第10回アーカイブ研究会「映像民族誌とアーカイヴの可能性  記録映画『スカラ゠ニスカラ バリの音と陶酔の共鳴』 上映+レクチャー」の報告

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第10回アーカイブ研究会では美術家、映像・音響作家、映像人類学研究者として活動されている春日聡氏を招き、春日氏の記録映画『スカラ=ニスカラ バリの音と陶酔の共鳴』の上映会とレクチャーを開催した。

『スカラ=ニスカラ バリの音と陶酔の共鳴』は春日氏が博士課程修了にあたっての審査作品として2010年に東京藝術大学大学院美術研究科に提出した映像作品を元に、2012年に再制作された作品である。春日氏の解説によれば、本作はバリの寺院や村落の祭祀儀礼で行なわれるトランス・ダンスとバリ特有のコスモロジーをモチーフにしたサウンド・スケープで織りなされた映像・音響民族誌である。この60分弱の映像作品は一般的な映像民族誌の手法とは異なり、儀礼や芸能の一回性を克明に記録したものではなく、全体はバリのコスモロジーの軸となる5大元素「土・水・火・風・空」をテーマとする5章から構成されている。それぞれの章ではその主題に沿って、春日氏が1992年から2008年までの間にバリでのフィールドワークで録音・撮影した儀礼の音と映像が、録音・撮影の時期や音と映像の同一性とは関わりなく、いわばコラージュ的な手法で用いられていた。上映終了後は「映像民族誌とアーカイヴの可能性」をめぐり、春日氏による映像民族誌の制作にあたっての様々な課題に関するレクチャーが、これまでのフィールド体験や映像民族誌の成立史的な背景の説明を交えながら行なわれた。

本作は音と映像の同一性にこだわらずに編集が行なわれているなど、特定の儀礼の始まりから終わりまでを定点観測的に記録するというような、いわゆるオーセンティックな手法とは異なる手法で制作された民族誌である。そのため、本作をみてもバリの祭祀儀礼や芸能がどのようなものであるかは理解できないだろう。本作がこのような制作手法をとった理由は、春日氏によれば、バリの特定の祭祀儀礼や芸能自体ではなく、それらを生み出すバリヒンドゥーの宗教的な概念を描くことを目指したためである。このバリのコスモロジーを記述するという目的のために、本作ではすでに述べたようなコラージュ的な映像編集だけでなく、たとえばバリヒンドゥーのコスモロジーにおいて重要とされる音響性を伝えるため、映像に付された音は音楽家の久保田麻琴氏による音響マスタリングが施されていた。この音響マスタリングにはトランスと関わりのある祭祀儀礼の場の金属的な音を感覚的にも強調する意味がある。

春日氏はレクチャーの中で、他者の体系を理解するために自身の思考体系を壊すことが民族誌であるとした映像人類学の祖ジャン・ルーシュを参照しながら、映像民族誌の記述の目的について「“そこそこの”客観性の担保」しつつ、「フィールドに基づく体感を記述する」ことであると述べた。映像人類学の目的は他者をどのように映像的に表象するかその可能性を探り、そして記録するということだが、かつての映像民族誌は「客観性」に立脚するあまり、他者の「異質性」を強調してしまったことで70年代に批判された。だが、その理論的な反省を経て、近年の映像人類学の領域では対象を記録することと表象における表現とを、実践として複合的に試みる映像民族誌が模索されるようになってきている。春日氏の「フィールドに基づく体感」を記述するあり方は、そのような実践の一つの興味深い事例であったように思う。

(芸術資源研究センター非常勤研究員 竹内 直)

 

第10回アーカイブ研究会

「映像民族誌とアーカイヴの可能性 記録映画『スカラ゠ニスカラ バリの音と陶酔の共鳴』上映+レクチャー」

講師:春日 聡(美術家,映像・音響作家,映像人類学研究者)

日時:2015年12月8日(金)17:00–19:00

会場:京都市立芸術大学中央棟L1

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