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瓦版web:05-前編|toyono gallery vitokuras(片山和彦)|職住一体のギャラリー

片山和彦
1966年、大阪に生まれる。
1991年、京都市立芸術大学 大学院美術研究科修了後、デザインを生業とする。2002年、大阪市西天満にてGALLERY wks. を開業。マンションの最上階というユニークなロケーションもさることながら、美術にととまらずダンスから落語まで幅広い表現の実験的なスペースとして、ギャラリー業界では独自のスタンスを保つ。2022年には、都会から里山の豊能町へ移転し、名称も vitokurasと改め、設立20周年を迎える。
 
また、2014年「うみつちひとそら」展におけるモノ語り芝居の演出や、会場構成を補佐して亀谷彩の表現に裏方として関わるが、2018年「みなそこのみや」展より全面的に空間造形を担当する。
その仕事の延長で、2020年「とおのおと」(木津川市 当尾の郷会館)、2021年には、英ゆう個展「作庭ひらく」(京都芸術センター和室「明倫」)、フルタミチエ個展「余白は、うたう」(芦屋市谷崎潤一郎記念館 ロビーギャラリー)などの展覧会の展示構成に関わる。
https://www.facebook.com/vitokuras



2022年7月1日に、豊能町という場所にギャラリーを移転オープンされた片山和彦さん。 柿落とし展として、片山さんの配偶者であり漆作家である亀谷彩さんの個展を開催されている中、取材を行いました。 お二人は生活と制作と仕事、そしてギャラリーという、4つの立場を、どのように過ごされているのでしょうか。 当日は会場が非常に混み合っており、常にお二人のうちどちらかがお客様の対応をされていたため、別々にお話を伺いました。前編後編に分けてご覧ください。

インタビュー:松井沙都子(京都市立芸術大学キャリアデザインセンター美術アドバイザー)


toyono gallery vitokuras へと続く小道。
■ギャラリーと住まいを一緒にする 

―片山さん、よろしくお願いいたします。7月に新しくオープンされたばかりのこちらのギャラリー、toyono gallery vitokuras について、ご紹介いただけますでしょうか。

片山和彦さん(以下、片山):よろしくお願いします。toyono gallery vitokuras(以下、vitokuras)は、ちょうど僕が36歳の時にギャラリーを始めてちょうど20周年の記念日となる、2022年7月1日にオープンしました。元々このタイミングで何かしようと考えていたわけではなく、むしろギャラリー自体はもっと早くオープンするつもりだったのですが、コロナの影響もあって、年単位の延期が重なりました。そして今年の5月の連休に合わせていよいよオープン…と思っていたところ、少し遅らせればオープン記念日だったので、この日にスタートすることになりました。ギャラリーの営業日を金土日月の週4日に設定しているので、今年は7月1日が金曜日ということでちょうど良かったですしね。
実はvitokurasに至る少し前から、何かの形でギャラリーの形を新しくして再スタートできないかなと思っていました。
vitokurasの前に運営していたのは、大阪の西天満で現代美術を扱うGALLERY wks.(ギャラリーワークス、以下、wks.)というギャラリーです。wks.は、いわゆるホワイトキューブと言われる、現在最も一般的なスタイルのギャラリーで、そこで開催する展覧会も主にコンテンポラリーなものでした。
僕自身は元々ギャラリーの経験はなく、作家として活動をしていたのですが、wks.は当時の僕が作家目線で理想的なギャラリーを作ろうと思って立ち上げたものでした。

西天満にあったGALLERY wks. 入り口付近。

―大阪のギャラリーを設計するにあたり、作家目線で考えたことはどういったことだったのでしょうか。

片山:僕は京芸では油画を専攻していて、元々絵画の作家なのですが、修士課程の修了後に作家活動をする中で、ギャラリーのシステムに表現の幅が狭められた経験があります。
例えばギャラリーで展示をするときには、前の会期の展示が終わった後に、夜に2〜3時間で展示作業をしないといけないということがあります。そうなると、その制約の中で展示作業が終わる作品しか展示できないことになりますよね。他にも会場によっては、釘打ちがだめで、ピクチャーレールだけということもありますし。でもそれをしょうがないといっていいのかなと。
僕は作品というのは、展示して初めて完成だと思っていたので、空間がすごく大事だと思っています。だからwks.では、搬入に丸一日はもちろん、1週間かけることもできるようにしました。

