第13回アーカイブ研究会「インターローカルなアーカイブの可能性」の報告

第13回アーカイブ研究会は,美術家の川俣正氏をお招きして,「インターローカルなアーカイブの可能性」と題して,お話しいただいた。

川俣氏はまず,歴史的資料をリサーチし,地域住民とも協働しながら現場で制作する自身の作品について,一つのプロジェクトに数年間かかることもあり,エンジニアと相談した図面なども含め,プラクティカルなレベルで資料が集積していくと述べた。また,作品とアーカイブの間に明確な区切りがなく,作品がアーカイブ化しているという。2008年に東京都現代美術館で開催された「川俣正[通路]」展では,アーカイブルームを会場内に設け,過去の活動に関する資料を見せた。また,「横浜トリエンナーレ2005」のディレクターを務めた際に,過去の回の情報を知るため,資料の収集を行なった。さらにドクメンタのアーカイブルームを参考に,「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」のアーカイブルームをつくる構想が生まれ,2009年,新潟の松代に,地域のアートプロジェクトをアーカイブする地域芸術研究所CIAN ( Center for Interlocal Art Network )を設立した。

CIANは,「大地の芸術祭」の関係資料とともに,国内外の芸術祭の資料(記録集,カタログ,報告書,チラシ,ポスター,パンフレットなど)を収集・保管している。「マケット,プロポーザルから見るアート」をテーマとした展示も行ない,作家へのプロポーザル,スケッチ,図面,模型などの資料を見せた。これらの資料群からは,建築家やエンジニアとの具体的なやり取りの中で,当初のプランが二転三転したことが分かり,作家が現場でつくることの意味が見えてくる。また,川俣氏は,作家がプランを練り直した痕跡を見せることで,作家の思考過程が分かり,今実際にある作品が違って見えてくることを強調した。

また,CIANでは,2011年に死去した美術評論家の中原佑介氏の蔵書約3万冊を寄贈されたことを受けて,「中原佑介のコスモロジー」展を開催した。蔵書を小山のように積み上げたインスタレーションとして展示し,中原氏の言葉もピックアップして掲示した。中原氏の思想をどう解釈するかという面白さが生まれる一方で,川俣氏は,「何を残すか」の判断に当人は関わることができず,アーキビストや研究者の解釈に委ねられていること,また,「残すこと」と「見せること」は別であって,「何を見せるか」の判断や選択には,批評性が加わるとともにプライバシーの問題や倫理が問われることを指摘した。その例として,2015年の展示を紹介。妻有の地形をジオラマ化し,点在する作品の模型を置くとともに,ジオラマの「大地」の下に中原氏の蔵書を設置した。これにより,「大地の芸術祭」開始当初からアートアドバイザーとして関わった中原氏の思想が芸術祭を支えていることをビジュアルに可視化した。

近年,町おこしも含めて,いわゆる「地域アート」が各地で盛んに行なわれているが,アートで地域は本当に変わったのか。地域アートプロジェクトの資料をアーカイブすることで,検証が可能になり,地域アートの画一化への批判にもなると川俣氏は述べる。また,自身の実感として,地域アートプロジェクトに参加者とともに関わっている時が一番面白く,事後的に「見る」観客の存在意義が小さくなってきたことから,「見る人=参加者に制限する」プロジェクトを行なったという。この「北海道インプログレス」は,自身の出身地・三笠市の廃校を拠点とし,行政からの助成金ではなく,1人1万円ずつ出資する会員制のプロジェクトである。「出資者=参加者にのみ還元する」というこの閉鎖性はむしろ,各地で過剰気味の地域アートへの批判になりうると川俣氏は述べた。

川俣氏の講演は,アーカイブの対象が,自身の作品の動態的なプロセスの記録から,地域の芸術祭の関連資料へ広がった経緯を辿るとともに,特にアーカイブの創造的活用とアーカイブの果たす批判的機能の両面について触れており,示唆に富むものであった。   (芸術資源研究センター研究員 高嶋 慈)


「インターローカルなアーカイブの可能性」

講師|川俣 正(美術家)

日時|2016年7月22日(金)17:30-19:00

会場|京都市立芸術大学 中央棟L1

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