古橋悌二《LOVERS—永遠の恋人たち》展示・修復資料展示の報告

平成28年度メディア芸術連携促進事業 連携共同事業「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復・保存・記録のためのガイド作成」
古橋悌二《LOVERS—永遠の恋人たち》 展示・修復資料展示の報告
芸術資源研究センターは,国内にあるタイムベースト・メディア作品(映像や音声やコンピュータなどに依拠した時間的な経験を伴う作品)の修復・保存を促進することを目的として,文化庁の平成27年度メディア芸術連携促進事業 連携共同事業「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業」を実施した。タイムベースト・メディア作品の典型例である古橋悌二《LOVERS—永遠の恋人たち》(1994年)の修復と保存を実施するにあたって各機関の連携体制を築いた。せんだいメディアテークは作品及び作品情報の提供を,国立国際美術館は修復計画を監修し,ダムタイプオフィスはエンジニアを組織して実際の修復作業を行なった。
複数のヴァージョンが存在する《LOVERS》のうち,本事業で修復したのは,2001年に,せんだいメディアテークの開館記念展に際して高谷史郎によって再制作され,寄託作品として同館に保管されていたヴァージョンである。修復は,2015年8月の事前準備と作業計画の調整を経て,12月7日から21日にかけて行なわれた。不具合が生じていた5台のヴィデオ・プロジェクターの交換と,天井に設置する4台のヴィデオ・プロジェクターのプログラムの再制作を行なった。また,オリジナルのヴィデオテープの映像をデジタル化し,映像とプロジェクターを回転させるステップ・モーターの動きを数値化するダイアグラムとともに,本作を仮想空間上で動かす「シミュレーター」が作成された。このシミュレーターの作成によって,作品を物理的に構成している機材が失われても,作品を再現することができるようになった。修復された《LOVERS》は,2016年7月に京都芸術センターで展示され,細部の最終調整が行なわれた(図1)。修復・展示を経た本作は,2017年2月に国立国際美術館に寄託されることが正式決定した。
京都芸術センターでの展示期間中,芸術資源研究センターは,修復作業に関連する資料展示を行なうとともに,展示作業を記録した。それらは,昨年度に引き続き平成28年度に採択された文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復・保存・記録のためのガイド作成」に活かされた。この事業は,研究者,学芸員,アーティストが連携して行なった本作の修復・保存のモデルケースを踏まえたうえで,他の美術作品にも応用可能な修復・保存のガイドを作成することを目的としている。作成されたガイドは,ウェブ上で公開する(http://www.kcua.ac.jp/arc/time-based-media/)。
以下では,本研究センターが主催した,修復に関する資料展示(図2)について報告する。展示内容は,①《LOVERS》の制作や過去の展示に関する資料類,②シミュレーター,③修復作業記録という3つの柱によって構成されている。具体的には,展示台4台を用意し,①についてはカタログ,仕様書,図面などの資料を並べて,本作の制作と展示履歴を提示し,②についてはPCを2台用いて,シミュレーターの2つのヴァージョン(「Actual」と「Ideal」)の再生を行なった。さらに,もう1台の机上には,昨年度の修復事業の報告書を閲覧できるように置き,モニタでは,《LOVERS》の2つのヴァージョン(1994年にキヤノン・アートラボで初公開されたオリジナル・ヴァージョンと,2001年のせんだいメディアテーク開館記念展で再制作されたヴァージョン)の記録動画を再生した。これによって,2つのヴァージョンの違いを動画から比較できるようにした。③については,昨年度の修復作業のプロセスを写真とともに紹介したパネルを掲示した。
以下では,①,②,③,それぞれについて詳述する。
①《LOVERS》の制作や過去の展示に関する資料類