wks. で試みられた様々な展示やイベントの様子

―wks.は作品が締まって見えるホワイトキューブでしたが、こちらのvitokuras は、傾向が違いますね。

片山:はい、そうなんです。変化のきっかけは、結婚して子どももできて、家庭を持つことで、色々と考え方が変わったことだと思います。
コンテンポラリーな美術をやっていた時は、やはり自分のコンセプトや表現というのが主軸にあって、どうしても尖った傾向になりがちでした。
その一方で、妻の亀谷が専門とする工芸の分野では、用途のあるものや飾り物として作品を作ることや、作品を愛でる対象とすることもあります。以前の僕には作品をそういった視点で捉えるという感覚はなかったのですが、妻と一緒に暮らす中で、徐々に僕の中にも芽生えてきました。それに伴って、日常から切り離されたホワイトキューブという空間にも違和感を覚えるようになりました。
そして美術と暮らしを完全に分けてしまうのではなく、何か良い形で混ざり合うような形はないか、と考えるようになり、wks. でも色々と実験的なことを試みました。例えばギャラリー空間を部屋仕立てにして展示をするとか、コンセプトを抜きにしてしつらえのように作品を取り合わせて展示するようなこともしました。でもそれをホワイトキューブでやると、どうしても美術の実験のような結果になってしまうんです。
そのうちにそれが、本当の暮らしがそこにないからだと、気づきました。

—wks. ではできなかったことを、vitokuras で実現しようとした、いうことでしょうか。

片山:最初からそう考えていたわけではないのですが、色々なご縁がつながって、その機会を得たということになります。
はじめに一つの大きな転機となることがありました。僕たちはまだこちらに移り住んでおらず、今はまだ大阪のマンションで暮らしています。そのマンションの部屋の白い壁に、自分たちが持っている作品を飾ったりしているのですが、ある時、それを公開してみようかという話が出たことがありました。部屋が1階にあり、家の裏口から出入りができるので、「おうちギャラリー」のような形で公開できないかなという話でした。 でもwks. を運営しながら「おうちギャラリー」も運営して、さらに育児や妻の制作も、その中で暮らしもしないといけないとなると、発想としては面白いけど、実際には難しいかな、となりまして、早々にその案はなくなりました。
その後、妻の地元の出雲で、妻の展覧会をする機会がありました。(「亀谷彩漆作品展 うみつちひとそら」 出雲文化伝承館・縁結び交流館 出雲/島根)規模の大きな展示でしたが、地元からの大きな支援を受けることができただけでなく、地元の方々にも非常に手厚く歓迎していただいて、とても感激しました。僕が協力した「モノ語り芝居」という演劇の企画も非常に喜んでもらえました。僕はそれがすごく嬉しくて、移住したいとすら思うようになりました。

もちろんギャラリーも移転するつもりでした。なぜなら、僕は小劇場ブームの影響を受けた世代ということもあって、劇場のような場所を作りたいという思いがずっとあるのですが、出雲なら大阪のギャラリーよりもう一回り大きな、劇場の機能を備えた空間を作ることができるかもしれない、と考えがあったからです。実際にずいぶんと物件をリサーチして、現地を見に行くところまでは行きました。
でも最終的に、島根県の過疎化を目の当たりにして、想像以上に出雲で活動することは難しいということがわかりました。もしやるんだったら、まちづくりのレベルで鑑賞者を開拓するようなことからやる必要がありそうでした。僕が30代だったらこのような仕事を立ち上げたかもしれませんが、この年齢になって、そこまでの熱意を持って取り組むことは難しく感じました。 そこで一旦「夢破れたり」という感じになってしまったのです。
でもそれなら、今までやってきたことを良い形で繋いでいくべきと考えて、もう一度wks. のことを見直そうと考えるようになりました。今までwks.でやってきた企画や、作家との関係性、僕たちのこれからの人生を改めて考えて、そうだ、ギャラリーと住まいを一緒にしてしまったらいいんだという結論に至り、vitokuras への道が開かれたわけです。


toyono gallery vitokuras 前の分かれ道の看板。

■デザインの仕事から学んだ 、相手や周りを見るという視点

—最初からこの場所にするつもりでしたか?

