保管

ここ20年でデジタル技術が急速に発展していったが,逆に痛感されたのはひとつのテクノロジーの旧式化の速さであった。他方で,写真や動画や文章や書籍まで,デジタルデータを用いて情報を一元管理するコンテンツ管理システムが開発され利便性が向上しつつある。タイムベースト・メディア作品を保管するために重要なのは,作品の要素である古い機材を適切に保管しながらも,テクノロジーの旧式化に応じて,アップデートや環境移行を一定のサイクルで計画していくことである。ここでは物理的な機材の管理から,デジタルデータの扱いまで基本的な考え方とデジタル管理システムの現状について簡潔にまとめておく。

テクノロジーの旧式化への対応

多くの技術的機材から構成されているタイムベースト・メディア作品は,ほとんどが作品固有の機材で構成されており,作品ごとに保管されている。展示の機会がないと収蔵庫に保管されたままということもありうる。それでも収蔵庫にどんな機材があり,いつまでの使用年限をもち,修理や取り換え可能かを,機材情報を管理することによって把握しておいた方がいい。機種のアップデートなど環境移行のタイミングを逃してしまうと,より修復・保存のコストがかさむことにもなりかねず,然るべき時期に向けて適切な予算と計画を組む必要がある。

シングルチャンネル・ビデオのように固有の機材で構成されておらず,プロジェクターやディスプレイなど汎用性の高い機材で展示が可能な作品に関しても,時期によって作品が異なる媒体やファイル形式で保存されて保管されているということがありうる。その場合には複数の再生機やソフトウェアを立ち上げることのできる旧式の機材や環境を用意する必要があるが,旧式のものが手に入りにくいという状況も生じてくる。

スミソニアン・アメリカン美術館の学芸員は,機材を4つのタイプに分類している。1.固有の(アーティストによって創られ調整される)2.専用機(ひとつの作品のみで使用される)3.歴史的(重要だが古くなった参考用)4.汎用機(在庫がある)。時代の異なる複数の媒体をすべて管理するのはあまりにも煩雑になり,デジタルデータの保管方法を統合して,共通の語彙や分類法を用いてタグ付けしながら一元管理することで、作品情報がより扱いやすいものになるはずである。プログラムに関しても固有のソフトウェアやOSのバージョンに依存するものが多いが,エミュレーションが可能であれば,出来る限り新しいOSでも再生可能な環境に移行しておくことが,将来的な保存の可能性を高めるだろう。このようにテクノロジーの旧式化に対応する方針を策定することがタイムベースト・メディアの保管の特徴である。

複数のフォーマット

タイムベーストメディアのうち複製可能な電子情報には,複数のバージョンが存在する。用途に応じて異なる形式のデジタル情報が保管されるからである。複数のフォーマットの管理の仕方は各館で異なるが,貸出などのさいに誤解がないように名称の統一を図るのが望ましい。以下はスミソニアン・アメリカン美術館によるフォーマットの種類である。

保存フォーマット(マスター)Preservation Format 最も大きなメタデータ。マスターのコピーにサブ・マスターも用意する。アナログ映像をデジタル化することをリマスターという。非圧縮大容量の保存形式。
アクセス・フォーマット Access Format 保管時に容易にアクセスできる。プレヴュー・フォーマットとも呼ぶ。圧縮した軽量な保存形式。
展覧会フォーマット Exhibition Format ギャラリーや貸出時に用いられる形式
他のフォーマット DVDやウェブ配信などでパッケージ化されるデータフォーマット。用途に応じてデジタルデータの圧縮方法が異なり,ファイル形式も変わる。

デジタルデータのバックアップとLTO(リニア・テープ・オープン)

マスター・フォーマットやサブ・フォーマットは,テクノロジーの旧式化や災害などによる喪失を回避するためには,少なくとも3つ以上のメディアで保存され,2箇所以上の異なる場所に置かれることによって,データ保守の堅牢性を高めるという考えが参考になる。

