現代美術の保存修復/再制作の事例研究 ―國府理《水中エンジン》再制作プロジェクトのアーカイブ化 シンポジウム「過去の現在の未来2」関連展示 の報告

   

 

國府理(1970~2014,京都市立芸術大学 美術研究科 彫刻専攻修了)は,自作した空想の乗り物やクルマを素材に用いた立体作品などを通して,自然とテクノロジー,生態系とエネルギーの循環といった問題を提起してきた美術作家である。國府は2014年,国際芸術センター青森での個展「相対温室」の作品調整中に急逝した。2012年に京都のアートスペース虹で発表された《水中エンジン》は,國府自身が愛用していた軽トラックのエンジンを水槽に沈め,水中で稼働させる作品である。エンジンから放出された排熱は揺らめく水の対流と泡を発生させ,幾本ものホースや電気コードを接続されて振動音とともに蠢くエンジンは,培養液の中で管理される人造の臓器のようにも見える。本来,自動車のエンジンは水中での使用を想定した設計ではないため,部品の劣化や漏電,浸水などのトラブルに見舞われた國府は,展示期間中,メンテナンスを施しながら稼働を試み続けた。発表の前年に起きた福島第一原発事故への批評的応答でもあるこの作品は,機能不全に陥ったテクノロジー批判を可視化したものだと言える。

國府の創作上においても,「震災後のアート」という位相においても重要なこの作品は,キュレーターの遠藤水城氏が企画した再制作プロジェクトにより,2017年に再制作された。実際の作業は,生前の國府と関わりの深かったアーティスト,白石晃一氏が担当した。技術的な問題に関しては,エンジン専門のエンジニアの松本章氏に協力いただいた。オリジナルに使われたエンジンが既に失われており,「水槽」のみが現存するため,今回の

再制作では「エンジン」部分が対象となった。オリジナルと同じ型番の中古エンジンを使用したが,入手不可能なパーツや追加パーツには,できるだけオリジナルに近い類似品を用いた。

再制作作業は,エンジンの型番の調査などの準備期間(2016年10月~12月)を経て,2016年12月~2017年4月に1台目の再制作を,6月~7月に2台目の再制作を,京都造形芸術大学のULTRA FACTORYで行った。再制作1台目は,遠藤氏が企画したグループ展「裏声で歌へ」(小山市立車屋美術館,4月8日~6月18日)に出品された後,オリジナルが発表されたアートスペース虹での「國府理 水中エンジン redux」展の前期(7月4日~16日)で展示された。再制作2台目は,同展の後期(7月18日~30日)にて展示した。

当研究センター研究員の高嶋慈は,この再制作プロジェクトに記録担当として参加し,シンポジウム「過去の現在の未来2」の関連展示として,再制作のドキュメントや関連資料を展示した。再制作されたエンジンも展示したが,資料展という性格づけを考慮し,水槽には沈めず,オリジナルの水槽と再制作のエンジンを別々に分けて展示するという方法を採った(図1,図2)。配置には視覚のトリックを仕掛け,水を満たした水槽と天井から吊ったエンジンが一直線上に連なる真正面の視点から見ると,あたかも水槽の中にエンジンが浸かっているかのように見える。再制作のエンジンの隣には,同じく再制作に用いた関連パーツ(バッテリー,燃料タンク,キャブレーター,マフラー,排気パイプなど)を展示した(図3)。

また,展示室中央の水槽とエンジンの左右両側には,計5台の展示台を設置し,オリジナルの関連資料および再制作の作業プロセスの記録を紹介した。左側手前の展示台には,導入部として,國府による文章とドローイング(原寸大の複製)4点を展示した(図4)。この文章は,《水中エンジン》が初めて発表された2012年の個展の際に書かれた。「熱源」と「拡散」という概念をキーに,科学技術とエネルギー,自然界と人の営みの関係性について考えるもので,《水中エンジン》のみならず,國府作品とその根底にある思想を理解する上で重要な文章である。ドローイングのうち2点は,2012年の個展と,《水中エンジン》が再展示された2013年の個展「未来のいえ」(西宮市大谷記念美術館)でそれぞれ発表されたものである。残り2点(現物は未発表)では,興味深いことに,エンジンからの排気ガスが貯まっていく「貯蔵タンク」が描かれている。実現しなかった構想段階でのイメージだが,國府自身が上述の文章で述べているように,排気ガスを貯めるバルーンを荷台に載せて走る軽トラックの作品《CO₂ Cube》(2004)との関連を思わせ,過去作品との繋がりを示す点で重要であると考え,紹介した。

また,左側奥の展示台では,國府が上記2回の個展で展示した「オリジナル」のエンジン2台と再制作の2台,それぞれの稼働の記録映像を紹介した(図5)。合わせて,チラシやDM,展覧会カタログ,再制作の稼働の記録ノートも閲覧できるように展示した。再制作2台の方には,安全性を考慮してオリジナルから改変した点について説明したパネルも添えた。

一方,右側の展示台では,再制作の作業プロセスを,写真に実物や図面を交えて紹介し,記録映像も展示した(図6)。設計図や操作マニュアルが残っていないため,実際の作業は試行錯誤の連続だった。まず,作業用の冶具フレームを組み立ててエンジンを吊るし,不要と思われるパーツの除去,必要と思われる追加パーツの取り付けや加工を,記録写真や映像と照合して進めた。平行して,大気中でのエンジンのアイドリングテストを繰り返した。次に,不要パーツを取った穴やパーツ同士の隙間からの浸水を防ぐため,金属製・紙製のガスケット(密閉用のシール材)やシリコンを挟み,エンジンの密閉度を高めるシーリング作業を行った。その後,エンジンを水槽に移設し,浸水箇所のチェックと水中での動作テストを繰り返した。

この再制作プロジェクトは,作者不在という困難な状況の下,《水中エンジン》という具体的な作品の再制作の事例にとどまらず,不完全さや危険性をも内包した動態的な作品における「同一性」「自律性」の問題,劣化した素材を交換しながら新陳代謝的に生き延びる作品のあり方,何を保存対象とすべきかの判断の根拠や正当性,再制作におけるアーカイブの重要性など,現代美術作品の再制作や保存・修復における課題を広く照射するものであり,本展示がその一端となれば幸いである。

高嶋 慈(芸術資源研究センター 非常勤研究員)

 

現代美術の保存修復/再制作の事例研究

―國府理《水中エンジン》再制作プロジェクトのアーカイブ化

シンポジウム「過去の現在の未来2」関連展示

日時:2017年11月21日(火)~29日(水)

会場:兵庫県立美術館  アトリエ1

主催:芸術資源研究センター,國府理「水中エンジン」再制作プロジェクト実行委員会,兵庫県立美術館

 

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