片山:いえ、そうでもありません。自分の職場や、高齢の母親の様子を見にいくことができる範囲など、色々考える中で、この能勢電妙見口という、大阪で一番北の駅から徒歩10分という場所に至りました。やはりお客さんにきていただく上では、電車で来ていただいて駅近であることは必須条件だと思いましたので。暮らしと美術が一緒にある場所、vitokuras=美と暮らすというところに、落ち着いた、という感じです。
いや、落ち着いたというより、ここからスタートしていくイメージですね。

—この先、ギャラリーはどうなっていく予定ですか?

片山:よく皆さんに聞かれるのですが、まだはっきりとしていません。というのも、これは僕にとっても一つの実験であって、リアルタイムに美術と向き合っている人たちの新しい表現を、暮らしの中に重要な位置を占められるように見せて行って、近隣の生活者の人にも繋げていきたいと考えているからです。
新しい表現は、アートファンや美術業界の人であれば、今までのwks.の環境であっても十分届けられました。でも長く分譲マンションでギャラリーをやっていて(wks. は11階建てマンションの最上階の一室にあった)、他のマンションの住人の方や、地域住民の方に美術の橋渡しができたかというと、自信を持ってできたとは言えません。
だからといって、vitokuras では変に妥協したり、地域のコミュニティにすり寄ったりしたくはありません。
これからやりたいのは、一般の方にとってはハードなものあったとしても、新しい表現をちゃんと受け止めてもらえるような見せ方や、そのためのギャラリーのあり方を探ることです。wks.よりもより生活に近い環境ですが、生活者の方々と共存していく道があると、僕は信じています。
作家がいろんな問題に向き合ってチャレンジをしているように、僕はギャラリーという形で、何らかのチャレンジや実験をしたいと考えています。既存の価値観にはまっていくのではなく、自分が見出した価値観を提案したり、社会に示したいという思いがあります。

取材当日に開催されていた、亀谷彩漆作品展「ふんだりけの塔」。

ーすでに近隣の方々にも受け入れられつつある様子が伺えます。今日もたくさんの方が来られて大盛況です!(忙しい日に、ご対応をありがとうございます)

片山:はい、ご近所の方も来てくださっています。こうした村という環境は、日頃あまり変化がないので、興味を持ってきてくださっている気がしますね。この場所は近所の往来からも見えやすい立地ですので、建てている最中から気にかけてくださっているようでした。

—今後、こちらにご自宅も統合されるとのことですが、運営の体制も大きく変わるのでしょうか。

片山:wks.の頃は一人で運営していましたが、今後は家族も手伝ってくれることになります。来年中学生になる娘の友達や、そのご家族、さらにその関係の方からも、ギャラリーに繋がりを持ってもらえたらと考えています。そうすることで、またギャラリーが動いていくだろうという期待もあります。
これまでの経験から、しっかり場を作れば、自ずと人が集まり、事が動くと考えています。それが生活と寄り添う環境であれば、どういう形かはまだわかりませんが、きっと思った以上の動きがあるはずと確信しています。僕はその動いて行こうとする方向をしっかり見極めて、それに従おうと思います。
その動きというのは、実は社会や人が自分に求めていることではないかと僕は思うのです。それに応じていけば、意図した以上に充実した成果が得られると考えています。逆に無理に意図した通りの結果を出そうとすると、可能性を狭めてしまうと思うんです。

―商売における「三方よし」という言葉に通じるお考えのように思います。

片山:そうですね。何かをするにあたって、自分が中心にあっても良いと思うのですが、そのことが却って可能性を狭めて、苦しんだり焦ったりすることもあります。
社会に出ると、自分じゃない他者の存在の方が大きかったりしますしね。
例えば、僕はギャラリーを始める前にデザインの仕事をしていたのですが、デザインはクライアントありきなので、いくら自分が良かれと思ってやっても、クライアントがダメってなったらダメなんですよね。ではクライアントが何を望んでいて、自分に何を求めているのかをコミュニケーションを通じて引き出す時間がすごく大事なんです。そしてそれに応える仕事をする。僕の場合は、そうしたことの繰り返しによって、自分という存在を少し後退させて、相手や周りを見ることを学んだ気がします。