デジタル情報は,CDやDVD,ハードディスクやメモリカードなどさまざまな媒体で複製・保存が可能であるが,いずれも事故や破損で失われやすく,耐久性に限度があるため,長期保存には磁気テープストレージのLTOが使われはじめている。磁気テープストレージは,現在1−2Tほどの大容量データの保存に対して,メディアが小サイズで低価格であり,30年近く保存が可能でオフサイト管理に向く。オープン規格として開発された長期間にわたるバックアップを行える技術として,中小企業などのデジタルデータの保存目的で使われはじめている。2017年現在で,メディアは1.5Tで6000−7000円程度とハードディスクより安いが,読み書きのためのドライブが30−100万円程と幅があり,市場価格はこなれていない。

美術館に収蔵されるデジタルデータのバックアップにLTOが採用されている。 ZKMの旧式メディアラボは,2005年からLTO-Ultrium3システムを用いている。LTO-3は非圧縮で400GBの容量がある。LTOには現在,2.5TBの容量があるLTO-6もあるが,テープの物理的な耐久性を考えて(大容量のテープは薄いため),同ラボではLTO-3を推奨している。デジタル化された映像は,コンピュータからZKMのサーバーに送られて,LTOメディアに記録され,温湿度管理された部屋に保管されている。ZKMでは安全を考えて,全てのデジタルデータを2つのLTOメディアに記録して別々の場所に保管している。MoMAは80Tバイト以上におよぶデータをロング・アイランドシティとペンシルバニアの2箇所にあるフィルムセンターでテープメディアにバックアップして保管している。

デジタルアーカイブ・システムと標準化

デジタルデータを標準化されたフォーマットで一元管理し,長期的なデータの信頼性を確保しつつ検索の利便性を高めて保管するためにArchivematicaというオープン規格のデジタル管理システムがartefactualによって2009年に開発された。これは,Open Archival Information System (OAIS)に準拠した(1)オープンソースによるデジタルアーカイブ・システムであり,メタデータや文章だけでなく,写真,動画,PDF,音声など広範なファイル形式を扱うことができ,すべてのファイルは暗号化され,最初にデータを保存したときからエラーが生じていないかチェックするアルゴリズムをもち,データを堅牢に保守することができる。標準化された規格に従ってアーカイブをパッケージ化して保存できるため,多くの欧米の図書館やアーカイブ組織などが採用し,MoMAやTateなど,多くの美術館でデジタルデータの管理に使われている。Archivematicaは,テクスト情報を,標準化されたマークアップ言語であるXMLの形式で保存する。タグ付けによるシンプルで構造化された文章を記述することができ,WORDなど特定のアプリケーションに頼らずに,将来的な保存や汎用性が高いことに利点がある。テートはこのArchivematicaを利用してデータを管理しつつも,さまざまなメディアのデータのバックアップをLTOに保存する作業を進めている。テートやMoMAは英国のデジタルデータの保守を行う企業Arkivumにデータサーバーの保守とバックアップの管理を委託している。

コレクション管理システム

このようにデジタルデータの保存には,複数のバックアップやフォーマットをさまざまな保存媒体で別々の場所に保管するなど,同じ作品の複数のバージョンが派生的に生まれてくることになる。それぞれの変更の履歴は増えるが,そのとき関連性や収蔵庫の場所の情報をパッケージ化された情報として管理できなければ,個々のバージョンのデータは施設内で分散したままで、効率的なアクセスができなくなってしまう。これまで作品の管理情報は,手書きのカードを用いる方法から,エクセルなどの表計算ソフト,ファイルメーカーやアクセスなどのソフトウェアでカスタマイズされたデータベース,標準的なデータベース・サーバーであるSQLを組み込んだWordPressなどのブログ・システム,Drupalあるいはアクセス権限やユーザー管理を統合したPloneのようなコンテンツ・マネージメント・システム(CMS)など,さまざまな方法でデータが管理されてきており,それぞれの所蔵館で独自のノウハウと文化が蓄積されてきてた。あるいはデータベースのシステム開発を行う企業が,サーバーの管理や保守,システムの開発やカスタマイズを請け負っている。近年のウェブに基づいたデータベースの発展は,セキュリティを保ったうえで外部からの情報アクセスを可能にし,共有やコラボレーション・ツールとしての機能を発展させてきており,オープンソース・コミュニティを通して開発される流れも衰えていない。重要なのは,施設やコレクションの規模に応じた情報管理システムを,ますます複雑になる環境にあわせて改善していく意識をスタッフがつねに維持しつづけ,適切な発注を行っていくことである。ただ,高度なシステムを導入したところで,スタッフのニーズや業務を煩雑にしてしまうとすれば,有効活用されないままになってしまう。そのバランスの難しさにシステム管理者がいつも頭を悩ませるところである。