上述のように《LOVERS》には,1994年のオリジナル・ヴァージョン,1995〜98年にかけて国内外を巡回したツアー・ヴァージョン,2001年の再制作ヴァージョンなど複数のヴァージョンがある。それぞれに関わる設計図や展示プランの内容が具体的に分かるように資料を配置し,時系列にあわせてヴァージョンの変遷が辿れるよう心がけた。
最初の展示台には,1994年にキヤノン・アートラボでの制作当時のコンセプトがわかるように,当時のカタログの実物と,コンセプトが書かれた部分を読みやすいように拡大コピーしたものを配置した(図3)。あわせて,キヤノン・アートラボのキュレーターだった阿部一直,四方幸子両氏に宛てて古橋悌二がニューヨークからFAXで送った私信の抜粋を並べ,当時の作品コンセプトを補完した。そこにA4紙に印刷した仕様書や図面,ステップ・モーターの動きを数値化したグラフを重ね,中央に展示プランの図面を置いて,資料群を通して鑑賞者の頭にインスタレーションの像が立体的に浮かぶように構成を試みた。
2番目の展示台では,作品の展示履歴とともに,展覧会カタログや各展示プランの図面を年代順に配置した(図4)。左側には,1995年〜98年まで国内外のツアーを経て,MoMAに収蔵されるまでの展示歴と関連カタログを配した。右側には,せんだいメディアテークの開館にあわせて再制作されたヴァージョンに関連する資料を並べた。後者では設計図も取り上げ,再制作ヴァージョンではプロジェクターが変更されたことを示した。展示台中央には,左から右へ時系列順で横一列に並ぶように展示プランの図面を並べ,オリジナルが展示された11m四方の空間サイズだけでなく,10m四方や8m四方での展示も行われたことがわかるようにした。情報量が多いため,展示台の中央に時間的な流れをもたせることで,読み手の視点が散漫にならないよう心がけた。
②シミュレーター
残り2台の展示台では,修復の作業の過程で制作されたシミュレーターに関わる資料を提示した。「シミュレーター」は,コンピュータ上の仮想空間で作品を再現するためのもので,「Actual」と「Ideal」の2種類が存在する。「Actual」は,現行の《LOVERS》におけるパフォーマーの実際の動きに基づくもので,「Ideal」は古橋が編集したヴィデオに基づき,彼が制作時に思い描いていたであろう理想的な動作をシミュレートするものである。左側の展示台では,ステップ・モーターの動きのグラフに合わせ,動画のコマが一列のタイムラインで提示されている(図5)。グラフには「Actual」と「Ideal」がそれぞれ青と赤の線で示され,各グラフのずれの中に動きの違いを見ることができる。右側の展示台では,2台のPCを用いて,作品を3Dで再現した映像の「Actual」と「Ideal」をそれぞれ再生し,その手前に映像とモーターの動きを数値化したデータの表を並べた(図6)。
③修復作業記録
最後に,昨年度に行なった修復の作業日誌を写真とともにまとめ,プロセスを通覧できるパネルを掲示した(図7)。この内容をベースに,今回の《LOVERS》の展示記録を追加し,修復・保存のための指針をまとめて再編集を行なったものを,今年度に作成した「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復・保存・記録のためのガイド」に掲載した。

(芸術資源研究センター研究員 石谷 治寛)

 
図1: 京都芸術センターでの《LOVERS》展示風景
 
図2:修復関連資料の展示風景
 
図3:展示台1 (オリジナル・ヴァージョンのコンセプトと仕様書,カタログ)
 
図4:展示台2(ツアー・ヴァージョンと再制作ヴァージョンの展示歴


図5:シュミレーターの展示(各パフォーマーの動きをグラフ化したタイムライン)


図6:シュミレターの展示(コンピューター上の仮想空間で作品を再現する映像と数値化されたデータ)

図7:修復作業のプロセス紹介パネル

 

(図1.2.5.6.7 撮影:表 恒匡)


古橋悌二《LOVERS−永遠の恋人たち》展示
日時|2016年7月9日(土)−7月24日(日)
会場|京都芸術センター 講堂
主催|京都芸術センター

修復資料展示
日時|2016年7月9日(土)−7月24日(日)
会場|京都芸術センター 談話室
主催|芸術資源研究センター

 

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