ワークショップ「メディアアートの生と転生 保存修復とアーカイブの諸問題を中心に」の報告

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2016 年2 月14 日,京都市下京区元崇仁小学校にて,修復された古橋悌二《LOVERS——永遠の恋人たち——》の一般公開と,ワークショップ「メディアアートの生と転生 保存修復とアーカイブの諸問題を中心に」を開催した。作品公開には多くの観客が訪れ,63名が参加したワークショップは活気ある議論の場となった。

第一部の報告「古橋悌二《LOVERS》とその修復」では,当センターの加治屋健司による挨拶に続き,所長の石原友明を聞き手に,作家の高谷史郎氏が今回の作品修復にいたった経緯と修復内容について説明を行なった。高谷氏は作品データを試験するために制作したシミュレーターを紹介し,このシステムを実作品と組み合わせて作成できたことが,メディアアートの保存修復を考えるうえで大きな意義があったと述べた。それを受けて石原は,本事例のように作品のソースコードとシステムをデジタル情報に置き換え,多くの人がアクセスできるオープンなものにしていくことこそが,新たな創造を育む契機となると提言を行なった。

第二部の共同討議「メディアアートの保存修復とアーカイブの諸問題」では,まず3 名の発表者が事例研究を報告した。はじめに久保田晃弘氏(多摩美術大学美術学部教授)は,「アーカイブからエコシステムへ メディアアートのアーカイブは難しくない」と題して,多摩美術大学における三上晴子の作品と資料の保存についての取り組みを報告した。メディアアートの保存修復は,従来の美術作品の保存にならったハードウェア重視の姿勢を改める転換期にある。とりわけ三上作品は,技術の進歩に合わせて作品自体がその構造を更新していく性質を持つことが特徴であった。それゆえ久保田氏は,コードをもとにコンピューター上で作品自らが更新し続ける「生成的アーカイブ」を可能とするようなエコシステムの構築を主張した。今後も三上のイメージを大事にしながら,作品のヴァージョンを更新することを予定しているという。ネット上の既存のツールを活用し,研究者がシステムを共に改善しながら,実践を進めることこそが重要であると強調した。

続いて畠中実氏(NTTインターコミュニケーション・センター学芸員)の発表「ICC における作品および展覧会のアーカイブ化」では,美術館の立場から,メディアアートの収集と展示について事例報告がなされた。2000年までにICC で委嘱制作を通して収集されたメディアアートは14 作品ある。しかし,再展示する際の費用と労力など現実的な問題が障害となり,現在展示可能なのは常設展示している1 作品のみというのが実情である。ICC はこれまでもデジタルアーカイブに力を入れており,美術館の展示活動や作家インタヴューを広く公開し,メディア芸術の動向を俯瞰的に整理する役割を担ってきた。保存不可能な作品の再現性や同一性を高める取り組みとして,現在特に力を入れているのが,展示インストールのドキュメンテーションと保存修復についての作家インタヴューである。また,近年,記録写真や映像といった歴史的アーカイブを読み解くことによって,再現不可能な作品をよみがえらせる展覧会が増加している。これを背景に,畠中氏はハード面のオリジナリティもこれまで同様に重視する必要があることを強調し,多様な歴史的資料の保存を実現するためにも,複数の機関との連携が必須であることを指摘した。

最後の登壇者である松井茂氏(情報科学芸術大学院大学准教授)は,「IAMAS メディア表現アーカイブ・プロジェクト メディア表現を文化資源とする社会循環モデルの構築」と題し,現在進行中のプロジェクトの事例報告を行った。1996 年に開校されたIAMAS は,メディアアートとは何か,ということを確認する過程を通して,大学のアイデンティティを形成してきた。近年は美術だけでなく,社会工学や周辺領域からもこれを捉えようとする動きが強まっているという。IAMAS はコレクションを持たないため,アーカイブにおいても技術を用いた新たな作品記述の方法を研究することを重視している。例えば,インタラクティブアートの作品を記録するプロジェクトでは,3Dスキャニング技術を用いて作品と鑑賞者の身体関係を記録する試みを行なっている。松井氏は,作品資料の収集と編纂をより豊かなものにするために,あえてメディアアートに特化させない作品記述の方法を考案していく必要もあることを指摘し,アーカイブに対して研究者が批評的観点をもつことの重要性を強調して発表を締めくくった。

これらの発表を受けて佐藤守弘氏(京都精華大学デザイン学部教授)は,メディアアートの記録における問題を,音楽における記譜・録音と創作の歴史に喩え整理した。さらに,メディアアートがテクノロジーの進化と深く結びつくことによって旧来の芸術作品の概念を打ち破ってきた以上,記録方法についてもその時代ごとで考え続けねばならないと所見を述べた。

その後,加治屋を司会に加えてディスカッションが行なわれた。美術の歴史化がナショナリズムと密接に関係してきた経緯を踏まえ,これから行なわれるアーカイブとは誰のためにあるべきか,それぞれの立場から意見が述べられた。さらに,旧来のハード保存に始終せず,メディアアートを未来に保存していくための新しい記述方法の考案の必要性と可能性について,質疑を交えて活発に意見交換が行なわれた。一方で,来場していた美術館学芸員からは,専門の技術職員が確保できず,保存修復にかける予算が極めて厳しい国公立美術館の現状について説明が加えられた。それを踏まえ,どのように継続的に事業に取り組み,機関同士で情報を共有し,専門的な人材を育成していくか,将来に向けてのより具体的な提案が行なわれた。その議論を通じて,今回の《LOVERS》の事例のように,複数の機関が協力し取り組みを広く公開することで,少しでも解決可能な事例を増やしていくことの必要性が共有された。

アーティスト,学芸員,研究者から発表された事例報告は,それぞれの立場と所属する機関の特性に基づいた個別的なものながら,メディアアートの保存修復における共通する課題を浮き彫りにするものであった。「生きた」メディアアートを将来に伝えるため、何をどのように保存修復し,どのような情報をアーカイブ化するのかという問題は,作品の本質に関係し,その「転生」の方法は一様ではない。今回のワークショップは,保存修復の多様な可能性について研究を進めていく必要を改めて認識させるものとなり,今後のアーカイブ構築に向けて有益な情報交換の場となった。

(芸術資源研究センター非常勤研究員 菊川 亜騎)

 

ワークショップ「メディアアートの生と転生 保存修復とアーカイブの諸問題を中心に」

日時:2016年2月14日(日)13:30–16:45

会場:元・崇仁小学校

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