第33回アーカイブ研究会  360°展覧会アーカイブ事業 「ART360」の実践を通した考察


 時空間を記録して残す方法は、この数百年間、基本的には変わっていないのではないか。絵画から高精細なデジタル映像に至るまで、視覚的な記録の形式は、ある視点から見た立体空間を平面におとしこむという意味で、ほとんど変わっていないと、辻勇樹氏はいう。
 いっぽう、「360°を記録するカメラ」は、鑑賞者の視点移動を可能にする。VRヘッドセット・ディスプレイをつけた鑑賞者は、記録された映像のなかの、何に注目するかを身体的に探索できる。これは、その場の状況を感じること―「体験」―に近づくのではないか。テキスト/写真/映像など、記録者が
設定した枠組みを明確にもつ記録(「framed media」)の価値を十分認めつつも、辻氏が360°映像に注目する理由はここにある。それはおそらくはじめて、解釈の多様性を担保する記録形式となるのではないか、というのである。
 辻氏がディレクターをつとめるプロジェクト「ART360」は、360°の映像で展覧会やパフォーマンスを記録する公益事業として、2018年にはじまった。運営の母体は、「次代を担う創造者への支援事業や芸術文化活動に関する普及活動を通じてよりよい未来の創造を目指す」公益財団法人の西枝財団である。
 記録対象となる展覧会やパフォーマンスは、3名の有識者委員会によって選択される。選ばれた展覧会は、8Kの360°カメラ(Insta360 TITAN)、空間オーディオ用のマイク、遠隔操作可能なドリーなどを用いて、360°のステレオ(立体)映像で記録される。すでに24本の360°映像がウェブサイトに公開され、これからも年間12ずつ記録されていく予定だという。
 記録活動に加え、配信や利活用、共有技術の開発にも力を入れている。その場にリアルに行った人たちと、そうでない人たちが意見交換や議論をおこなう場(「展覧観測」)を開催したり、多点同時撮影された対象を、鑑賞者が切り替えながら見るためのプラットフォーム(「PLACE」)も開発中である。将来的には、3Dスキャニングの技術と360°映像を組み合わせた、動的な記録技術の実装も検討しているという。
 ART360は、展覧会を直接経験した人たちと、そうでない人たち―そこには未来の人たちも含まれる―が、「状況の再経験」を通じて共通の土俵に立つことをめざしている。もちろん質疑応答にあったように、「映像のなかでは自由な解釈が可能だとしても、見るべき対象自体が制限されているのではないか」とか、「VR空間だけで満足してしまう人が増えるのでは」といった懸念はあるだろう。しかしそれが、「出来事の本質」とされる部分のみを切り出すのではなく、「展覧会という状況」を丸ごと記録しようというART360の活動の意義を減じることはないだろう。これからもひきつづき、ART360の活動に注目していきたい。

(佐藤知久)


第33回アーカイブ研究会

360°展覧会アーカイブ事業
「ART360」の実践を通した考察

講師|辻勇樹(Actual Inc. 代表取締役 /ART360ディレクター)

日時|2020年12月18日|オンライン配信

会場|芸資研YouTubeチャンネル

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