展示

ここではタイムベースト・メディア作品を展示する際に必要な空間,機材,データにまつわる情報を読み解き,必要な人員,機材を手配するといった展示にむけた大まかな流れについて書いたのち,実際の事例を紹介している。

仕様書の読み込み

まず,最初のステップは展示仕様書の読み込みから始まる。展示仕様書とは,作品を設置するための必要要件をまとめた資料のことである。ただ,仕様書という形で作品設置の方法がまとめられていない場合には,担当者が聞き取り調査を行い,それに準ずるものを作る必要がある。展示仕様書に含まれる内容は大きく分けて以下の通り。

・機材要件

作品を展示するために必要な機材とその設置方法。リストに具体的な機材名が書かれている場合と必要なスペック(Ex.プロジェクターの場合,明るさや解像度,コントラストなど)のみが書かれている場合がある。機材名が書かれている場合には,その機材が調達可能かどうかを確認し,機材がすでに市場にない場合や高額すぎる場合など,調達できないときは,作品が求める要件となるべく近い機材を探し,代替案を提示し,承認を受けていく。また,スペックのみ書かれている場合には,その内容に沿った機器を入手する。

機材リストがない場合には,他の作品情報から作品に必要な機材を読み取り,作家に確認しながら新たに調達する機材のリストを作る必要がある。機材が複雑に関係する場合には,機材の配線図が必要となる。

・施工要件

作品を設置する空間とスクリーンや展示台,ベンチなど物理的要件についてまとめた項目。展示図面もこの項目に含まれる。例えば,プロジェクターを使って作品を展示する場合に,同じ空間内に別の光源があったり,部屋が白くハレーションが起こりやすい場合,映像のシャープさが失われ,締りのない印象になる。こうした状況を避けるため,展示空間を黒やグレーの布や塗料で壁面を覆うことが要求されることがある。また,スクリーンの配置とサイズ,インターフェースを置くための展示台などもここに含まれる要素である。そのほか展示環境によっては,音の干渉を和らげるための吸音材,鑑賞者のためのベンチなど,展示環境によって必要な造作が追加されることがある。

・その他

特殊な装置を用いる場合や日々のメンテナンスを必要とする場合など,作品固有の要件が付随する場合がある。場合によっては,展示中のメンテナンス業務,専門技術者や機材など,予想外に費用が掛かってしまう場合があるので,事前にできるだけ共有しておくことが必要である。

実施検討と座組み

展覧会などで作品を設置する際,担当者がこうした技術的要件をすべて理解できる場合ばかりではない。そのため,映像機器などにたけたインストーラーとの協業で進めていく。しかし,作品の規模によっては,複数の技術者を入れて施工にあたらなければならないこともあるため,作家,インストーラーとの間に入って,進行管理を行うプロダクション・マネージャーも手配する必要がある場合もある。インストーラーがすべてコーディネートできる場合もあるが,できる限り担当者が,どのような業務が発生し、どのような人員が動員されているかを把握しておくことは重要です。

こうして作品にとって必要な座組みが見えてきた段階で,それぞれに業務を委託するための仕様書をまとめ,見積もりを取り,そのコストが予算内に収まれば展示に向けた実作業に移ることができる。

作品仕様書と実施設計

ここから実際にモノの手配と設置に移っていくが,作家が理想とする仕様書通りにことが運ばないケースが多々ある。例えば,予算の都合で十分な解像度のプロジェクターを用意することができないことや,設置する会場のサイズが理想よりも小さく,スクリーンのサイズを小さくしなければならないなど,さまざまなケースが想定できる。展示する側は,何とかして自分たちの提示する条件の中で作品の実現を目指そうとするが,作家から見れば,作品が不完全な状態で設置されることは何としても避けなければならない。ただその一方で,必ずしも理想的な条件で展示できるケースばかりではない。そうした時には,作品の本質を損なわないように注意しながら折り合いつけていく必要がある。また,展示会場が変われば過去の設置方法と異なる方法を取らなければならない場合もある。こうした点をすり合わせるために,展示する側が,展示する空間にあわせた実施施工図面と実際に使用する予定の機材のリスト用意し,作家に確認を取っていくことは,重要なプロセスとなりうる。

施工から展示

作家との調整を経て展示内容が固まってきたら,次は展示作業に移ります。設営現場には,ここまで進行をともにしてきたインストーラーや技術者が集まり,実作業に移る。いざ展示すると,予想以上に音の残響が長かったり,別の作品の音が影響して来たり,思いもよらないところから外光が入ってきたりと,さまざまなトラブルに見舞われることもある。こうした事態を避けるためにも,事前計画が非常に重要になる。どれだけ避けようと準備したところで,トラブルに直面することはある。その場合は協力して問題を解決していくほかない。

