第15回アーカイブ研究会「アール・ブラウン音楽財団— 理念, 記録,プロジェクトとアクティビティー」の報告

アール・ブラウン(1926-2002)は,アメリカの実験音楽家グループであるニューヨーク・スクールの一員で,ジョン・ケージと並び,音楽における不確定性,記譜法の革新に対して独自の表現を追求した作曲家である。第15回アーカイブ研究会では,アール・ブラウン音楽財団ディレクターのトーマス・フィヒター氏を迎え,アール・ブラウンの作品とそのアーカイビング,普及のための活動についてお話しいただいた。

講演では,はじめに財団の設立経緯について紹介された。ブラウンは,生涯に47作品を残したが,最初期の《December 52 》(1952) が代表作として知られる以外には,多くの作品について知られてこなかった。その背景には,楽譜や資料のアーカイブが整っていなかったことが挙げられる。1999年に音楽財団がブラウン自身と夫人のスーザン・ソリンズ氏によって設立され,2002年にブラウンが死去したのち,夫人が遺志を継いだ。2004年にフィヒター氏をディレクターとして迎え,設立から約15年をかけて楽譜・資料をまとめるアーカイブ・プロジェクトが展開されてきた。

続いて,フィヒター氏は60年代の作品を中心に,ブラウンの「Open Form(開かれた形式)」のコンセプトについて,同時代の美術からの影響を説明した。楽譜上に音響エレメント(要素)を作曲し,演奏者が任意にそれらの組み合わせを選択できるように構成した「Open Form」は,アレクサンダー・カルダーの「モビール(動く彫刻)」から着想を得ている。66年に作曲された《Calder Piece》では,実際にカルダーがこの曲のために音響彫刻を制作しコラボレーションが実現した。さらにジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングにおける「spontaneity (自発性)」をブラウンは指揮法に取り入れた。フィヒター氏は,ブラウンによるリハーサルの動画とコメント,さらにポロックやカルダーの絵画作品,彫刻作品の図版などを用いてこれらの影響関係を具体的に示した。このようにブラウンの作品にはニューヨーク・スクールの音楽家と美術家の深い関わりが見られることから,20世紀のアメリカ音楽史だけでなく,美術史を含む芸術史にとって貴重な資料であることがうかがえる。

後半は,財団が取り組んだアーカイブ・プロジェクトについて紹介された。最初に取り組んだのは楽譜の再出版プロジェクトである。ブラウンの作品は,自主出版やヨーロッパ・アメリカの複数の出版社から出版されていたことから,楽譜の入手が容易ではなかったことをフィヒター氏は指摘した。加えて,ブラウンはオリジナルの楽譜から部分を切り取り,コピーを継ぎ合わせたコラージュで作曲する方法を多用したため,スコアからオリジナルの情報が失われているものが多数あった。これらの楽譜を演奏可能な状態にまとめることはアーカイブ化において重要な仕事であった。手書きの楽譜を読みやすいようデジタル化し,楽譜の出版状況を整えたことにより,楽譜入手が容易となったことはプロジェクトの大きな成果である。

ブラウンは60-70年代にかけて,アメリカだけでなく,ヨーロッパ,南米などで活躍した前衛音楽家の演奏を収録したLPレコード『Contemporary Sound Series』をプロデュースした。これによりヨーロッパの前衛音楽がアメリカに広く紹介されたことが,ブラウンのプロデューサーとしての大きな功績であるという。アーカイブでは,このレコードシリーズをCDとして再販するプロジェクトも行った。また,書簡,草稿,写真,新聞の切り抜きなどの資料を全てデジタル化し,オンライン上で資料が閲覧できるよう整備し,アクセシビリティーの高いアーカイブを実現した。これらの資料は,研究者だけではなく,テート・モダンのカルダー回顧展(2015-2016,ロンドン),ニューヨークでの現代音楽のコンサートなど,さまざまな場面で活用された事例が報告された。

近年,アール・ブラウンの研究が飛躍的に進んでおり,2017年には,研究成果をまとめた論文集の出版が予定されている。私設の音楽財団としては比較的小さな組織でありながら,限られたリソースのなかで工夫し,アーカイブ化を進めてきた成果が芸術史の研究に大きく貢献していることがうかがえた。アーカイブ整備と活用のための創意工夫が重要であることを改めて認識する良い機会となった。

(大阪大学文学研究科博士後期課程 青嶋 絢)


「アール・ブラウン音楽財団― 理念,記録,プロジェクトとアクティビティー」

講師|トーマス・フィヒター(アール・ブラウン音楽財団ディレクター)

通訳・コーディネート|青嶋 絢(大阪大学文学研究科博士後期課程)

日時|2016年11月30日(水)17:30–19:00

会場|京都市立芸術大学大学会館交流室

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