ネットワークを介したサーバー上でのデジタル情報の管理や,データアクセスの一元化には,美術館情報のアクセスに最適化され標準化されているコレクション管理システム(CMS)に多くの利点があるように思われる。コレクション管理システムは,ウェブベースで,異なる部署から権限をもったユーザーがアクセスでき,統一されたメタデータやバージョン履歴,付随するドキュメントの関連付けや,迅速な検索が可能であるため,タイムベースト・メディアのデータの集約には最適である。とはいえ,アップデートやサービス変更にともなうデータ移行の煩雑,ホスティングやシステム保守にかかるコスト,スタッフのトレーニング,ローカライズ,またオープンソースの場合,長期的なメンテナンスがコミュニティの規模に依存するなど,新しいシステムの導入や移行に踏み切るまでの施設内での合意形成は容易ではない。また所属スタッフが10人規模程度の施設で,作品の出し入れも頻繁でなければ,複雑なシステムの構築と維持はコストに見合わない。とはいえ担当者の移動も含む長期的な展望に立てば,アーカイブ情報を統合して管理することは必須である。

欧米の美術館の動向に触れておくと,保存・修復においても,修復が必要な箇所や変更の履歴を適切に保存し関連づける機能が備わったコンテンツ管理システムが活用され,そのシステム開発がなされてきた。スミソニアン美術館は1987年からThe Museum System(TMS)を使用して,美術作品の修復・保存に関する情報管理を行ってきており,TMSは多くの美術館で使われてきた。テートもTMSをコレクション管理に用い,近年,美術館が収蔵しつつあるパフォーマンス作品を含めて,タイムベースト・メディア作品の更新や修復に関する全ての情報を集約している。その他にもIslandraHydraBitCuratorCollectionSpaceCollectiveAccessOmekaいったオープンソースのアーカイブやコレクション管理システムの開発と配布が行われている。ただこれらのコレクション管理システムに関しては日本語のローカライズに関して不十分であるのが現状である。

Archivematicaのデータにもっと直感的にアクセスし,アーカイブの標準的な形式に依拠したメタデータの情報管理や読み書きを行うために,国際アーカイブ協議会の依頼でArtfactualによってAtoMが開発された。AtoMはUNESCOのアーカイブ情報カタログをパイロット・ケースとして開発され,2012年のリリース後もバージョンアップが続けられており,多言語対応,明確な関連づけなどの特徴があり,さまざまなアーカイブ機関に採用されはじめている。現在,芸術資源研究センターでもテスト運用中であるが,今後のアップデートにあわせて,日本語の検索に伴う問題など不具合を開発コミュニティーに指摘することから始める必要がある。

MoMAはArchivematicaとAtoMの機能をタイムベースト・メディアの管理に特化したBinderを開発し,2015年に開発版のベータ公開を行った。まだTMSの情報などのマイグレーションは実装されておらず,今後の予定にとどまっており課題が残るが,有力なソリューションのひとつと考えられる。

他にもさまざまなアーカイブ管理システムやコンテンツ管理システムがデジタル情報の保管・管理に使われている。また近年にはクラウド・サーバーによるホスティング・サービスも行われはじめている。それらは,システム管理やストレージ管理をサービス提供者側に完全に委ねることができることで導入の負担が軽減する反面,ランニングコストや預ける情報のセキュリティの問題に対する不安が拭えない,アップデートのコストや将来的な運用がサービス提供者によってなされるか不透明など,導入までのハードルがある。

(石谷治寛)


(1) OAISに関してはデジタル映画の長期保存の課題においても議論されている。国立近代美術館のBDCブログを参照。


参考資料

その他のアーカイブ/コレクション管理システム

Calm: http://www.axiell.co.uk/calm
iBase: https://www.ibase.com/
Symphony: http://www.sirsidynix.com/symphony

日本のコレクション管理システム開発
早稲田システム開発株式会社 http://www.waseda.co.jp/index.html

データ資産、コンテンツ管理サービス
寺田倉庫 http://media.terrada.co.jp/ja/media/

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