第7章 成果

本事業では、タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復・保存に取り組むとともに、海外機関の先行事例を調査し、国内の研究者、学芸員、アーティストとタイムベースト・メディアの修復・保存に関する協議した上で、タイムベースト・メディア作品の修復・保存に必要な体制をモデルとして提示した。以下に、得られた成果と今後の課題を示す。

7.1 成果

(1)古橋悌二《LOVERS――永遠の恋人たち――》(1994年)の修復・保存
本作品は、コンピューター・プログラムによる制御、センシングによる観客とのインタラクション、映像と音声を併用した空間構築といった機構を有しており、タイムベースト・メディア作品の特徴を典型的に備えており、タイムベースト・メディア作品の修復・保存のモデルとして最適であると考え、同作品を修復した。
まず、不具合が生じていた5台のヴィデオ・プロジェクターを交換した。次に、最初の展示にあったが、海外ツアーでオプション扱いにされていた天井からの投影のための4台のヴィデオ・プロジェクターを作品に含めることにして、そのためのコンピューターのプログラムを新たに作成した。そして、映像を仮想空間で動かすシミュレーターを作成した。最後に、オリジナルのヴィデオ・テープの映像をデジタル化し、映像とモーターの動きを数値化するダイヤグラムを作成した。
現在、作品を物理的に構成しているプロジェクターやDVDプレーヤー、LDプレーヤー、モーター、コンピューター、DVD、LDが失われたとしても、それを再現することができるデジタル・データを作成した。
本作品は、長い間、せんだいメディアテークに寄託された状態が続いていたが、本事業による修復を経て、国立国際美術館に寄贈され、保存される予定である。

(2)タイムベースト・メディア作品の修復・保存のためのウェブサイトの構築
タイムベースト・メディア作品の修復・保存について、海外機関の先行事例を調査しつつ、国内の研究者、学芸員、アーティストと協議を行った結果、他のタイムベースト・メディア作品の修復・保存を促すために必要なのは先行事例を提示することであるという結論に達した。《LOVERS》の修復の実施体制、修復内容、作品情報、作業日誌を公開するウェブサイトを構築して、タイムベースト・メディア作品の修復・保存において具体的に必要な作業を提示した。

7.2 今後の課題

(1)「タイムベースト・メディア作品の修復/保存のための手引き」の作成
当初は、タイムベースト・メディアの修復・保存に関する情報を共有するために、「タイムベースト・メディア作品の修復/保存のための手引き」を作成する計画であったが、1月に完成した《LOVERS》の映像を仮想空間で動かすシミュレーターについて、2月開催のワークショップで専門家からメディアアート一般の修復/保存に適用可能であるとの指摘を受けたため、シミュレーターの評価を含めた形で、来年度に手引きを作成することにした。成果の(2)で述べたタイムベースト・メディア作品の修復・保存のためのウェブサイトに記載した情報を、より一般的な形で整理する必要がある。

(2)「修復が必要なタイムベースト・メディア作品のデータベース」の作成
本事業を行う中で、修復が必要なタイムベースト・メディア作品に関する複数の情報が寄せられた。タイムベースト・メディア作品の国内の所蔵状況については、平成22年度メディア芸術情報拠点コンソーシアム構築事業報告書『メディアアートの記録と保存』(森ビル株式会社、2011年)が報告しているが、それから5年が経過している。タイムベースト・メディア作品の修復・保存を促進するためには、修復が必要な作品について、修復の内容や緊急度などを含めた情報収集が急務である。

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