シンポジウム「来たるべきアート・アーカイブ 大学と美術館の役割」の報告

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 2014年11月24日,六本木の国立新美術館でシンポジウム「来たるべきアート・アーカイブ 大学と美術館の役割」を開催した。建畠晢本学学長の開会挨拶に続いて,基調講演として会場提供等にご協力いただいた国立新美術館館長の青木保氏に「グローバル時代におけるアーカイブと美術館」というタイトルでお話いただいた。青木氏は冒頭で東日本大震災以降,被災地の記憶をアーカイブすることへの関心が高まっていること,そしてグローバル時代においてアート・アーカイブが国際的に注目されていることを確認したうえで,「記録」と「記憶」についてお話された。パトリック・モディアノやセルジュ・クラルスフェルトなどの著作を導き手とすることで,微細な痕跡から失われた時間を賦活すること,カタストロフを記憶する方法,記録の蓄積とその消失の危険性など,アーカイブの根幹に関わる本質的な話題が展開された。
 続く事例報告では,まず渡部葉子氏(慶應義塾大学アート・センター教授)が,「ファジーでフラジャイルであり続けること 慶應義塾大学アート・センターの取り組み」と題した報告を行った。渡部氏は,慶應義塾大学アート・センターでの活動を紹介した上で,ファジーとフラジャイルという言葉を軸にアーカイブの運営について発表された。アーカイビングの作業は果てしなく,また,資料の集積するところが常に既にアーカイブなのであり,それゆえ,アーカイブとは制度や組織によって統制することが困難な曖昧で脆弱なものである。アーカイブを運営していくためにはそうしたファジーでフラジャイルな性格を前提にしていかなければならないのである。
 次いで川口雅子氏(国立西洋美術館情報資料室長)の報告「美術作品の記録を残すということ 美術館アーカイブズの視点から」では,美術館のアーカイブについて問題が提起された。西洋美術館はまだアーカイブと呼べるような制度を確立してはいないものの各種資料の収集を行っている。美術作品の来歴をたどり,その歴史的価値を判定することは美術館の社会的責任だからである。しかし,美術館にとって重要なのはあくまでも美術作品である。そのことを確認した上で川口氏は,美術作品と各種資料のアーカイブの関係が整理されないままにアーカイブについての議論が展開されているのではないかという問題を提起し,両者の関係をしっかりと見定めていく必要性を主張した。
 谷口英理氏(国立新美術館情報資料室アソシエイトフェロー)の報告「美術館とアーカイブ 国立新美術館の事例」では,美術館におけるアーカイブが抱えている様々な問題が指摘された。まず,美術館における各種資料の所在が不明で活用できる状態にないこと,アーカイブの重要性が主張される一方で体制が追いついていないこと,著作権や個人情報などについてのガイドラインが共有されていないこと、といった全国的な問題について指摘された。また,所蔵作品を持たない国立新美術館は国立美術館5館の中で唯一資料の収集,公開といったアート・センター機能を持っている。しかし,スタッフが任期制の雇用であるがゆえに継続性に乏しく,館外との連携が困難であったり寄贈者の信頼が得られなかったりすること,あるいは,所蔵作品を持たないゆえに「所蔵作品総合目録検索システム」に参加できていないといった問題が示された。
 最後に登壇した本学の石原友明(京都市立芸術大学美術学部教授)は,「創造的誤読 制作とアーカイブ」と題した報告を行った。石原が話されたのは,制作者の立場からアーカイブを創造的な技法として捉え直す試みについてであった。そのように捉える時,アーカイブは「情報を記録する技法としての書き方」と「記録されたアーカイブを読み解く技法として読み方」という二つの側面から考えることができる。こうした観点において石原が主張したのは,アーカイブから過去を正確に再現することではなく,誤読を恐れず新たな創造へと賭けていく「創造的誤読」である。「創造的誤読」によって情報化されたアーカイブの諸要素をいかにして物質化,身体化していくことができるのか。こうした制作者としての関心が論じられた。
 続いて,四名の事例報告者に本研究センターの加治屋健司をパネリストに加え,林道郎氏(上智大学教授)の司会のもとパネル・ディスカッションが行われた。ディスカッションでは,実務的なアーカイブの運営や制作者によるアーカイブの活用の仕方,アーカイブを読む作法といった実際的な話題から,近年のアーカイブへの関心の急激な高まりと歴史観の変容の関わりといった理論的なものまで,極めて多様な話題が提起された。ディスカッションを通じて改めて感じたのは,多くのアーカイブが構築されている昨今の現状の一方で,まだまだアーカイブについて議論すべき論点が数多く残されているということである。今回,提示された様々な論点は,今後アーカイブの理論と実践について考えるための有効な指針となるのではないだろうか。

(芸術資源研究センター非常勤研究員 林田新)

京都市立芸術大学芸術資源研究センターシンポジウム 
「来たるべきアート・アーカイブ 大学と美術館の役割」
日時:2014年11月24日(月)13:30—17:00
会場:国立新美術館3階講堂
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