コンテンツ5.共同研究「インド・ラダック写真資料のアーカイヴ実践と成果」

■共同研究「インド・ラダック写真資料のアーカイヴ実践と成果」

 

 ここでは共同研究の成果を提示します。本プロジェクトの特徴は、なによりもアーカイヴ研究、学術(仏教美術)・実技(日本画)の研究者によって構成された少数による共同研究という点にあります。 この機動力を活かし、定期ミーティングを行い、資料に対する共通理解を深め、資料のアーカイヴ構築と図像分析を同時並行で行ってきました。
 2018年11月よりブローニー及び35mmのポジフィルムを15の寺院別に分類する作業を開始しました。寺院別のポジフィルムの点数一覧を作成していますが、総点数は2,310点ありました。アルチ寺やヘミス寺は点数が多いなど、寺院によって点数が異なることも寺院環境の把握や井上隆雄の軌跡について検討する際の有意義な情報になります。分類後、2019年9月よりさらに堂内の空間別に再配置する作業とデータベース構築のための位置情報の記録作業を進めながら、データベースの仕様について定期ミーティングを重ねてきました。
 チベット仏教美術に即した図像別あるいは制作年代別など、データベースの仕様には様々な形式が想定されますが、これまでの調査を通して、本写真資料の独自性は、写真家・井上隆雄の対象への眼差し、すなわち図像の記録だけではなく環境そのもの(寺院の内部空間)とその特徴を伝えようとする視座にあることが分かってきました。加えて撮影した壁画には、すべてとは言えないが位置関係、寸法の記録が取材ノートに記されており、井上自身の撮影対象に対する情報整理が撮影時から同時進行で進められたこともまた、この写真資料の特徴となるでしょう。そこでデータベース構築は、ポジフィルムをさらに方角と寺院内の空間の位置情報別に再配置することとし、その上でIDと図像情報を記録することとしました。
 チベット寺院は堂宇に役割があり、尊格が安座する方角も定められているため、撮影された壁画の位置情報は重要です。共同研究者である正垣雅子のこれまでの研究成果を活かして、まずはアルチ寺とサスポール石窟を対象として進めています。今回のアーカイヴの仕様は、グラフィック的観点という本研究の要点に適うものであり、活動より見出した意義の一つと言えるでしょう。
 また本研究そのものの作業プロセスも記録することで、アーカイヴ実践のアーカイヴ化も進めていています。作業プロセスの記録は、今後の研究方法の検証になり得るでしょう。
 ここでは、成果報告として以下の資料を展示致します。

・15の寺院別のアーカイバル容器。
・アルチ寺及びサスポール石窟のデータベース。
・井上隆雄による寺院内の寸法記録の抽出データ。
・仏教壁画の寺院内配置図(アルチ寺、サスポール石窟)
・作業簿(作業記録)

●寺院別の15点のアーカイバル容器

井上隆雄が残したポジフィルムはブローニーを収納する11の箱とスリーブ類が入っている袋から確認することができました。本研究ではポジフィルムに写っている情報を確認しながら、これらを15の寺院に分類しました。

写真 写真

●アルチ寺及びサスポール石窟のデータベース

まずはアルチ寺とサスポール石窟のポジフィルムの情報をデータベース化しました。 チベット仏教は僧侶が学ぶ教典や修行が段階をふむということと関連し、寺院の各堂宇には役割があります。祀られる尊格の安座する方角が定められている場合もあり、堂宇内は仏教世界を再現するよう工夫されます。僧侶でも立ち入りに制限がある堂宇もあり、巡礼者においても礼拝が許された場所での参詣になります。撮影された壁画が、どの堂宇に、どの方角に位置していたかという情報は重要です。デジタル化に伴うIDの付与は、空間配置の情報、すなわち東西南北と階層、そして壁に対する図像の高低を判明する範囲で付与することとしました。

データベース

●井上隆雄による寺院内の寸法記録の抽出データ

撮影した壁画には、すべてではありませんが位置関係、寸法の記録が取材ノートに記されていました。本研究では、取材ノートの全ページをデジタル化し、寸法記録の抽出作業を行なっています。

寺院別採寸データ(一部)

●アルチ寺、サスポール石窟の空間配置図

井上隆雄が取材ノートに残した寺院内の貴重な採寸データを抽出し、図面に起こしました。その部面に、空間・方角別に分類した図像情報を合わせ、壁画の寺院内配置図を作成しました。

●作業簿

アーカイヴ活動で重要なことは、記録することにあります。本共同研究の活動そのものもまた、研究プロセスの検証のために記録しています。フォーマットを定めた上で、毎回、作業後に活動内容を記録しています。