日々の運営とメンテナンス

ここまでのステップを経て無事に設置が完了したとする。ここから日々の運営業務に移ることになる。ここで重要な点は,日々起動作業を行うスタッフは,機材の扱いになれていないことが多いしたがって,できる限り自動起動できるようにするなど作業を簡便にする努力と,作業内容をわかりやすくまとめた起動マニュアルを作成することが欠かせない。その上で日々運営していったとしても,機器が故障するなどの不具合が起こることがあるため,メンテナンスについてもインストーラーや技術者と事前にすり合わせておくことが必要になる。

(山峰潤也)


国立国際美術館におけるフィオナ・タン《インヴェントリー》の収蔵、展示について

はじめに

フィオナ・タン《インヴェントリー》(2012年,HD & ヴィデオ・インスタレーション,カラー,ステレオ,16分30秒)は2014年に東京都写真美術館と国立国際美術館で開催されたフィオナ・タンの個展で展示され,翌2015年に国立国際美術館の所蔵となった。さらに2016年には国立国際美術館のコレクション展で,収蔵後初となる展示を行なった。初回の展示から間を空けずに2度目の展示の機会を得たことで,展示仕様書の記述を再確認し,展示作業中に実際に生じる課題について,詳細に検証することが可能となった。以下に各展覧会での設置状況や,展示仕様書の参照方法について記す。

作品の概要

《インヴェントリー》は35ミリフィルム、16ミリフィルム、8ミリフィルム、ヴィデオ8、ディジタル・ヴィデオ、HDの6種類の機材によって撮影された映像が同期され,6台のプロジェクターからそれぞれ壁面に投影される作品である。

プロジェクターはスペックが異なる3種類を使用し,各プロジェクターにサイネージプレイヤーを1台ずつ接続する。音声は6台のうち1台のプレイヤーにアンプと1対のスピーカーを接続し,出力する。これらの機材を接続するためのケーブル類,ネットワークハブがある。さらに,プロジェクターは3台が天井吊り,3台が床に設置されるため,指定された照射画面位置に合わせた吊り具と台座が必要となる。

作家から提供された展示仕様書(後述)では,必要な機材が以下のように掲載されている。【Fig.1 機材リスト】

展示,収蔵,再展示の流れ

1.収蔵前の展示 2014年

《インヴェントリー》は,2014年度に開催された特別展『フィオナ・タン まなざしの詩学』(会期2014年12月20日~2015年3月22日,以下「個展」とする)において,国際国際美術館に初めて展示された。会場は地下3階展示室を使用した。

展覧会の設営では作家スタジオから派遣された技術者が指揮を執り,設置作業は国内の専門技術者が担当した。映像を投影するプロジェクターの設置についてはあらかじめ位置関係が指定されていたが,作家スタジオの技術者によって,当館の展示室に合わせて現地で調整された。設営後に作家自身によって,照度,色調などの最終調整が行なわれた。

2.国立国際美術館への収蔵 2015年

作品は展覧会の翌2015年に購入され,国立国際美術館の所蔵となった。作品に付随して,以下の資料が作家側から提供された(以下,これらをまとめて「展示仕様書」とする)。

・Installation and Presentation Manual

使用する機材の名称,必要とするスペックや,機材の配線,配置,投影画面の寸法,必要とする展示空間の条件,展示や貸出に関する諸条件などが記されている。【Fig.2配線図】

・Set up Instruction for Player

プレイヤーをセットアップするための手順が記されている。

・3D Sketchファイル

展示空間と機材の位置関係を詳細に記載した図面。【Fig.3 配置図】

これらの展示仕様書に加えて,当館で以下の資料を作成した。

・タイム・ベースト・メディア作品の展示指示書

一問一答形式で展示条件等を確認する文書で,作家スタジオの技術者に記入を依頼した。Matters in Media Art(当HP内「資料」参照)に掲載されている仕様書のテンプレートを翻訳した書式を使用している。展示環境条件など,「Installation and Presentation Manual」の内容をより詳細に確認することができる。

・納品機材リスト

「Installation and Presentation Manual」と「タイム・ベースト・メディア作品の展示指示書」で機材名の記載が異なるものもあった。現場で混乱を招くことがないよう,最終的に作品一式として納品された機材の詳細なリストを作成した。

・収蔵前のメール記録

展示環境条件など追加で確認した内容を保存する。

実際に納品されたのは,マスターデータを収めたポータブルハードディスクと展示再生用のSDカード7枚(各プレイヤー再生用+セットアップ用)という形態だった。マスターデータは今後,館内でもバックアップを作成する予定である。展示に必要な機材に関しては,各プロジェクターにつき1台ずつ予備・交換用の同機種と,プロジェクターと同じ数のランプ,エアフィルターを確保した。プレイヤーについても予備・交換用の同機種を3台確保した。6台のうち1台のプロジェクターの予備・交換品については,当館の備品として同機種をすでに所持していたため,今回は購入しなかった。なお,これら予備機材の購入費は作品購入費に含めることとし,購入を仲介するギャラリーが作家側の指示のもと手配した。故障時に備えて保証書も納品されている。

