ガイドの概要

ヴィデオやスライドフィルム音声コンピュータに依拠した作品など,タイムベースト・メディアに含まれる範疇は広大である。フィルムを媒体とした実験映画やナムジュン・パイクを起点に1960年代ごろから広まったヴィデオ・アート,インタラクティブ・アートやマルチメディア・インスタレーションなどを含むメディア・アート,映像のデジタル化以降瞬く間に増加した現代美術におけるヴィデオ作品など,実に多様な種類を含んでいる。その上,パフォーマンスキネティック・アートなどの動的要素を含んだ作品全体を網羅するような議論もあるため,タイムベースト・メディアの範疇は依然曖昧なままだ。しかし。この分野の技術転換は非常に早く,フィルムやビデオなどはデジタル・メディアにとって代わられ,コンピュータもOSをアップグレードし続けるため,過去のタイムベースト・メディア作品を支える技術基盤が失われつつある。こうした状況を踏まえ,タイムベースト・メディア作品の修復が世界的な議論になっている。しかし,実に多様なタイムベースト・メディアを網羅するガイドを作成することは容易ではない。そのためには,さらに分野を細分化し,時間をかけてケーススタディを蓄積し,専門家が集まり議論を重ね,時代とともにまた更新していく必要があるだろう。従って,今回はタイムベースト・メディアの置かれている状況への理解を促すため,事例や調査をもとに,保存,展示,修復の考え方を整理しまとめ,タイムベースト・メディアに係わる用語の整理を行った。そして,日本のタイムベースト・メディア作品がおかれている状況を交えて,今後のひとつの可能性として,横断的に機能する専門機関の在り方について提言を行った。この章では,それぞれの章の概要を以下にまとめた。

タイムベースト・メディアの展示について

タイムベースト・メディア作品がほかの伝統的な芸術様式と決定的に違う点は,その多くの作品が、更新の早い技術に依存している点にある。例えば,機材や空間要件などの視聴環境を細かく規定しないシングルチャンネル・ヴィデオ作品であれば比較的簡単に設置できる。しかし,ほかの作品と切り離された空間を必要とし,すべての壁面が塗装され,複数の映像が同期されなければいけない,あるいはセンサーを使用して鑑賞者の動きを察知しながら,装置が動く,などといった複雑な作品を展示する場合には,仕様書をよく理解し,再展示のために必要な要件をそろえなければいけない。それは時として,特殊なプログラミングや機材を必要とする場合もある。では,こういった困難を乗り越え,作品公開にたどり着くためにはどのような手続きが必要となるのだろうか。こうした点について,展示の章で,国立国際美術館に収蔵されているフィオナ・タンの《インヴェントリー》の展示事例を交えて記した。

タイムベースト・メディア作品の保管について

作品が販売される際,作品の所有権は購入した側に移る。従って,作品の保管やその後の展示は,多くの部分が所有者にゆだねられるようになる。そのため,所有者が作品を正しく展示することができるよう,作品のデータなどに加え,展示仕様書と過去の展示時の資料(図面や機材リスト,記録写真・映像など)をそろえる必要がある。また,文字情報や資料からだけではわかりづらい部分も出てくるため,できるだけ作品の展示あたって重要なポイントを話してもらったインタビューを行うことが好ましいとされている。

また,今後,映像やプログラムを再生するソフトウェアがアップデートされ使用できなくなる場合が想定される。そうした状況に対し,作品をどのように継承していくかをあらかじめ検討しておく必要がある。また,映像作品であれば,映像データを保存用,展示用,プレビュー用,バックアップ用に分けて保存しておくことや,インタラクティブ・アートであれば,作品を再現するためのマニュアルなどが必要になる。なぜこのようなことが必要かというと,ソフトウェアなど現在の環境が10年後20年後にも必ず使えるとは限らないからである。従って,こうしたメディア環境が変わったとしても再現できるように,非圧縮データやバックアップ用の静止画像が重要になってくる。また,スライドプロジェクターやブラウン管モニタなど,古い機器を使用している場合にも,壊れた時にどうするのか,デジタルプロジェクターや液晶モニタに変えても同一の作品ということができるのかをあらかじめ作家に確認しておくことなど,将来を予測し,できる限りの対処を検討しておく必要がある。

そして,タイムベースト・メディアの保存にはデータを格納する保存メディアの問題も大きい。例えば,映像作品を外付けHDDで渡されたとする。HDDの保存年限は約5年*(使用時間に依存する)と言われている。従って,美術館などで複数のタイムベースト・メディア作品を所有する場合,HDDのまま長期保存することはできないため,バックアップ機能の付いた大容量のHDDや,近年データ保存システムとして注目されているLTOなどを利用して一元管理していくことになる。そして,二次資料の公開やアーカイブ管理なども伴って発生してくる。

作品の修復について

絵画など,目に見える作品であれば,見た目に全く違う作品へと修復してしまうことはまれであろう。しかし,タイムベースト・メディア作品では,新しい機材へのリプレイスやプログラムの書き換えなど作品の技術基盤を大きく入れ替えながら修復をしなければならないこともあるため,作家の意図とまったく違う作品に生まれ変わってしまう場合が想定し得る。

例として,ナムジュン・パイクの「マグネティックTV」を挙げる。この作品は,ブラウン管モニタの上に強力磁石がおかれ,その磁力によってモニタ上の画像がゆがんで見えることから機械の内部構造を明らかにする。しかし,仮にこの点を理解せず,ブラウン管モニタを液晶モニタに置き換え強力磁石を置いたとしても同じような効果は生まれない。そこで,磁力をリアルタイムに測定し,プログラムを介して見た目が同じになるよう描画したとする。しかしそれでは,テレビモニタをメタファーにて「テクノロジー」というブラックボックスの中を見せるどころか,さらなるブラックボックスを作ることになってしまい,作品の意図とは大きく離れてしまう。