「ふんだりけの塔」メインのギャラリースペースでの展示風景。


■ギャラリーを支えるデザインの仕事

―片山さんは、wks.のバックヤードで、デザイン事務所をされていましたね。急に込み入ったことをお伺いするようですが、収入源としては、ギャラリーとデザインとではどちらの比率が大きいですか?

片山:デザイン事務所は今でも続けていますよ。収入の配分は、やっぱりデザインの方が大きいですね。デザインの仕事でギャラリーを支えている感じです。

―元々デザインのお仕事では、会社にお勤めだったのですか?

片山:今はフリーランスですが、初めは学生の時に、親戚のデザイン事務所でアルバイトをしていました。卒業後にそのまま社員として採用してもらって、途中で独立したという流れです。当時は印刷系のカタログなどのデザインをしていました。

―デザイン系のアルバイトに就いたきっかけは、美術系の学生だったからでしょうか?

片山:そうです。今はMac などがありますが、当時は写植で版下を作るという手作業が多い時代でしたので、デザインにまつわる下請けのような仕事をしている人は多かったです。
業界では常に人手が必要で、バイトでもできる仕事がたくさんありました。僕はそこで基礎的なことを身につけることができました。今と全然違いますよね。

―業界への入り口が全然違いますね!今は即戦力が求められている印象です。

片山:そうそう、デザインの業種に就こうとすると、一応一通りのソフトが使える人でないといけないですよね。昔の版下とは違い、今PCを扱うとなると、やっぱり昔のように見様見真似では難しいです。今の方がデザインの業界への参入は簡単かもしれませんが、食べていけるレベルの仕事にするのは大変でしょうね。

―片山さんは、デザインの仕事ではそれぞれのお客さんと長期的に仕事をしているのでしょうか。

片山:はい。デザインの仕事は大事な収入源ですし、ある程度の安定が必要です。単発の仕事ばかりだと大変だから、一つのところから繰り返し頼んでもらえるように運ぶようにしています。
一方でギャラリーの仕事は作家と長く付き合いたいという気持ちもありますが、やはり新しい時代性を取り入れていきたい気持ちもありますので、毎年同じ作家に同じ時期に定期的に展示してもらうというようなことはやっていません。
展示の誘い方の点では、僕は作家の自発性が大事だと思うので、作家からやりたいという声が出るまで、待ったりしますね。wks. は他のギャラリーに比べるとスペースの大きいギャラリーでしたので、そこで個展をしようとなると、やはりそれなりの力が必要です。だからうちでやろうという思いを聞くだけでも、良い展覧会になるだろうという確信を持つことができました。
人からスペースを半分に区切ったらもっと利用してくれる人が増えるのに…と言われたこともありましたが、wks. はインスタレーションが多かったので、ある程度大きな空間を用意してあげたいと思い、そうはしませんでした。それに小さな作品が大きな空間を必要とすることだって十分あり得ることです。

いくつもの「塔」が展示されていました。


■ギャラリー のこれから

―wks.ではレンタルと企画の両方をやっていたと思うのですが、vitokuras ではレンタルも検討されていますか?

片山:レンタルの可能性は、需要を広げるという意味で、大いにあります。なぜなら出始めの作家さんや、ベテランの作家さんでも作品によっては、販売につながりにくいことがあります。僕たちも持ち出しばかりではしんどいので、少し運営を助けていただくという意味で、費用を負担してただくことはあり得ます。wks. と同様に、vitokuras でもレンタルと企画の両輪でやっていこうかなと考えています。

「ふんだりけの塔」居住空間にも展開された展示。

―作家以外の方の展示企画なども予定されていますか?

