修復

タイムベースト・メディアの修復・保存の難しさは,メディアの安定動作と,含まれる機材がスムーズに機能することを確実にしていくことにある。技術や機材はつねに移り変わるものであり,決定的な方法を確定することはできない。ここでは修復のマニュアルを作成するよりも,将来の変化を念頭に,事例から引き出すことのできるプロセスと指針を確認するのにとどめた。使われる機材や作品ジャンルによる修復・保存において個別に注意すべき点に関しては,用語集を参照されたい。
これまで多くの場合,作家本人や関わったエンジニアが修復に携わることが多かった。しかし,今後,長期的に修復・保存を行っていくためには,技術や機材の確保だけでなく,修復の意思決定や手続きのプロセスを明確にしていくことも重要である。さまざまなケーススタディを積み重ねていくことを通して,作品の技術要件と仕様書に応じて,実作者に頼らずとも,担当者が判断して,他のエンジニアや技術者などを適切な人員配置を行い,スケジュールや費用の管理,将来的な修復のための機材調達をできる体制を築いていくことが望ましい。作者が修復を行うことは作家の意思や技術が尊重されるという点で,タイムベースト・メディアの修復・保存の確実な方法に見えるが,現代美術の修復・保存の分野では,作家が過度な修正や変更を加えてしまうケースも報告されており,場合によっては作品の大幅な改変にもつながる恐れもある。それゆえ修復家が「作家から作品を守ること」の必要性が説かれることがある。とはいえタイムベースト・メディアの場合,修復家が専門的な技術すべてに対応することは不可能であり,美術史にも技術史にも通じたマネージメント能力のある担当者が中心になり,作品の査定を行うなかで,適切なエンジニアを手配できることが望ましい。いずれにせよ「④修復方針の意思決定」が,作者も含めた修復担当者の恣意的な判断によるのではなく,然るべき手順によって方針が策定され,作品保持に携わる人々の合意形成が,明確な資料に基づいたかたちでなされることが重要である。そのためにも展示記録や作家へのインタビュー,修復状況に関する記録を残しておくことが推奨される。
ここでは「Lovers」の修復・保存をモデルケースとしながら,修復・保存に必要なプロセスについての考え方を整理した。

LOVERS修復・展示作業日誌(PDF)。

①仕様書の読み込み

要件から設営に必要な空間,調達する必要のある機材,テクニカル・スタッフと設営に必要な場所の確保,インストールと動作確認に必要な日程などを読み込む。修復・保存を確実に行うためにはこの仕様書に,将来的に客観的に判断できる情報が十分に提示されている必要がある。仕様書から判断できない要素について,補足の聞き取りやメモを残しておき,そのメモを判断材料とする場合もある。また作品がどのように制作され,記録され,生み出され,プログラムされたか,可能な限り文脈的な情報を収集する。

②修復スタジオの設営

展示設営にあわせて修復や動作確認が行えない場合,修復スタジオをインスタレーションの規模にあわせて別に用意する必要がある。またプログラミングの再制作などエンジニアの作業空間と機材の動作確認が同じ場所で行えることが望ましい。

Loversの修復の場合,プロジェクターの投影確認のために展示空間の半分のサイズの暗室を用意し,そこに隣接する空間にエンジニアが作業できるデスクを持ち込んだ。京都市立芸術大学の研究員が,修復スタジオとなる元・崇仁小学校内の教室に5m四方の暗室を設営し,作品を修復するための会場を準備し管理した。

③旧機材の動作確認

個々の機材には耐久年限が異なり,機材が正常に動作可能か,展示での長時間使用に耐えうるかなどを判断し,機材交換や修復方針の材料とする。機材の交換や移行が必要な場合,コストや技術者を配備し,適切な修復日程を組むことができるかなども勘案する。それぞれのメディアの要素のすべての特徴を注意深く観察し,耳を傾けることが大事である。

④修復の意思決定

同じ機材の入手状況や将来的な部品の交換,移行,模倣,再制作の可能性を踏まえて修復方針を決定する。それぞれの機材にあわせてエンジニアが処置する場合もあれば外部に委託する場合もある。技術要件,インタビューや収蔵や展示に際したメールのやりとりなど作家の意思,美術史的な文脈を考慮したうえで,それぞれの機材に特別の意味があるか,それとも機能目的のみかを判断し,慎重に修復方針を策定する。また機材の入手可能性,コスト,耐久性,将来的な修復方針なども,機材交換の方針の判断材料になる。「機材に特別な意味がある」場合,修理ないし同機種を中古品で入手し交換するのが望ましいが,それが難しい場合,その意味づけに即した同種の新機種に交換するといった移行(マイグレーション)の判断をとる。「機能目的の機材」の場合,修理や交換ではなく,新機種にアップデートする移行の手段をとりやすい。また同じ動作を異なる機材やプログラム環境で再現する模倣(エミュレーション)を選択する場合もある。作家の指示に応じて,作品の再解釈を行い,同じ効果を狙って,違う機材を用いて作品を構成するなど再制作が行われる場合もある。その場合オリジナルの価値が損なわれる場合がある。作家が機材の交換を望まない,上記方針が著しく作品の真正性を損なう場合などは,資料や記録などのドキュメントで作品を展示する可能性を検討し,再生できない機材を資料として保管する,もしくは廃棄するという判断をくだす。機材の交換にあわせて取り付け部材などの再設計が必要な場合もある。個々のパーツの修復方針について明確な意思決定を行いながら全体の調整についても考慮する。

