第2章 事業の目的、主旨
2.1 修復の目的と修復の経緯
本事業は、インスタレーションやメディアアート、映像といったデジタル技術を活用し、時間軸を持った表現を有するタイムベースト・メディア作品の修復・保存について産・学・館(官)が連携し、実践的に取り組み、その成果を広く公開・共有するものである。
1970年代以降、メディアアート領域で活躍する日本の作家は、時代のテクノロジーを駆使した実験的な表現によって国内外で高く評価され、社会的・歴史的に重要となる作品を数多く生み出してきた。さらに、2000年以降には日本国内にメディアアートを専門とするアートセンターが創設され、制作環境が整ったことで、新しいスタイルの作品が次々と誕生するようになった。また、文化庁におけるメディア芸術振興施策や、メディアアートに関する教育機関が新設・編成されたことで、作家の活躍と創造活動は世代を超えて更なる発展を見せている。
しかしながら、こうしたデジタル技術を活用した新しいタイプの美術作品の修復・保存は、国内の美術館や専門施設、教育機関における体制や、その考え方、方法論が確立しておらず、テクノロジーの老朽化や作家の他界により、過去の歴史的な作品が公開不可能となるケースも相次いでいる。一方、海外の複数の美術館では、既に約15年前からタイムベースト・メディア作品の保存・修復・展示を専門とする部署が設けられ、先行研究や実践的な取り組みがなされている。
本事業は、産・学・館(官)の連携によって、複数の技術と装置を合わせ持つメディアアートの典型例でありながらも公開不可能な状態にある作品を修復し、他のタイムベースト・メディア作品の修復・保存のモデルを提供するものである。また、海外の先行事例に関する調査研究も踏まえて、タイムベースト・メディア作品の修復に関する知識と経験を美術館・専門機関・教育機関と共有して人材育成に活用することも目指している。
本事業では、古橋悌二の《LOVERS――永遠の恋人たち――》を修復した。古橋は、京都を拠点として1984年に結成されたアーティスト集団ダムタイプの中心メンバーとして活躍したアーティストで、1995年に他界した。本作は、1998年にニューヨーク近代美術館に所蔵され、2001年のせんだいメディアテーク開館記念展に際してダムタイプの高谷史郎が再制作したものがあるが、後者はプロジェクターの劣化により、展示不可能な状態にあった。《LOVERS》は、コンピューター・プログラムによる制御、センシングによる観客とのインタラクション、映像と音声を併用した空間構築といった機構を有しており、タイムベースト・メディア作品の特徴を典型的に備えている。タイムベースト・メディア作品の修復・保存のモデルとして最適であると考え、同作品を修復するに至った。
2.2 対象作品の紹介――古橋悌二《LOVERS――永遠の恋人たち――》(1994年)――
修復作業中の《LOVERS――永遠の恋人たち――》(元・崇仁小学校)
【作品仕様】
高谷史郎が制作した本作の「TECHNICAL REQUIREMENT LIST」によると、本作の展示空間の仕様は以下の通りである。
• 空間の広さ:10m×10m(10m×10m~14m×14m)
• 天井の高さ:5m(最低でも3.5m)
• 床材:白のリノリウム(白色の光沢仕上げ)
• 壁面と天井:艶のない黒
• 空間の状態:暗く静かであること
また、主として以下の使用機器によって構成されている。
• 投影機器
• ヴィデオ・プロジェクター
• スライド・プロジェクター
• 再生機器
• LDプレーヤー
• DVDプレーヤー(2001年以降)
• パワー・アンプ
• パワー・ディストリビューター
• 制御システム
• システム・コントローラー
• モーター・コントローラー
• センサー
• ステッピング・モーター
• アクティヴ・スピーカー(2001年以降)
• 音響機器
• スピーカー
【作品概要】
《LOVERS――永遠の恋人たち――》は、1984年に京都で結成されたアーティスト集団ダムタイプの中心的なメンバーとして活躍していた古橋悌二のソロ・ワークである。キヤノンが運営していた文化支援プロジェクトであるキヤノン・アートラボとの共同で制作が行われた。本作は、空間の中央に屹立(きつりつ)するタワーに設けられたプロジェクターから、それを取り囲む四周の壁に向かって映像が投影されるヴィデオ・インスタレーション作品である。加えて、コンピューター・プログラムによる制御、センシングによる観客とのインタラクション、映像と音声を併用した空間構築といった機構を持つ本作は、近年、「タイムベースト・メディア」と呼び表される映像作品の特徴を典型的に備えていると言えるだろう。