片山:まだ構想の段階ですが、この地域で何らかの表現をされていて、いわゆるプロではない方に、光を当てるような仕事ができれば良いなということも考えています。
例えば普段は色紙のような小さな画面にちぎり絵をしてる人に、例えばそれを3m x 3m でやったらどうですか、と提案してみる。そしてその人が「あ、やってみようかな」となったとしたら、もしかするとすごいものが出来上がるかもしれません。ギャラリーをきっかけに面白いことが起こる可能性があると思うんです。

―そうした交流が進んでいくと、地域の方から提案があるかもしれませんね。

片山:うん、そうですね。うちはギャラリーですが、あまり方向性を限定せず、いろんな発想を受け入れる姿勢でいたいと思っています。
それでいて、これまでのギャラリーの方向性を崩さず、今まで関わってくださった方々からも、wks.からえらく路線が変わったねとか、緩くなったね、とか言われないように、新しい形を提案しつつ、維持していけるようにやっていこうと思っています。

―ここの環境を生かした企画の可能性は、具体的に何かありますか?

片山:この建物の西側に広場があるので、将来的にはキャンプなんかもできるかもしれません。キャンプ開放日を作って、キャンプをしながら展示も見てもらうとか、そういうのも面白そうです。近くで川遊びもできますし、今までと違った野外とかレジャーとか環境も含めて、アートと触れ合っていただくとかいう企画もあり得ると思います。
wks. では、美術が一番綺麗に見えるホワイトキューブという環境で、美術を守っていたところがありましたが、ここでは一転して、美術を野に放ってあらわにしてしまうようなイメージです。守られていたからよく見えていただけで、外においたら何でもない、というのでは、良くないと思うんです。地域や自然や、暮らしとだって張り合える、強い美術というのを、ここで作品を展示する皆さんには意識してもらいたいな、という思いがあります。

―今後企画展をしていくとしたら、そうしたコンセプトに合うような作家をセレクトしていかれますか。

片山:そうですね、少なくとも賛同してもらえる方にお願いすると思います。
まずはここに来ていただいて、ここに作品が並ぶことを想像できるか、ということを見させていただくかもしれません。あるいは僕が作家の展覧会に出かけていって、お会いした方に、実際にここまで来ていただいたら、興味があるのかなって、声をかけることもあるかもしれません。ギャラリーに共感を得てから、一緒に形作っていくという感じです。
といっても、実はwks. の時にも、同じような流れでやってきているのですけどね。

―この場所を起点に、どんどん人が巻き込まれていくようなイメージでしょうか。

片山:そうですね。できるだけ繋がりや出会いを演出できるようなギャラリーでありたいです。見に来る人にも、問いを投げかけたり、何かを発見したりしてもらえる場でありたいです。ある対象に関心のなかった人に対して、作品を通じて具体的な重たい課題を突きつけるとか、そういうのも美術の役割だと、僕は考えています。

―作家の裁量も大いに問われますね。また作家によってさまざまな展開がありそうです。

片山:そうですね。僕はいつも作家に教えていただいていると思っています。
作品を通じて作家の価値観を知り、そして僕の中にも新しい価値観が芽生えてきて、自分がこれまで考えもしなかったことが芽生えてきます。そしてそれを次の方に投げる、ということの繰り返しです。僕自身の自我を薄くしていくことで、自分の小さな見識を広げてくれます。
美術は、大人でも子供でもある程度、感覚的に入っていけるところがあって、そのように多くの方に開かれているところが美術の好きなところでもあります。誰にでも開かれていて、だからこそ誰かにとっての救いにもなり得ると思うんです。
 

緑に囲まれたギャラリー外観。

■この場所で「ご先祖」になる

―作品を普段見慣れている方の場合は、未熟な作品であっても見て受け取ることができるものがありますし、かえってその未熟さに魅力を感じるところもあります。一方で作品を見慣れていない一般の地域の方は、抵抗を感じることがあるかもしれません。現代美術の展覧会でよくある反応としては、「わからん!」といって怒り出すとか…。芸術が「わからない」とおっしゃる方に対するアプローチとして、何かイメージされていることはありますか?

