建畠晢特別授業の報告

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本学の前学長で,現在は客員教授である多摩美術大学学長の建畠晢氏に,「国際展とキュレーション 今年のヴェネチア・ビエンナーレをふまえて」と題して特別授業をしていただいた。

建畠氏はまず,近年の世界の展覧会の大きな流れを作ったものとして,1989年にパリのポンピドゥー・センターとラ・ヴィレットで開催された「大地の魔術師たち」展を取り上げた。同展キュレーターのジャン=ユベール・マルタンは,文化人類学者と一緒にアフリカやアジアを中心に世界中を調査して,各地域の「純粋な魔術師(マジシャン)」を探したという。農民,職人,大工である彼らが作るものを,現代美術家の作品と区別なく展示した画期的な展覧会だった。

建畠氏は,各文化の固有性を認めたうえで互いを対等であるとする「文化多元主義」と,様々な文化が重層的に重なり合う「多文化主義」を区別した上で,「大地の魔術師たち」展は前者に基づくものであったと指摘した。1984年から85年にかけてニューヨーク近代美術館で開かれた「20世紀美術における『プリミティヴィズム』」展が,非西洋文化をあくまでもインスピレーションの源泉とのみ見なして,西洋中心主義にとどまっていたのに対して,「大地の魔術師たち」展は異文化に対するリスペクトがあったと指摘する。しかし同時に,西洋の文化の影響を受けていない「純粋な文化」のみを求めた点で批判されたという。アフリカやアジアには植民地時代にできた美術学校があり,そこで西洋美術を学んで作品を制作してきた作家が多数いるにもかかわらず,そうした作家たちを取り上げなかったからである。

「大地の魔術師たち」展のもうひとつの重要な点は,展覧会の準備のために3人の中国人を招いたことである。批評家の費大為(フェイ・ダウェイ)と侯瀚如(ホウ・ハンルー),作家の黄永砅(ホァン・ヨンピン)である。彼らは渡仏後に天安門事件が起こったため,そのままパリに残ることになり,後に,中国現代美術の紹介をはじめとする国際展のグローバルな展開に大きな役割を果たすことになった。

その後,建畠氏は,2002年にカッセルで開かれたドクメンタに話を移した。ヴェネチア・ビエンナーレと並び称されるこの国際展は,この回,ナイジェリア出身のオクウィ・エンヴェゾーがディレクターを務め,多文化主義をさらに推進することになった。エンヴェゾーが非西洋の作家を多数取り上げたのは,その前の1997年のドクメンタが,カトリーヌ・ダヴィッドのもとで主に西洋の作家を取り上げたのと対照的であった。とは言え,エンヴェゾーを含め,多文化主義やポストコロニアルな考えを主張するアフリカやアジアのキュレーターの多くは,自国ではなくアメリカで教育を受けている点にも留意するべきであると述べた。

最後に,2015年のヴェネチア・ビエンナーレについて,展覧会の概要を説明し,写真を見せながら主な作品を論じて講義を終えた。

質疑応答では重要な指摘があった。建畠氏は,国際展は現代美術の本質の理解にはあまり役立たないという。国際展は,様々な人々,考え,文化が存在するという多様性を保証するものであり,市民社会を寛容なものにすることに意味があるのである。多様性を喜びをもって受け入れ,コミュニケーションを生み出すことにアートの機能があるのではないかと建畠氏は述べた。

建畠氏の講義は,国際展に代表される世界の展覧会の動向を,その歴史的な経緯を踏まえて論じるものであった。本学の学生にとって,現代美術の展示に対する歴史的な視点を学ぶ,得がたい機会となったのではないだろうか。

(芸術資源研究センター准教授 加治屋 健司)

 

特別授業「国際展とキュレーション 今年のヴェネチア・ビエンナーレをふまえて」

日時:2015年7月23日(木)13:00–14:30

会場:京都市立芸術大学大学会館交流室

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