京都市立芸術大学芸術資源研究センター開設記念事業の報告

 symposium.01

 京都市立芸術大学の創立記念日に当たる7月1日に芸術資源研究センターの開設記念事業を開催した。京舞井上流の井上安寿子氏による祝舞で幕を開けた第一部の創立記念式典では,建畠晢学長の挨拶のあと,来賓代表として門川大作京都市長,中村三之助京都市会議長にご祝辞を頂いた。
 第二部の芸術資源研究センター開設記念シンポジウムでは,まず,能楽金剛流シテ方の金剛龍謹氏,宇高竜成氏,宇高徳成氏と,本学日本伝統音楽研究センター教授の藤田隆則(芸術資源研究センター兼担教員)によるワークショップ「舞と謡の過去・現在・未来 記譜法と身体伝承」を行った。このワークショップでは,20世紀初頭にフランスの銀行家であるアルベール・カーンによって設立された「地球アーカイブ」の中から,1921年に撮影された金剛謹之輔(金剛龍謹氏の高祖父)の舞の映像が上映されるとともに,それに合わせた金剛龍謹氏による謡や舞が披露された。また,本学の総合基礎実技という授業の中で行われた,金剛龍謹氏の舞を再現可能なかたちでデッサン=記譜する試みも紹介された。人的な資源,歴史的な資源,教育的な資源が交錯するこのワークショップでは,過去からの/未来への能楽の伝承の諸相が舞台上でダイナミックに展開されていたといえるだろう。
 ワークショップに続いて,本研究センター専任研究員である加治屋健司准教授をコーディネーター,金剛龍謹氏,石原友明美術学部教授,柿沼敏江音楽学部教授,藤田隆則教授をパネリストとして「創造のためのアーカイブ」をテーマとしたパネル・ディスカッションが行われた。石原教授の発表は,記譜法という観点から美術学部の実践を紹介するというものであった。総合基礎実技の授業や「犬と歩行視」プロジェクトなどの紹介を通じて,過去の「作品」に潜む情報の束をある種の「楽譜」とみなし,それを新しいやり方で「演奏」すること,情報としてアーカイブ化されたものを物質化,身体化することの重要性が指摘された。続いて柿沼教授は,ジョン・ケージの著作,『Notations』(1969)から五線譜という記譜法へのケージの懐疑を指摘した上で,ケージの作品《VariationsⅡ》(1961)を手がかりにして彼の楽譜について考えを紹介した。線と点で構成された《VariationsⅡ》の「楽譜」は,いわゆる「楽譜」ではなく,曲を作るためのツールなのであり,演奏される曲はケージのものでありながら演奏者のものでもあるという性格を持つことが指摘された。藤田教授と金剛氏は,前段のワークショップを踏まえて映像を前に演じることの困難さや過去と現在の能の差異について言及した上で,伝統芸能の継承には,身体性を物質化すること,すなわち記譜が肝要であることを示唆された。時間の都合上,十分なディスカッションは行われなかったものの,過去の作品や情報の蓄積から新たな創造活動が行われる可能性とその条件について確認することができた。
 第三部は芸術資源研究センター開設記念講演として,哲学者の鷲田清一先生に「『アートと社会』という,大事だけれどもへんな問題」というテーマでお話しいただいた。近年「アートと社会」という話題がしばしば取り沙汰されるが、しかし,アートという領域は流動化しており,アートと社会の区別はもはや自明ではなくなっているのが現状である。そのことを踏まえた上で鷲田氏は,生きる術としてのアートに立ち戻ること,アートが培ってきた技術を他の領域において積極的に活用していくことが求められており,そうした意味でのアートを来たるべき将来に向けてアーカイブしていくことが重要であると述べられた。役に立つか否かを早急に判断するのではなく,いざという時のためにアーカイブを残していくこと,いざという時に参照できるような研究を行っていくことの必要性を主張し,講演を締めくくられた。

(芸術資源研究センター非常勤研究員 林田新)

芸術資源研究センター開設記念事業
日時:平成26年7月1日(火)午後1時30分~午後4時30分
場所:京都市立芸術大学講
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