「アート・アーカイヴ・シンポジウム 関西地区アート・アーカイヴの現状と展望」の報告

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 5月24日,あべのハルカス内の大阪芸術大学スカイキャンパスにて「アート・アーカイヴ・シンポジウム――関西地区アート・アーカイヴの現状と展望――」が開催されました。このシンポジウムでは,芸術資源研究センター(以下「当センター」)専任研究員である加治屋健司を含む5人の登壇者が報告を行いました。

まず,渡部葉子氏(慶応義塾大学アート・センター)による基調報告では,未完成作を事前にアーカイブ化し事後的にそれを作品化するというスコットランド出身のアーティスト,ブルース・マクレーンの活動を導きの糸とすることで,アーカイブ資料が時間軸の中でそのあり方を変容させうる可能性が論じられるとともに,アーカイブへのアクセシビリティの活性化や複数のアーカイブに共有するプラットフォームを確立することの必要性が強調されました。

続く4つの事例報告では,それぞれの登壇者が実際に関わっているアーカイブ・プロジェクトの実践が報告されました。籔亨氏(大阪芸術大学)は,大阪芸術大学図書館が所蔵するウィリアム・モリス・コレクションが形成されたその過程について紹介されました。もともと英国のコレクターであるアーノルド・イェイツが収集したものを母体とするモリス・コレクションに,モリスの始めた印刷工房であるケルムスコット・プレス刊本のコレクションが新たに加わったことで,より充実した現在のコレクションが構築されたのです。

続いて加治屋が,この4月に設立されたばかりの当センターの概要及び研究内容を紹介しました。オーラル・ヒストリーを始めとする様々なアーカイブを構築することに加え,そうしたアーカイブを新たな創造に向けた「芸術資源」として積極的に活用していくことの必要性ならびにアーカイブの活用に向けて理論的な研究を行っていくことの重要性を述べました。

平井章一氏(京都国立近代美術館)は,関西戦後美術資料を収集・公開することの必要性を美術史との関連において論じられました。戦後美術史は美術雑誌を手がかりとして紡がれてきました。しかし,美術雑誌の多くは「地方」をフォローしておらず,それゆえ戦後美術の歴史記述から「地方」はこぼれ落ちてしまっています。その欠落を埋め,多元的に戦後日本美術の歴史を紡ぐ一助として,関西戦後美術に関するエフェメラルな資料(展覧会の案内はがき,出品目録など)を収集・保存することが求められているのであり,そのためには美術史研究とは異なったアーカイブの専門家を養成する必要があると述べられました。

菅谷富夫氏(大阪新美術館建設準備室)は,現在「大阪広告史データベース 萬年社コレクション」として公開されている、1999年に倒産した広告代理店・萬年社(1890年創業)のアーカイブについて紹介されました。萬年社に残された膨大な資料群が大阪新美術館建設準備室の前身である大阪市立近代美術館建設準備室に寄贈されてから,調査・整理を経て、データベースとして公開されるまでの経緯を紹介する中で菅谷氏が強調されたのは,アーカイブ資料の詳細を完全に調査し尽くすることは不可能であり,常に新たな調査・研究を要請する未完成なものであり続けるという点でした。

アーカイブの実践について論じた5つの報告に一貫していたのは,静的で固定的,無機的ではなく,動的で流動的,有機的なものとしてアーカイブを捉えようという姿勢でした。それはアーカイブされる資料の数を増やしていこうという話ではありません。そうではなく,あるアーカイブが別のアーカイブと出会うことで新たな意味合いを獲得したり,新たな芸術実践を誘発したり,従来の言説的布置に介入する契機を提供したり,様々な学術的な調査・研究を通じて資料に新たな価値が発見されたりというように,アーカイブ内の資料同士が,あるいはアーカイブとその外部が相互的な連関において作用しあうことこそが肝要であるということです。「アーカイブは常に未完成である」という菅谷氏の言葉はこうした文脈において捉えられるべきでしょう。そもそもアーカイブという言葉は「公的な文章記録,ならびにその保管施設」を意味する言葉でした。しかし,今回のシンポジウムを通じて明らかになったのは,今日においてアーカイブに求められているのは単なる資料の収集・保管ではない,ということです。収集された資料群に潜勢する価値創造の契機を掘り起こし,活性化させるようなプラットフォームたりうること,それこそがアーカイブに求められている今日的な役割なのではないでしょうか。

(芸術資源研究センター非常勤研究員 林田新)

アート・アーカイヴ・シンポジウム――関西地区アート・アーカイヴの現状と展望――
日時:平成26年5月24日(土曜日)13時30〜16時30
会場:大阪芸術大学スカイキャンパス(アベノハルカス24F)

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