確かに,製品としてのテレビモニタを考えれば,液晶テレビはブラウン管の後継にあたるが,ここでは作品の素材としてのブラウン管が用いられている。そのため,このケースではテレビモニタという機能ではなく,ブラウン管モニタが持つ素性が作品にとってのカギを握っていることを理解していることが必要不可欠である。つまり,作品の質が何によって担保されているかを見極めることが,修復において重要な点である。

また,インタラクティブ・アートなどコンピュータでリアルタイムに映像を描画する作品を例とする。仮に,この作品の挙動がプログラム内でタイムキープされておらず,コンピュータの処理速度に依存している場合,新しい機種に移し替えて起動すると動作が速くなってしまう可能性も考えられる。適切な記録やマニュアルが残されていなければ,それを変だと思いながらも確証がつかめず,その挙動を“正しい”としてしまう可能性もある。

従って,修復に携われる人は,作品の何を再現しなければならないかを理解するといった,作品理解も重要な点である。しかし,時代が経てば,過去の状況を推測することはより難しくなってくる。そのため,作品を継承するためのマニュアルを残しておくことが求められる。今回は,修復のケーススタディとして,昨年度行われた古橋悌二《Lovers》の事例をまとめた。

意匠の保護と知的財産としてのタイムベースト・メディア

版画や写真など,これまでの複製芸術作品は“エディション”という考え方のもと,作品の複製可能な数が決められてきた。これは,コピー数を制限することで作品の価値を担保することを目的に作られ,タイムベースト・メディア作品もこのエディションによって作品の販売上限が決められている場合も多い。一方,同じく複製芸術にあたる映画は,「個人利用」か「レンタル」,「営利行為としての上映」など,その権利の幅によって販売の仕方が異なる。小ロットで希少性を担保しながら一点一点の価値を高めようとする美術作品としての複製芸術と,上映・レンタル・販売とさまざまな流通形態をもって広く流布することを目指した映画とでは,所有と利用に関する考え方が異なっている。音楽に目を向ければ販売以外にもJASRACのように,公共スペースでの再生,演奏から利用料を徴収するという制度もある。

また,インターネットの発達に伴い,公立館では,所蔵作品の情報公開を求める声が強くなってきている。タイムベースト・メディア作品もいずれ,動画やプログラム,設計図などを研究向けに公開する要請が高まる場合も考えられる。また,積極的にそれを望む作家も現れてくる可能性もある。しかし,その一方で公開には映像データやプログラム,設計図などの不正利用のリスクを伴う。

作品の保存や修復する現場にとっては,複製や再制作についても,著作権上の許容範囲がどこまでかを明らかにしていく必要があり,二次資料のより創造的な活動に向けたライセンスのあり方の検討も求められている。これからのタイムベースト・メディア作品を取り巻く権利のあり方について,シティライツ法律事務所/Arts and Low代表の水野祐からの提言を掲載した。

来たるべきネットワーク

マネージメントの視点で,「ヒト・モノ・カネ」は,円環する資源と考えられる。しかし,タイムベースト・メディアの保存や修復に係わる現場には,ヒトもモノもカネも不足している。ここで言う「ヒト」には,作品設置に必要な技術者や知財に係わる法律家などが含まれている。ただ,タイムベースト・メディアに係わる作品知識を持って技術面を理解し,作家や技術者,キュレーターとの間に立ち,進行を行っていくことのできる人材は,稀有である。この役割は,それぞれ異なる立場の人を一つの目的へと線でつないでいくために,求められることを理解し,適切な技術者を配置し,進行管理できる能力が求められる。しかし,こうした人材を育成しようという動きは少ない。

次に「モノ」について。作品を設置する際,プロジェクターやモニタなどの機材が必要となる。しかし,これらの機器を購入し続けることは,設備投資が難しくなってきている公立施設の状況から考えれば,非常に厳しいと言わざるを得ない。レンタルにしても,展覧会のように長期貸し出しを行うための仕組みが日本ではあまり整っておらず,機材レンタル会社などから借ると,かえって買うよりも高い計算になることが起こりうる。従って,予算の少ない事業で十分な状況を整えることは難しい。しかし,こうした状況が続けば,日本で機材の充実した大規模インスタレーションを見る機会が減少していってしまう。また,作品管理の面でも機器やデータの管理のための設備投資をしなければならない。タイムベースト・メディア作品を専門としない館にとっては小さくない負担となってくる。

これらヒトやモノをインハウスで賄うことが出来なければ,外部に依頼していくしかない。しかし,その上での十分な資金が今後美術館運営に充てられるようになるか,大きな疑問がある。こうした問題をタイムベースト・メディアに係わる大学や研究機関などを交えて,どのようなネットワークや新しい機関が求められていくかを検討していく必要がある。最後の章で,課題を挙げながらネットワークや新しい機関の在り方についての一案を検討してみた。

Matters in Media Artの転載

1997年にPamela KramlichとRichard Kramlichが設立したNew Art TrustとMoMAやSFMoMA,テート・ギャラリーが共同で制作したMatters in Media Artから,一部抜粋して翻訳を掲載している。Matters in Media Artは,作品の調査から購入,貸出,保存にまたがるマニュアルが克明に書かれている上,オープンソースの概念に基づいて公開されている。タイムベースト・メディアにおいて重要な指標となるプロジェクトである。ただ,日本の現状では追い付けない点も多く,今回は,購入と貸出のパートのみの掲載とした。しかし,Matters in Media Artを読むことでタイムベースト・メディアに係わる取り組みが世界的に広がっていること理解する一助となることを願っている。

(山峰潤也)

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