第14回アーカイブ研究会「ものが要請するとき加速する」の報告

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第14回目のアーカイブ研究会では,美術家木村友紀さんにお話しいただいた。彼女は,蚤の市などで入手した既製の写真を空間に展示するインスタレーションを発表してきた。

アーカイブには写真など視覚資料も収集の対象に含まれるが,ファウンドフォトを用いた美術の仕事は,アーカイブの問題といかに関わるのか関わらないのか。
そうした企画趣旨を受けて,木村氏は,ここ最近現代アートの領域で語られるようになった「アーカイブ的衝動」(ハル・フォスター)という論文や、「アーカイブ的」という言葉に違和や抵抗を感じていることをまず表明した。彼女は古い写真や日常的な写真を収集し保管していることは確かだが,そこから作品ができるかといえばそうではなくて,たくさんの素材の中からほんのわずかな部分に芽生えや閃きを感じたとき作品が生まれるという。「ものが要請するとき加速する」という本レクチャーのタイトルは,アーカイブという語の使用を避けて,あえてずらしてつけられたものである。木村氏にとって作品制作では批評的な意図をもった再解釈やその手法が大事であり、そうした視点から近年取り組んできた2つの展覧会の制作プロセスについて丁寧な説明がなされた。
サンパウロ・ビエンナーレやNYで発表された《KATSURA》(2012)では,母方の祖父の遺品として引き取った写真が用いられた。彼女の祖父は写真が趣味のアマチュア・カメラマンで,遺された大量の写真のなかで,封筒に入った桂離宮の写真が木村氏の興味を惹いたという。当初は祖父の写真を作品に使おうとは思ってはいなかったが,桂離宮の歴史背景を調査するなかで,次第に作品に結実していった。番号が振られた24枚の写真を並べ直し,被写体の空間的配置を再構成しようとすると,修復前の桂離宮のツアールートが浮かびあがってくる。木村氏は建築史家中谷礼二によるテキスト「桂の案内人」を参照にして,数々のモダニズム建築や写真に参照された桂離宮のイメージが,このツアールートをたどる眼差しと切り離せないことを再確認する。くわえて素人カメラマンによって薄曇りの独特な雰囲気のなかに捉えられた南国由来の蘇鉄に注意を払う。これは日本庭園のなかのエキゾチズムにあたり,モダニズム建築のメソッドのなかには十分に文脈化されなかった要素だろう。サンパウロ・ビエンナーレでは,オスカー・ニューマイヤーの空間が与えられたことによって,場所の意味がいっそう重層化されることになった。そこにモダニズムの建築言語であるグリッド・システムを用いて写真を並べるとともに,視線を遮るヤシの植木を配置することで,桂離宮のツアーで撮影する祖父の体の動きと,「いまここ」で写真を鑑賞する視線の動きとが奇妙な仕方でずれつつも重なってくる。
もうひとつはミラノでのレジデンスから生まれた《AN EXTRA TRANSPARENT HISTORY》(2013)である。ディレクターにフリーマーケットを案内してもらいながら写真を探すなかで見つけたのは,古い写真立てであった。2枚のガラスで写真を挟むシンプルなフレームの構造と写真の裏表が見える両面性に興味をもったという。その構造を作品に転換すると決めたが、そこに最適な写真を探すことは困難であった。写真をスキャンし、ごみ取り作業を進めるなかで,ランダムに選んだ2枚が,ある扉の両側から撮影された中と外のイメージであると発見し、フレームの構造と引き合い作品が生まれた。写真がガラス板の裏表に立てられ,さらに白黒写真と,赤い蛍光色のアクリル板とガラスで覆われた黒に近い茶色が塗られたパネルが展示空間に置かれる。木村氏は,ガラスのエッジがブルーに光って見えるように配置し,それによって写真がモノとして置かれ,その存在感が引き立たつように工夫したという。扉や窓として外や内へと鑑賞者を誘いつつも,通過できない障害物として立ち上がってくる透明に反射する見知らぬ場所が現れる。
木村氏は、イメージメーキングよりも造形の手法の開拓やボキャブラリーを広げていくことに興味があり、ノイズから共鳴が立ち上がる可能性を拾いあげるのだという。冒頭で「アーカイブ」についての見解が一言触れられたほかそれ以上の言及はなかったが、木村氏が創作活動を通してこの問題に批評的にアプローチしてきたことが理解できた。木村氏が探求する「歴史」とは、フレームやガラスといったモダニズムの造形言語の歴史であるとともに、それらは異質な時間が共有される場にずらされ組み替えられる未知の可能性に溢れている。こうした木村氏の試みはアーカイブの創造的活用の未来にも共鳴する、貴重な企てになっているように思われた。資料保管所というアーカイブの一機能とは相容れないが、親密な解釈の時間を担保しながらも、複数の時間を共存できる場所をいかに開いていくかが問われている。

(芸術資源研究センター研究員 石谷 治寛)

 

第14回アーカイブ研究会

「ものが要請するとき加速する」

講師:木村友紀(美術家)

日時:2016年10月27日(火)17:30–19:00

会場:ギャラリー@KCUA

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