コンテンツ4. 共同研究について

■共同研究「井上隆雄写真資料のアーカイヴ構築に基づいたラダック仏教壁画のグラフィック的観点からの表現技法研究」について

 

●活動概要

 「井上隆雄写真資料に基づいたアーカイブの実践研究」は、2018年11月より井上隆雄が残した「インド・ラダック仏教壁画群」の写真資料に関して共同研究を開始しています。
この共同研究は、井上隆雄のインド・ラダック地方の仏教壁画に関する写真資料のアーカイヴ構築により、その仏教壁画群の表現技法研究をグラフィック的観点より行います。 井上隆雄は、外国人に解禁された1974年直後に実際にインド・ラダックに訪れ、未知の領域であり、撮影環境が整備されていない困難な状況下において果敢に撮影を試みています。結果として、仏教壁画群に関する1,000点を超えるポジ類、多数の資料類が残されています。
 ラダックは今、観光化や雨量の急増などの環境の変化によって、寺院壁画は劣化の問題を抱えています。井上隆雄の写真資料は、当時の状態を鮮明に記録しており、かつ壁画の寸法や撮影方法などの記録もあります。1978年に駸々堂出版より井上隆雄『チベット密教壁画』が刊行されています。この文献は資料的価値、歴史的価値の大きな写真集で、横尾忠則による極彩色の装丁はブックデザインとしても優れています。ただし収録から抜け落ちた資料群も多くあります。
 本研究は、これら資料群に対して、過去の重要な遺産を利活用可能な資料体へとシフトさせるアーカイヴという手法を用いて、ラダック仏教壁画の表現技法を分析し、アジアにおける仏教美術の中での位置づけを明らかにする試みです。

(共同研究者)
 山下晃平(京都市立芸術大学美術学部非常勤講師 「井上隆雄写真資料に基づいたアーカイブの実践研究」プロジェクトリーダー)
 加須屋誠(京都市立芸術大学芸術資源研究センター・客員研究員)
 正垣雅子(京都市立芸術大学・日本画専攻准教授)
 岡田真輝(京都市立芸術大学大学院・芸術学専攻修了生)

●活動プロセス

1.資料の保存と管理

まずは、研究対象である写真家・井上隆雄が残したインド・ラダック地方の仏教壁画資料群の保存・管理の整備を進めました。研究対象としての素材は、ブローニー、35mmマウント、スリーブ類のポジフィルム、井上隆雄の取材ノート、メモ類、地図や現地で入手した関連資料類があります。 毎週1、2回の定期的な作業を行い、現秩序の記録作業と資料の分類を行いました。長期保存に適したアーカイバル・キットを購入し、ファイルや保存箱への入替作業を随時行っています。

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2.ポジフィルムの分類

対象資料のデータベース構築のため、15の寺院別にポジフィルムの分類を進めました。寺院ごとに壁画の時代や描写表現に特徴があり、井上隆雄も概ね寺院別にフィルムを分類し、手跡を資料に残しています。ポジフィルムに記録された壁画の図像(仏像や人物、動物などの表現)や井上隆雄の取材ノート、マウントフレームなどに記載された手跡、そして1978年に出版された井上隆雄『チベット密教壁画』(駸々堂出版)や参考文献より、寺院を同定しながら、分類作業を進めました。

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3.ポジフィルムのデジタル化

ポジフィルムの寺院別分類に並行して、今後の表現技法研究において特に重要だと想定されるアルチ寺、サスポール石窟のポジフィルムより順次デジタルデータ化を進めています。デジタル化は専門の会社にも依頼しています。デジタル化は、今後の仏教壁画研究に貢献し得る高解像度設定としました。

4.データベース構築1

寺院別に分類したポジフィルムを、さらに堂内の空間別に再配置する作業とデータベース構築のための位置情報の記録作業を行いました。(アルチ寺、サスポール石窟から開始)

位置情報の記録作業の様子

5.データベース構築2

4.で記録した位置情報を元にポジフィルムにIDを付与し、データベースを構築しました。またデジタルデータにも同様のIDを付与しました。

6.デジタルデータを用いた図像研究

デジタルデータを用いて、ラダック仏教壁画の描写技法、制作過程、表現の分析を進めています。ポジフィルムを高解像度のデジタルデータにすることで、拡大し細部を確認することができます。井上隆雄の写真資料の中ではアルチ寺の三層堂、大日堂、マンギュ寺の壁画は、インド起源の仏教図像が経由地カシミールの影響を色濃く受けた仏教壁画として知られています。現時点では、アルチ寺三層堂一階の「般若波羅蜜仏母」を対象に表現研究を行っています。

7.模写制作

注目した「般若波羅蜜仏母」の現状模写制作を行いました。46年前の撮影された撮影画像を元に、壁画が描かれた当時の表現技法に併せて、壁画が経てきた時代の風韻を絵画の美としてうつしとる現状模写を通して、表現技法に対する考察を行います。

 
顔料 ぼかしを入れる
顔料を溶く 制作の様子

●展示資料の紹介

写真用収納箱
元々の保管されていた写真用収納箱
井上隆雄取材ノート
井上隆雄取材ノート 表紙
井上隆雄取材ノート
井上隆雄取材ノート 中身
地図、資料類 地図、資料類
資料類
地図、資料類
地図

●1974年頃のラダックの風景

井上隆雄は寺院内部だけではなく、寺院周辺の景色やラダックで暮らす人々の様子も撮影しています。

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