古橋悌二《LOVERS—永遠の恋人たち》をめぐるトークイベント の報告

芸術資源研究センターは,平成27年度に古橋悌二《LOVERS―永遠の恋人たち》(1994年)の修復を行ない,その成果として京都芸術センターで作品及び修復関連資料の展示を行なった。また,関連イベントとして7月18日に本作の修復・保存をテーマにしたトークイベントを開催した。建畠晢氏を司会に,再制作と修復に携わった高谷史郎氏,オリジナル・ヴァージョンの制作時にキュレーターとして関わった阿部一直氏をはじめとして,学芸員の住友文彦氏,本研究センターからは石原友明所長と石谷治寛研究員が参加し,修復の意義を中心に細部にわたっての検討と議論が行なわれた。

まずは,平成27年度の修復の概要とシミュレーターの意義について石谷が説明し,それを踏まえて,高谷氏と阿部氏が制作時の状況を振り返った。

高谷氏は,修復のための動的な設計図となったシミュレーターの「Ideal」版と「Actual」版について説明した。「Ideal」は,古橋が入院中に協力者への指示を通して撮影されたヴィデオの編集に基づいている。古橋の指示に従い,パフォーマーが3歩進んで振り返るなどの動きが撮影され,その動きを解析してグラフに書き起こしたものを使って,古橋が個々の動きの映像を組み合わせて編集した。高谷氏はこのヴィデオテープのデータをもとに,映像を動かすステップ・モーターの速度と角度を数値化したものを「Ideal」と呼んだ。対して「Actual」は,実際の展示空間で稼働しているインスタレーションに応じたデータを解析したものである。両者にはずれが生じている。現行のインスタレーションが古橋のやりたかったことかどうかは本人に聞かないと分からない部分もあり,高谷氏は,自分のできることは,議論することよりも,作品を見てもらう機会を多くつくることであると強調した。また,シミュレーターの制作目的は,動画の再生が不可能になったとしても,グラフや写真や数値データを残しておくことによって再制作の可能性を担保することにあったと述べた。

阿部氏は,《LOVERS》という作品が,展示や再制作に応じて2ヴァージョン6系統存在すること,同時期に制作されたダムタイプの舞台作品『S/N』(1994年)や古橋のアイデアを用いて制作された『OR』(1997年)との関連があることなど,作品の広がりに触れたうえで,当時の制作の状況を振り返った。1994年に初公開された時,初日に作品は完成しておらず,4日目にようやく公開できるようになった。そのオリジナル・ヴァージョンでは,スライドから投影される文字はもっと多かったが,以降に制作されたヴァージョンでは削られている。また,天井から床面にプロジェクションされる「DO NOT CROSS THE LINE DO NOT CROSS THE LINE OR JUMP OVER」という言葉は当時からあったが,以後のヴァージョンではオプション扱いになり,実際にはあまり使われなかった。また,投影される映像も当時の機材の制約で暗かった。今回の展示では天井からのプロジェクションが再現され,当時の暗さも再現されているように感じたことなどを話した。それを受けて高谷氏は,1995年のMoMAでの展示に使われたプロジェクターを実際に見て,今回の展示では暗さを再現したことを付け加えた。

石原所長は,今回の修復に関わって,「《LOVERS》には様々なヴァージョンがあり,どこにもオリジナルがない」という作品の不安定さがむしろ興味深かったと述べた。また,シミュレーターを楽譜と見なすことで,作品が実演,展示ごとに変わっていくことが実感できたという。

住友氏は,2005年にNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で,《LOVERS》を含めた展覧会「アート&テクノロジーの過去と未来」を企画した。その際,日本のメディアアートが特殊な社会状況に結びついていたことを見せるために,ナムジュン・パイクの作品や,ヴィデオによる芸術活動を目的として結成された〈ビデオひろば〉の活動とともに展示した。その時に感じたことは,《LOVERS》は,空間に何人の鑑賞者がいるかによって親密さや距離感が変わってくることであり,解像度というファクターが重要になると述べた。住友氏は,修復の時に解像度の問題はどのように捉えられるかという問いを高谷氏に投げかけた。

高谷氏の考えは,メディアアートはテクノロジーの状況に合わせて変化していくものなので,2001年のせんだいメディアテークでの再制作時,解像度はあえて最新の機材に合わせて調整したという。メディアアートは作品の状態を固定することにむしろ反発してきたと考えているからである。今回の展示でプロジェクターをあえて暗くしたことは,フェイクで演劇的に演出しているような感じもすると付け加えた。

後半では,それぞれにとっての作品の意味について話題が広がった。住友氏は,暗い部屋に自分以外の等身大の誰かがいるという感覚が見る度に変化することについて語った。石谷は,作品が15分のループで繰り返されるので,再生される映像の動きのパターンが決まっているのにもかかわらず,他の鑑賞者が入ってきたり,鑑賞者の動きにセンサーが反応して映像の古橋の動きが加わることで見え方が変わること,また壁際や中央など見る場所によって,背中でぞくっと感じたり,映像との触れ合い方が変わってくることの面白さについて述べた。阿部氏は,リアルな亡霊が4面に常にいるというぞっとするような感覚を未だに覚えていると述べ,《LOVERS》はフレームの中に映像を見る経験とは異なる側面を体験させる作品であり,その雰囲気がドキュメンテーションに完全には映らないことに意義があると指摘した。石原は,中央の物理的な機械が音を立てて動いているのに対して,投影される人間の映像が物理的ではないという対比が音の有無で表現されていて,サウンドアートとしての素晴らしさを改めて感じたと言う。また高谷氏も,現場に入るまで個々の部分がどのように動くのかわからなかったので,最初に動かした時に古橋が動きのシンクロや音と映像をすべて計算して作っていたことに感動したことを振り返った。

質疑応答においては,今回の修復のスパンがどのくらいの期間を射程に入れているのかという質問に対して,高谷氏と石原は,修復技術者や機材の取り換えが効かなくなる100年後を想定したとしても対応できるように用意をしたと回答した。また,作品と修復に関する資料をあわせて展示することについて高谷氏は,今後は一緒に展示する予定はなく,作品を説明なしに体験して欲しいことを強調した。

《LOVERS》の最初の展示に立ち会ってカタログに文章を寄せた浅田彰氏も質疑に加わり,「Ideal」と「Actual」という言葉を使うと,作品を作家の思い描いた理想像に固定してしまうために問題があり,むしろ「Virtual」と「Actual」と言った方が良いと指摘したうえで,天井プロジェクターによる「DO NOT CROSS THE LINE」の投影は非常に重要であると考えていることを付け加えた。さらに,かつてのカタログのエッセイで,愛というのは水中花のようで,水を入れるとまた花が開花するというメタファーを使ったことを古橋が気に入ったことを思い起こしながら,「本作の修復についても,水中花のメタファーを使えば,時々それに水を注ぐ人がいて,その都度,違う形で開花して多くの人に愛されるとすれば彼も本望ではないかと思う」という発言で,盛況の本イベントは締めくくられた。

(芸術資源研究センター研究員 石谷 治寛)


日時|2016年7月18日(月・祝)13:00–15:00

会場|京都芸術センター フリースペース

出演|阿部 一直(山口情報芸術センターキュレーター/アーティスティック・ディレクター),石谷 治寛(本センター研究員),石原 友明(本学美術学部教授),住友 文彦(キュレーター/アーツ前橋館長),高谷 史郎(アーティスト/ダムタイプ)

ファシリテーター|建畠 晢(京都芸術センター館長)

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