Loversでは使用できる機材はそのままにして,老朽化したプロジェクターなどの機材の移行や将来の展示に備えた再制作を行った。修復方針は以下である。
・プロジェクターなど機器のアップグレードに応じて回転台などの部品を再制作する
・再生機器が将来的にデジタル化する可能性も考え,マスターとなるベータカムからデジタル・リマスターを行う。
・オプションとしていた4台の天井プロジェクターを作品に組み込み,再制作する
・かつての再制作版をオリジナル版に近づけるために設計図からスライドの再制作を行う。

⑤機材の選択と購入

展示期間中の故障などに備えて,バックアップ用に機材を余分に購入できることが望ましい。またマイグレーションが難しい作品の場合,将来を見越して中古品を複数購入しておく。新機種を購入して環境を移行,再解釈する場合,作品のコンセプトにとって根幹となる機能や耐久性を踏まえ,機種を慎重に選ぶ必要がある。必要に応じて作者や関係者に機種の確認をとる。

⑥新規機材のテスト

機能や動作状況をチェックする。明るさや音響など,仕様書からは十分に判断できない機材の特徴を実際に動作させたうえで確認する。

⑦部品の再制作

交換した機種の仕様に応じて配置図面の修正を行い,再制作するパーツを外部業者に発注する。

⑧全体設計の見直し

移行,再制作した個々のパーツや機材やそれをコントロールするソフトウェアやデータが正しく配置され機能するか見直し,調整する。

⑨シミュレーター作成

技術要件や仕様書では確認できない作品の挙動を,3Dで再生できるようにシミュレーターを作成すると,今後の機材の移行や再制作のさいに助けとなる。またデバックなど全体の調整や確認に役立てることもできる。シミュレーターは,使用されるデータや映像ソースを元に作成され,物理的・空間的な要素は,設計図や展示プランから割り出される。シミュレーターは今回の修復・保存に伴い新しく加えられた。

⑩オプションの再制作

要件にオプションとして含まれていた要素は,展示のときに展示者側が用意するものであるが,作品の意味づけや将来的な利便性,機材調達の条件の変化にあわせて新規追加するなど,今後の展示の可能性を見越した作品の要素の再制作を行う。

⑪デバッグ

個々のデータや構成に見落としや誤りがないか点検し,エラーや誤差があればそれらを修正していく。

⑫機材組立と細部調整

明るさや音量,機材の水平軸,センサーの反応など,個々の機器の挙動だけでなく全体の連動について機材を組み立てて細部を調整する。停止や途中再生が難しい場合,個々の要素の働きを注視しながら,繰り返し再生することで全体を調整していく必要がある。

⑬要件や仕様書の修正

移行や再制作にあわせて,変更内容を要件や仕様書に反映させる。修復担当者が作家と異なる場合もあり,仕様書や要件の変更履歴が残され,オリジナルに立ち返ることができるようにしておくべきである。修復の意思決定のプロセスやメモやE-mailや電話の応答の記録,申し送りを残しておくと将来の判断材料となる。修復・保存や展示の根幹となる資料となるため,読み手の疑問や意見を反映させると,より明解な記述ができる。

⑭修復作品の展示

実際の展示にあわせて,明るさや音量,観客などの動作による反応など,細部の調整を完成させる。また,起動手順などを展示スタッフが確実に行えるようなマニュアルや指示書があることが望ましい。

LOVERSの展示
1)要件リストの読み込み
展示設営の日程と設営スタッフの確保。事前に機材調達と搬入の打ち合わせ。
2)設営
壁面・床の作成,配線,照明,機材の設置
3)現場での動作確認
4)細部の調整
5)トラブルシューティング
6)展示スタッフによる起動手順の確認
7)展示のさいのトラブルが生じた場合の対応と修正

MoMAによるオリジナル・ヴァージョンの修復

2016年7月に、ニューヨーク近代美術館MoMAで《LOVERS−永遠の恋人たち−》のオリジナル版(1998年収蔵)の修復が行われた。日米での修復・保存の取り組みを比較検討する。

高谷史郎氏へのインタビューより(ダムタイプオフィスにて、9月21日)

・ MoMA内部ではメディア部門が行った調査報告書が10年程前に書かれていた。

・ MoMAではDVDなどの記録装置を取り外す決定を行い,現在コンピュータによってステップ・モーターの動きなども制御されている。

・ 上記の決定に際しては、90年代にメールのやりとりがあり,キヤノン・アートラボの四方幸子氏による「Loversに関してテクニカルなことはダムタイプの意見を聞くこと」という指示に基づき、ダムタイプオフィスに報告があった。