暗く静かな展示空間の中央に金属製のタワーが屹立(きつりつ)している。タワーは全部で7段になっていて、上2段にはスライド・プロジェクター、下5段にはヴィデオ・プロジェクターが、それぞれターンテーブル上に設置されている。ヴィデオ・プロジェクターからは、四周の壁面に向かってそれぞれ裸体の男女がほぼ等身大で投影されている。男女は、左右に歩いたり、走ったり、立ち止まって背中を見せたり、抱擁したり、きびすを返して来た道を駆け戻ったりし、緩やかに消滅していく。ターンテーブルはコンピューターによって複雑に制御されており、男女の動きにあわせて360度、水平に回転する。異なる高さに設置されたそれぞれのプロジェクターの焦点は、均一な水平面に照準されており裸体の男女たちの映像はぶつかっても互いにすり抜けていく。空間には硬質な電子音とともに、時折、聞き取ることの困難な人々のつぶやきが響いている。
展示空間を構成する4つの壁面を左右に動く男女の中に、緩やかに歩き続ける男性がいる。ほかならぬ古橋悌二本人であるこの男性は、タワーに添えられたセンサーが観客の存在を感知すると、まるで観客の存在に気づいたように歩みを止めてこちらに振り返り、腕を差し伸ばす。すると、正面を向いた古橋の身体に向かって2台のスライド・プロジェクターが投影する真っすぐな線が集まってきて、彼の正面で十字を描く。十字架のようにも銃の照準器のようにも見えるこの十字が彼の身体を捉えると、彼は自らを抱きしめるようにそのままゆっくりと背後に倒れていき姿を消してしまう。対人センサーは天井にも据えられており、観客の存在を感知すると、その人を取り囲むように「DO NOT CROSS THE LINE OR JUMP OVER」という文字を円形に投影する。
本作は、1994年にアートラボ第4回企画展(ヒルサイドプラザ)で発表された後、ニューヨーク近代美術館で開催された展覧会「Video Spaces」での展示を皮切りに、ヨーロッパ、アメリカなど、7箇国11箇所で展示され、1998年には、ニューヨーク近代美術館のコレクションとして収蔵された。海外への巡回に合わせて、本作は古橋自身の手により改訂が行われ、ニューヨーク近代美術館への収蔵の際にもオリジナル・ヴァージョンの制作に関わっていた高谷史郎によって更新がなされている。また、2001年には、せんだいメディアテークの開館記念展に際して高谷による再制作が行われた。開館記念展「メッセージ/ことばの扉をひらく」で展示された後、寄託作品として同館に保管されることとなる。本事業で保存修復のモデルとして扱うのはこのヴァージョンである。
【作者紹介】(*2)
古橋悌二は、1960年に京都に生まれる。1981年に京都市立芸術大学美術学部に入学する。油画専攻から構想設計専攻に編入し、1986年美術学部美術科構想設計専攻卒業、同大学院に進学するが、88年に中退。1985年に発表したヴィデオ作品《7 Conversation Styles》は、第1回東京国際ビエンナーレで奨励賞を受賞し、京都市美術館とニューヨーク近代美術館にて展示される。1984年にダムタイプを結成し活動を始めてからは、集団での作品発表が主となっていく。
ダムタイプは京都市立芸術大学の学生を中心にして結成されたマルチメディア・パフォーマンス・グループであり、ヴィジュアル・アート、映像、建築、音楽、プログラミングなど、多様な領域のメンバーで構成されていた。ダムタイプは、1990年に東京青山のスパイラルで初演された《pH》以降、公演のたびに演出を変化させていく「ワーク・イン・プログレス」の手法によって制作を行っていく。メンバー同士のヒエラルキーなき共同制作を常とし、特権的なリーダーを擁立しないのがこのグループの特徴であった。しかし、1992年に古橋はHIV陽性であることをカミングアウトし、そのこと自体を作品に組み込んだ《S/N》(1994年)は、古橋個人の属性を多分に反映したものであった。《S/N》と同年に古橋は個人名義で《LOVERS――永遠の恋人たち――》を発表している。
古橋は、1986年のニューヨークでドラァグ・クイーンとしての活動を本格的に開始し、1989年にシモーヌ深雪らとともにワンナイト・クラブ「Diamonds are Forever」を始めるなど、ゲイ・カルチャーの思想と実践にも深く関わっていた。また、第10回AIDS/STD会議(1994年)の関連企画として、ダグラス・クリンプや浅田彰らを招いたシンポジウムを開催したりするなど、その活動は狭義のアートにとどまらない社会性を帯びていた。HIV感染、免疫不全による敗血症のため、1995年10月29日死去。
【再制作歴】
