゴルド 『ラインズ 線の文化史』)。

京都市立芸術大学大学院からオランダに留学,その後もアムステルダムに在住する渡部睦子氏(1969年刈谷市生まれ)の活動は,きわめて多岐にわたる。さまざまな素材と手法(陶器,衣服,ドローイング,インスタレーション,映像,音楽とのコラボレーション)を用い,さまざまな土地と国(オランダ,日本,インドネシア,中国,島と都市)をめぐりながら行われる創作の方法について,新旧2つのプロジェクトを例に語っていただいた。

最初の作品は,2009年の《chikahome-2009 / Bijlmer》。アムステルダム郊外,バイルマーで行われたアート・プロジェクトで,南米からの移民が集住する郊外の公営住宅団地に,渡部はその地区で集めた粗大ゴミを素材として「一時的な休憩所」を構築した。渡部にとっては,その場所に行ってリサーチを重ね,多くの人に会いながら逸話や歴史を調べていくこと自体が,制作の重要なプロセスになるという。「作品の方法や形態はバラバラだが,一貫しているのは,アートを使ってどのようにコミュニケーションできるかです」と,渡部は語る。陶磁器専攻のころから,原料となる土を産出する場所の歴史や,エイズについてのヴィジュアル表現など,社会的なことがらに渡部は関心を持っていたという。しかし,社会的なことを知りたいと思っても,スタジオにこもって美しいものを作っているだけでは人に出会えない。だからずっと,出会いながら作品をつくることを模索しているのです,と彼女は語る。

次の作品は,ハウス・マルセイユ写真美術館の開館20周年を記念してつくられたミクストメディア・インスタレーション作品《The Third House Owner》(2018)。17世紀に建てられたこの家に住んだ数々の人たちのうち,「第三の所有者」を主人公として映像を制作,陶器や石鹸などとともに展示した。映像では,その映像を現在見る観客が座っている建物を舞台に,さまざまな生と死,マルセイユ,アムステルダム,そして日本の長崎(平戸)を経由しながら,個々の人生や土地土地の境界を越えて繋がる物語がつむがれる。「ヤポン・シロック」と呼ばれる日本の着物をもとにつくられた当時の衣装を再現したり,松浦鎮信流当主から贈られた三川内焼の茶碗を小道具に用いるなど,「気をつけるべきところにはすべて気をつけながら」制作された映像は,主人公の肖像画を現在所有するオランダ人の家族にも好評だったという。

日本からやってきたアーティストが,その土地の歴史を現地の人たちにとっても意外な形で物語化するのはとてもむずかしいはずだ。渡部の作品は,ていねいな調査と,さまざまな要素を造形化する(時に建築的な)能力によってそれを実現している。けれど,もっと重要に思われるのは,こうした能力を通じて渡部が,それぞれの場所そのものを現状とは別の形で再形成していく点である。彼女の作品は,いまそこに正当に住む者以外の人たちにも,その場所にいることを許そうとするのだ。その家のオーナーではない人にもその「家」にいることを許すような空間を組織すること。それは,自身がオランダにおける移民である渡部にとっても,重要なテーマであり続けていたに違いない。

冒頭に引用した人類学者のインゴルドは,ゆっくりていねいに旅をする「徒歩旅行者」について,続けてこう述べている。

「徒歩旅行者とは,占拠に失敗した者でも不本意な占拠者でもなく,居住に成功する者なのだ。かれらは確かに広い旅行経験があり,場所から場所へと移動している。そしてこうした移動を通じて,かれらが通過する場所ひとつひとつの,終わることなき形成のプロセスに貢献するのだ。要するに徒歩旅行者とは,場所を失ったのでも,場所に縛られているのでもない。かれらは場所をつくるのである」。

旅と移動を通じて,それぞれの場所を豊かにする渡部の活動もまた,このような徒歩旅行者の系譜に連なっている。レクチャーの後には,渡部氏と数多く共演しているMAMIUMU氏による,グラスハープや声を用いたサウンド・パフォーマンスが行われ,来場者をもうひとつの旅へと誘っていただいた。

(佐藤知久)


第22回アーカイブ研究会

「NETTING AIR FROM THE LOW LAND空を編むー低い土地から」

講師|渡部睦子(アーティスト)

ライブ・パフォーマンス|MAMIUMU

日時|2018年10月4日(木)17:30-19:30

会場| 京都市立芸術大学芸術資源研究センター,カフェスペース内

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