3.収蔵後の展示 2016年

収蔵後1年を経て,『コレクション2』(会期2016年7月5日~10月2日,以下「コレクション展」とする)で《インヴェントリー》を展示する機会を得た。国立国際美術館での展示は2回目となる。会場は地下2階展示室を使用した。

設置作業は個展の際に担当した技術者に依頼した。当然ながらコレクション2では,作家や作家スタジオの技術者が不在であるため,収蔵時に作家側から提供された展示仕様書を参照しながら,再現性を検証する作業となった。

実際には,完全に展示仕様書に従って作業することは困難であり,技術者が記憶していた個展時の状況を参考にする場面や,新たに判断が必要になる場面が生じた。今回の展示を踏まえ,変更点や注意点を反映した報告書を作成し,展示仕様書を補足するための資料とする予定である。

コレクション展での変更点

壁面寸法と仕様書の相違

展示仕様書に掲載された図面は当館の展示室と天井高さや壁面長さが異なっており,実際の壁面寸法に合わせてプロジェクターの位置を調整することになった。図面と大きく異なるため作家への確認が必要かと思われたが,実際には個展の設営の際に,作家スタジオの技術者によって同様の調整が行なわれていたことが個展当時の状況を記憶していた技術者によって明らかになった。展示仕様書にはこの変更が反映されていなかった。

機材の配置変更と備品の交換

個展とコレクション展とでは,展示場所が地下3階から地下2階展示室へと変わっている。展示室の寸法は同じであるが,個展時に機材の一部を収納していたスペースの位置が異なるため,機材の配置を変更することになった。作品とともに納品されたケーブル類は展示時に使用されたものと異なるものがあり,さらに配置の変更も影響して長さが不足し,新規に調達する必要があった。ケーブル類は機材名やスペックに関する指定を受けていないが,作品一式として納品されていると,変更や交換を考える際に検討が必要になる。特に音質など作品の品質に影響を与える部分については慎重になるべきで,技術者や所蔵者の裁量で変更や交換が可能な部分は事前に明らかにしておくことが望ましい。

照度,色調の調整

個展の際には,設営後に作家自身によって照度と色調の調整が行なれた。プロジェクターへフィルターを装着し,機器の設定を調整したが,その詳細に関する記録を残していなかったため,コレクション展の設営時に参照できる資料が存在しなかった。フィルターは収蔵時に納品されていたものを使用し,色調は技術者の記憶をもとに調整した。なお,フィルターについては展示指示書で言及されているものの,展示仕様書への製品名やスペックの記載はない。また,機器の劣化とともに投影された映像の照度,色調にも変化が生じると予想されるため,感覚的な調整については,記録をどのように運用に反映させるか検討していかなければならない。

今後の課題

収蔵後に再展示を行なうことで,展示仕様書に不足している情報を精査することができた。現場での判断が困難な箇所や,実際に必要な情報のレベルが明らかになったので,実際の状況に即した質問の形式を整えるために有効であると考える。

同じ美術館内の展示であっても,展示場所が異なるなど,細かい条件の違いで展示仕様書に変更が生じる。他の展示品との兼ね合いがあるため,毎回必ず同じ場所に設置するという決まりを作ってしまうことは現実的ではない。特に機材の配置は完全に決めてしまうとかえって不都合が生じる部分なので,展示の本質に影響を与えない箇所以外はその都度判断をゆだねるという運用方法で良いだろう。《インヴェントリー》は実際に館内で展示を行なったうえでの収蔵であったが,それでもあらゆる対策を立てた状態で収蔵することは困難である。展示のたびに検証を行ない,展示仕様書を補完する資料として記録を残すことは重要となる。展示の都度,問題が解決されたり,新たな課題が見出されたりすることになるだろう。

《インヴェントリー》は当館に収蔵されて以降,未だ他館への貸し出しを経験していない。2014年,2016年は展示場所が異なるとはいえ,同じ美術館内での展示だったため,ある程度整えられた条件下での展示となった。外部への貸出となった場合はより条件が異なるため,現時点で問題とならなかった部分も課題に挙がってくる可能性がある。展示空間に合わせた細かな調整は当然借用館が責任をもって行なうことになるが,所蔵館としてなすべきことはあるか,それはどのようなことなのか,今後の機会を待って検証を行ないたい。

(小川絢子)

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