片山:誰しも自分の既存の価値観や知識の中でものを見ようとします。それに当てはまらないものは「わからない」とおっしゃいます。でも僕は「わからない」から始めていいのではないかなと思っています。そもそも人のことなんてわからないじゃないですか。何が真実かもわからないし。わからないものをまずは丸ごと飲み込むことから入ってもらいたいです。そのためには当然、鑑賞者の皆さんに、それぞれの感覚を大事にしてもらいたいです。
作品をご覧になる方は、作家の作品に何かの正解があると考えがちで、正解を受け止めないといけない、作家が思ってもないことを言ったら間違いじゃないかと、すごく恐れています。でもそうじゃなくて、僕はむしろ、作家も気づいていないような作品の良さを見つけていただきたいと思っています。
そのために僕は、丁寧にコミュニケーションをとっていきたいと思います。鑑賞者の方が緊張されていたらほぐし、話される言葉を継いで、感覚を自由にするお手伝いをしながら、自然な会話ができるように運べば、わからないと言われていた方もいろんな言葉が出てくるようになります。そしてこちらからそれでいいんですよって肯定すると、「え、そうなんこれでいいの」って、おっしゃられたりします。そしてさらに考えが広がって、どんどん言葉が続いたりするんですよね。
このvitokuras というのは、町のギャラリーと違って、くつろいだ雰囲気で世間話の中から作品の話になって、見に来られた方それぞれの経験と結びついた考えを聞かせていただいて、新たな作品の価値を見出していただけるということもあると思います。それを僕は丁寧に拾っていって、また返していってという役割を、ここで担っていきたいと思っています。

―地域における活動としては、ギャラリーに関わった人の中に、少しずつそれぞれの多様な価値観を醸成していくようなギャラリーとして、存在していくようなイメージでしょうか。

片山:そうそう、小さくてもね。大それたことを言うようですが、究極的には自分がこう言う世界であって欲しいと言うのを、実現していきたいと思っています。小さい範囲では自分の家族、そして地域など、顔の見える範囲で、共感してくれる人たちがポツポツ増えていって、そしていつか、それぞれのところで同じような動きをしてくれたら嬉しいです。一気に拡散していくようなものではなくて、少しずつ胞子を飛ばして、気づいたらきのこの山ができていた、という感じでやっていけたら良いなと考えています。まだ僕は種を撒き出したばかりで、一つの種がこの地に落ちたというくらいに考えています。これが子供や孫の代に少し菌糸が芽生えて、孫の代にもう一山大きな山になって、気がつけば向こうの山も、その向こうのやまも、という長い時間を考えています。なんというか、この地でご先祖になりたいなと。(笑)
こういう「ご先祖」のような人って、実は世の中にたくさんいると思うんですよ。大きな国や街といった行政の単位ではなく、地場から上がってきた、小さな文化の国のようなものができていけば良いなと思っています。

―ギャラリーという場を長年やって来られているから、その役割を見据えていらっしゃると思いました。ありがとうございました。

笑顔の片山さん。

toyono gallery vitokuras

2022年、GALLERY wks. の豊能町への移転を機に、名称を toying gallery vitokuras と改め開廊。vitokuras は「美と暮らす」。住居とアトリエ、ギャラリーが共にある場所、それはアートがある暮らしというよりは、もっと切実にアグレッシブに暮らしの中に美術を放つ試みです。また、ホワイトキューブで護られた作品が真価を問われる場所ともなるでしょう。2022年7月にはプレオープン、2023年4月から本格始動します。

toyono gallery vitokuras
〒563-0101 大阪府豊能町吉川210-1
tel.09039433089
katayamakazuhiko@yahoo.co.jp

https://www.facebook.com/vitokuras

〈展示予告〉

「放牧(仮)」展
高垣リミ(彫刻)x 田中智子(漆工)
キュレーション/亀谷彩
2023年4月21日(金)~5月15日(月)
火水木は休み、5月3日(水)と4日(木)はオープン
12:00~18:00

具象を追いながらも漆の廃棄物を素材に扱うなどして彫刻の枠を超えた造形に挑む高垣リミと、等身大の立像で漆工のもつ手仕事的なミクロに物語を纏った重厚なマクロを放つ田中智子。豊能町の自然に対峙しても、存在感は揺るがない二人の造形、その相乗によって野性味に溢れた世界を解き放つ試みです。

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