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松岡剛氏によるレポート「キュレーター招聘:プレゼンテーションレビュー」

作品展開催期間中の2024年2月9日(金)、在学生を対象とする芸術活動支援企画「キュレーター招聘:プレゼンテーションレビュー」を実施しました。
本企画の講師として、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 副館長兼学芸課長の中田耕市(なかたこういち)氏と、広島市現代美術館 主任学芸員の松岡剛(まつおかたけし)氏をお招きし、事前にエントリーした在学生による作品展出展作品及びプレゼンテーションに対して講評をいただきました。同期間中、講師のお二人には、本企画参加者以外の作品展出展作品も鑑賞していただきました。
後日、講師のお二人に本企画と作品展のレポートを執筆いただきました。


本ページでは、松岡剛氏のレポートを掲載します。

◾️中田耕市氏のレポートはこちら


【企画概要】
「キュレーター招聘:プレゼンテーションレビュー」 
日程|2024年2月19日(金)  
場所|京都市立芸術大学 学内展示会場  
講師|  
中田耕市氏(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 副館長兼学芸課長)  
松岡剛氏(広島市現代美術館 主任学芸員)  
参加者数|12名

https://www.kcua.ac.jp/career/news/12464


「キュレーター招聘プログラムに参加して」


 このたび、キューレーター招聘プログラムに参加し、中田耕市さんとともに12名の作家たちによるプレゼンテーションに立ち合う機会を得ました。ひとり30分程度と限られた時間でしたが、作者としてのねらいだけでなく、不安や迷いについて語ってくれる参加者もあって、想像していた以上に対話的、建設的な場になったように思います。

 まず全体の印象としては、自身の生活上での実感、とりわけ身の周りの環境に対する身体感覚、あるいは日々感じる苦痛や違和感を出発点に据える表現が目立ちました。これは、学生生活の大半をコロナ禍として過ごした状況や、大学の校舎移転という制作環境の変化への戸惑いも要因と考えることができるでしょう。いずれにせよ、アーティストはその時々の状況に対して如何に応じるのか(あるいは応じないのか)が常に問われているのだということを改めて実感させられます。ここでは、特に印象に残った作品を挙げつつ、そこから筆者が促された考えを綴ってみたいと思います。

 田村久留美さんによる《外に出る》は、文字通り校舎建物から外部に出る(出られない)状況をモチーフにした、パフォーマンスを伴うインスタレーション作品であり、新校舎で感じとった閉塞状況に応じたものです。建築内部に設えられたブルーシートによる構造体は、花弁のように外部を内側へと取り込みつつ、細く伸びた先端へと導くような形状をもちます。パフォーマンスの際はその先端部に入った作者が、建物外部へと身を推し進めますが、外部へと向かうその先端には開口がありません。かくして、構造体と建物とで複層化された内部/外部の接続や反転が起きそうで起きない、もどかしさを強く印象づける興味深い作品ですが、主に造形面での質を高めていく余地があるように感じました。

 武田真佳さんは複数の作品によって、立体、平面、光、音からなる展示を構成しています。とりわけ立体造形の高い完成度を見せる作品群は、自身の視覚という感覚の有り様への関心と、安らかな眠り(外界へと向けられた感覚の遮断?)の対を為すアイロニカルな構図にも見えますが、あるいは、作り込みの完成度も相まって、全く対照的にひたすら自己に閉じこもる素朴な願望にも思えてきます。この分裂や揺らぎをむしろ弱みとは見ず、展示全体を貫く枠組みや設定を導入し、その意味の宙吊り状態を強めることに更なる展開の可能性を感じました。

 久保尚子さんの試みは、他大学、多領域の研究者との協働により、漆塗りのオブジェを成層圏まで送り、映像で記録したものです。上昇する漆の表面は地球を写し込み、まるで液体金属の滴のように輝き、息を呑むほどの美しさを見せます。その後、運動は下降に転じ、向きを変えた漆の面が宇宙空間の闇を映し出すや、先とは対比的な漆黒が現れます。ほどなく、これは漆が本来備えた美であることに気付かされるのです。専門領域の蓄積と、自身の関心を経由した挑戦的な試み、その往還を繰り返し、さらに表現を鍛えていくことが期待されます。

 パフォーマンスを主とする岡留優さんの表現は、いったい何処までが「作品」なのかが判然としないことで、観客を終わりのない自問に誘い込みます。それは、映像に示されるスコア(指示)に振り回される演者、敢えて安普請に仕立てられた設えと相まって、全てが書き割りで、底が抜けた世界に投げ込まれたような戦慄を覚えます。こうした効果はパフォーマンスの、とりわけその冒頭に発動の契機が集中しているため、途中からの鑑賞にどう応じるか、インスタレーションとしての展示に展開可能か、といった点が課題であり、かつ飛躍の契機が潜んでいるように思われます。

 ここで再び、冒頭に示した印象について。自分自身という個の問題を出発点とすること自体は各人の制作が借り物ではなく、自己の必然性を物語るものとして評価できます。他方で、それは裏を返せば、社会的な接点を設けることや、美術史への参照といった意識を持たずとも表現として成立してしまう、そして自身も制作を通して自己を確かめることに充足してしまう、といった危うさについても意識させられます。そうしたなか、上記4者の例にも見られるように、時には相容れない方向性を持つ2つの働きが有効であるように思われます。ひとつは、個の問題を他者へと伝えるため、作品の完成度を高めること。もう一つが、問題の設定方法や捉え方を再検討し、個の問題を他者へと繋ぎ得るより普遍的な基盤を探し求めること。前者のような努力は自己を曲げて迎合することに、そして後者に要する抽象的思考や言語化は時に複雑で深淵な問題を矮小化するように感じられるかも知れません。それでも、他者を意識することは必ずしも自己を置き去りにすることばかりではなく、結果として自身を見つめる解像度を高め、より深い理解や発見に繋がることがあります。どうか、自分のスタイル、自分の領域と、早々に陣を張るのではなく、完結/再構築のダイナミズムを粘り強く続けてください。そんなしぶとい歩みを心から応援したいと思っています。


松岡剛
広島市現代美術館 主任学芸員

1975年大阪府生まれ。1998年より広島市現代美術館学芸員、2018年より現職。 広島市現代美術館における近年の主な企画に、「赤瀬川原平の芸術原論」(2015 年、共同企画)、「殿敷侃:逆流の生まれるところ」(2017年)、「夏のオープンラボ 新しい骨董」(2018 年)、「開館30 周年記念特別展『美術館の七燈』」(2019年)、「式場隆三郞:脳室反射鏡」(2020年、共同企画)、「ヒスロム:現場サテライト」(休館中長期プログラム、2020-23年)、「新生タイポプロジェクト」(休館中長期プログラム、2021-23年)、「再現場」(2023年)など。現在、2024年開催「原田裕規展」(仮)を準備中。第27回倫雅美術奨励賞受賞(2015年)。

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