《LOVERS》には、これまでの4つのヴァージョンがある。平成22年度メディア芸術情報拠点コンソーシアム構築事業報告書『メディアアートの記録と保存』(森ビル株式会社、2011年)を踏襲し、それぞれ、キヤノン・アートラボで初公開された「オリジナル・ヴァージョン」(1994年)、その後、国内外を巡回した「ツアー・ヴァージョン」(1995年)、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に所蔵の「MoMAヴァージョン」、せんだいメディアテークの開館に合わせて高谷が再制作した「smtヴァージョン」とする。以下では、それぞれのヴァージョンの特徴と改変について概観する(*3)。
① オリジナル・ヴァージョン
1994年発表キヤノン・アートラボで初公開されたヴァージョン。
↓
② ツアー・ヴァージョン
1995年発表
国内外を巡回したヴァージョン。キヤノン・アートラボで展示された後に、古橋悌二自身の指示によって改訂版が制作される。天井からのプロジェクションは、会場の天井高に左右されるが故にオプション扱いにした。また、壁面へのプロジェクションからのメッセージを絞り込んだ。
↓
③ MoMAヴァージョン
1998年発表
同年6月にニューヨーク近代美術館(MoMA)に所蔵されたヴァージョン。「エディション no. 1」とされている。MoMA収蔵後のメンテナンスを考慮に入れ、高谷史郎によってコントロール系のコンピューターのマイグレーション(PC98(NEC)からDOS/V(IBM))を行う。それ以外の機材はツアー・ヴァージョンを踏襲している。
↓
④ smtヴァージョン
2001年発表
せんだいメディアテークの開館記念展に合わせて高谷史郎によってMoMAヴァージョンの忠実な再制作が行われる。映像投影機器、再生機器、制御システム、音響機器は、それぞれ再制作当時の現行機器へと置き換えられている。映像のうち、古橋のパフォーマンスを除く全てのパフォーマンス映像をDVDに変換している。古橋の映像のみ、コントロールの方式が異なるため、そのままにしてある。プロジェクターやスピーカーなどは異なった機種を、スライド・プロジェクターやステッピング・モーターなどはオリジナルと同じものを使用。「エディション no. 2」とされる。
【展示履歴】
1994年9月23日~10月3日
キヤノン・アートラボ第4回企画展 ヒルサイドプラザ/東京
1995年6月22日~9月12日
Video Spaces展 ニューヨーク近代美術館/ニューヨーク(アメリカ)
1995年9月22日~11月26日
The Age of Anxiety展 The Power Plant/トロント(カナダ)
1995年12月20日~1996年2月18日
La Biennale de Lyon リヨン現代美術館/リヨン(フランス)
1996年3月16日~30日
VISAS Festival International Le Manège/モブージュ(フランス)
1996年4月2日~13日
EXIT Festival International Maison des Arts/クレテイユ(フランス)
1996年6月13日~16日
SONAR 96 バルセロナ現代美術館/バルセロナ(スペイン)
1996年10月10日~11月17日
OBJEKT VIDEO展 オーバーエスタライヒ州立博物館/リンツ(オーストリア)
1997年5月4日~25日
Das TAT/フランクフルト(ドイツ)
1997年6月3日~10日
Marstall/ミュンヘン(ドイツ)
1997年9月19日~10月26日
Tramway/グラスゴー(イギリス)
1997年11月7日~12月31日
The Wood Street Galleries/ピッツバーグ(アメリカ)
1998年5月10日~21日
アートラボ特別展 スパイラル・ガーデン/東京
2001年1月26日~3月20日(エディション no.2制作)
開館記念「メッセージ/ことばの扉をひらく」展 せんだいメディアテーク/仙台
2003年12月5日~2004年8月15日
Lille 2004/リール(フランス)
2005年10月21日~11月20日
「アート&テクノロジーの過去と未来」展 NTTインターコミュニケーション・センター/東京
2005年12月9日~12月25日
「LOVERS」特別展 京都芸術センター/京都
2006年5月21日~7月11日
「From Flash to Pixel」展 上海征大現代美術館 /上海(中国)
2008年7月19日~10月13日
「Trace Elements トレース・エレメンツ――日豪の写真メディアにおける精神と記憶――」
東京オペラシティアートギャラリー/東京
2013年11月7日~2014年1月12日
せんだいメディアテーク/仙台
「LOVERS」特別展 京都芸術センター/京都
*2 古橋悌二『メモランダム』(リトルモア、2000 年)、平成 22 年度メディア芸術情報拠点コンソーシアム構築事業報告書『メディアアートの記録と保存』(森ビル株式会社、2011 年)などを参照した。
*3 前掲書『メディアアートの記録と保存』を参照した。