・ インストールの状況について最終的な確認を行うために高谷史郎がMoMAに2度訪問した。1度目の訪問では,映像とモーターの同期がとれておらず,問題点を指摘するにとどまった。スライドのピントや映像の明るさ,プロジェクターの配置についてはその時に指示した。当初6月11日に予定されていた展示は7月30日に延期された。2度目の訪問は,動きに関する細部の調整を約1週間かけて綿密に行った。

修復担当者Ben Fino-Radinによる修復プロセス(MoMAブログ,2016年12月22日)。

MoMAのオリジナル・バージョンは映像再生とモーターの制御はレーザーディスクとMS-DOSで行われていた。修復担当者はMoMAが複雑なテクノロジーを使った作品の修復という課題において1998年に収蔵された《LOVERS−永遠の恋人たち》を最適なケースと考えた。作品は収蔵されているだけでなく,定期的に動かされる必要がある。

  • 2015年末に,指示書による10m四方の展示スペースで作品を注意深く組み立てて,コンピュータを起動することから修復・保存の取り組みが始まった。
  • 組み立てられた作品をもとに,ニューヨーク大学の授業で学生とともにリサーチを行った。学生とともに作品の分析,動作の様子,構成要素の状態,バックアップや交換の可能性などについて検討し,1ヶ月後に33頁の報告がなされた。
  • それから4ヶ月後に作品の展示計画が策定された。起動させるだけでなく,1日10時間毎日稼働させるために,どの部分を取り替えるべきか検討したうえで,LCDヴィデオ・プロジェクターとバックエンドでの制御機構の交換を決定した。また,学生は仕様書と作品のいくつかのズレを発見した。それらの情報をもとに,ダムタイプオフィスに連絡した。スカイプでのやりとりの後,作品を「安定」させることができるという確信を得て,不安定な機材の交換を決定した。
  • プロジェクターの交換にあわせて,プロジェクターの取り付け部の再設計の依頼を行った。取り外した機材についても記録を行い,長期的に保管されることになった。
  • 2名のエンジニアとともに,リバースエンジニアリングの考えにもとづき,モーター制御,ヴィデオ再生,インタラクティブな要素に関する調査を行った。まずデータを別のハードディスクにコピーして,オリジナルのコンピュタに触れずに調査できるようにした。1台目のPCには何もなかったが、2台目のPCからは,動きに関するデータが見つかった。とはいえ,その数値がどのように機材を動かしているのかは見当がつかなかった。
  • データに基づきPCがどのような電気信号をモーターに送っているのか,Saleae logic analyzerを用いて分析した。
  • OpenFrameworksのプログラムを用いて,機器の動作,映像の再生,インタラクションのタイミングを再設計して,Arduino microcontrollerにデータを送りモーターの制御機構を再構築した。それでもなお,映像でのパフォーマーの動作とモーターの動きの連動は不正確だった。
  • より微細なモーターの動きを考慮に入れて0.002秒のずれがあることがわかり,再調整を行った。
  • 高谷史郎氏には会場の明るさや,プロジェクターの配置,照明,音響に関して説明を受けた。細かい動きに関して一挙手一動を注意深く見守りながら数日かけて調整を行い,記録を残した。

MoMAでの修復との比較

京都(2015年) MoMA(2016年)
・プロジェクター(最新の機種で、長期の展示のための耐久性を重視)
Addtron Technology Inc. QUMI Q7 Lite
・LD、DVDのデジタル化を行ったが再生機器は交換せず使用
・モーターの動きに関して当時のプログラムデータのマイグレーション
3Dシミュレーター上でのデータの再現と確認を行い調整した
・4台の天井プロジェクターを再制作
・映像と個々の同期や細かい調整については高谷が展示現場で確認
・プロジェクター(過去の作品に近い機種を選択)。高谷に確認の連絡。
・LD、DVDデータをすべてデジタル化しコンピュータで制御
・モーターの動きについてパルス情報を記録し、プログラムを用いて再現(ただし完全なデータを記録していなかったため、動きに問題が残り、会期をずらして再調整が必要となった)
・天井プロジェクターは含まれない
・映像と個々の同期や細かい調整については高谷が展示現場で確認

大きな違いとしては、京都での修復が主に作品を制作/再制作を行ったスタッフが担ったのに対し,MoMAではコンサバターを中心に修復が行われた。それにしたがって,京都ではデータの精査とシミュレーターの作成が実際の動きを確認する手段をとったのに対し,MoMAではリバースエンジニアリングの手法でパルス信号を記録するという方法が使われた。MoMAの解析作業は不完全な部分もあり,最終的には制作者である高谷史郎氏が最終調整を行うことによって修復・保存が完了した。二つの異なるアプローチを確実な修復の方法として確立させていく必要がある。

(石谷治寛)

ページトップへ戻る