第23回アーカイブ研究会 「日本の録音史(1860年代~1920年代)」の報告

第23回アーカイブ研究会は,国際日本文化研究センターから,細川周平氏と古川綾子氏をお招きし,日本近代の録音史をめぐる研究活動についてうかがった。

細川氏は,テクノロジーとメディアの問題を考えるときには,技術的可能性と,社会・文化的可能性の双方を視野にいれることが必要だと述べる。録音史は単なる技術史ではなく,技術と社会・文化は,テクノロジーを使うが故に発生する特殊な想像力・考え方・社会環境などを生み出しながら螺旋状に展開していく。それが他の表現物(印刷・映像など)や,産業発展との関係のなかで,どのように成立してきたのかを考えることが必要だという。

例えば,1877年に発明された蝋管録音は,「グラフォフォン」(書く+音)や「蘇言機」(声を蘇らせる機械)と称されたことからもわかるように,当初は言葉を残しておくものと考えられていた。それがレコード盤に変わり,録音機と再生機が分離すると,売れる音源として浪曲・義太夫・流行歌・西洋音楽・琵琶演奏などが販売されるようになる。こうして音楽観賞用メディアとしてのレコードが,産業的・文化的に確立していくのだが,その嚆矢になったのが,20世紀初頭の世界各地でさまざまな音源を録音したフレッド・ガイスバーグである。ガイスバーグは,当時最も人気のあったテノール,エンリコ・カルーソの録音(1902)でレコード革命を起こした人物で,その彼が1903年に来日し,日本初となる円盤録音をしているのだ。細川氏は,再発見された音源のCD化(『全集・日本吹込み事始』2001)に関わった経緯を紹介しつつ,「音楽家に歌わせる・録音させる」という行為が,国際的な資本と情報の動きのなかで日本にもたらされたことを指摘した。

古川氏からは,浪曲というジャンルを対象に2014年度から取り組まれている「浪曲SPレコード・アーカイブズ」についてお話しいただいた。著名なコレクターの森川司氏から寄贈された1万枚以上のSPレコードのデジタル・アーカイブ化は,目録作成,関連する各機関での類似した活動に関する調査,盤面の撮影から始まり,2016年からは,盤面クリーニング,デジタル化機材の選定と購入に続き,本格的な音源のデジタル化に着手。共同研究会も開催しつつ,2018年3月に,試作版のデータベースを完成させた。今後はこのデータベースを公開しつつ,研究会の報告や,さまざまな研究内容,他機関所蔵資料へのリンクなどを追加し,大衆芸能関係資料データベースの先例となるデジタル・アーカイブの構築を目指しているという。また,予算,人員体制,フォーマットや使用機材,長期的な管理運営の問題点など,アーカイブ作業の具体的な細部についても詳しく話していただいた。

このように本研究会は,理論と実践の両面で有意義な内容をふくむものだったが,こうした議論は,アーカイブ構築に携わる研究者との情報共有のためだけでなく,貴重な芸術資源の継承が組織的に進まず,また長期的にアーカイブを運営する環境も整っていない国内状況への問題提起としても重要であろう。細川氏の言を借りれば,デジタル・アーカイブというテクノロジー/メディアもまた,技術的可能性と,社会・文化的可能性の双方に関わりながら,螺旋状に展開するものである。芸術や音楽に関する芸術資源を,社会・文化的に意義あるものとして公開していく方法について,国際日本文化研究センターとの連携も深めつつ,今後とも研究と実践をつづけたいとの思いを強くした。

(佐藤知久)


第23回アーカイブ研究会

「日本の録音史(1860年代~1920年代)」

講師||細川周平(国際日本文化研究センター教授),古川綾子(国際日本文化研究センター助教)日時|2018年10月11日(木)17:30-19:00

会場|芸術資源研究センター,カフェスペース内

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