第16回アーカイブ研究会「IT IS DIFFICULT」の報告

チリ出身でニューヨーク在住のアーティスト,建築家,映像作家であるアルフレッド・ジャー氏の講演を芸術資源研究センターで行った。本レクチャーは,東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻における講演を皮切りに,森美術館,京都精華大学,金沢21世紀美術館など,いくつかの場所を巡回したものであり,「IT IS DIFFICULT」と題された。
本レクチャーでは,まずトルコの海岸に打ち捨てられたシリア難民の男児の遺体写真をスクリーンに投影することからはじめ,つづいて広島で黙祷する人々の映像を見せる。さらに2011年3月11日という日付を画面に大写しにしながら,ジャー氏が2013年のあいちトリエンナーレでの作品に向けた調査で出会った,石巻市の小学校の黒板へと話題は進んでいく。ジャー氏は,黒板を使用する許可を得るために遺族に会いに行き,子どもたちの筆触の跡が残されないようにきれいにして欲しいという言葉を受け止め,それを暗い部屋に展示した。その黒板に,広島の原爆時の出来事を題材にした栗原貞子の詩から「生ましめんかな」という文字(津波で亡くなった遺児と同年代の子どもによって書かれた)が3分毎にプロジェクターで投影された。その展示の様子を,大学の教室のスクリーンに投影しながら,さらに他の国で行ったプロジェクトへと話が続けられた。
スウェーデンにおける紙で美術館を建設しそれを燃やす試み,フィンランドで移民に対する厳しい入国管理をテーマにして100万冊のパスポートの複製を並べた展示。これらは難民というテーマのプロジェクトにつながる。アイ・ウェイウェイが遺児の写真を自ら真似て難民問題を訴えたのとは異なり,ジャー氏は多くの人がそこで亡くなった無人の海岸の写真を内側に配した箱をつくり,それらを人々に配り,遭難者の監視を行っている団体に募金を呼びかけるメッセージを加えた。
次に,ジャー氏が紹介したプロジェクトの開催場所は,欧州からアメリカ大陸へと移った。ジャー氏はチリ出身であることを本講演で殊更に強調することはなかったが,1987年にニューヨークのタイムズ・スクエアで電光掲示板に「これはアメリカではない」というメッセージを発したプロジェクトは,合衆国とラテン・アメリカ諸国との齟齬を強調するものだった。このメッセージは2014年のニューヨーク,2016年のメキシコ,ロンドンで再掲示されており,移民制限をめぐる現在の状況にも響く。最後はカナダのモントリオールでのプロジェクトである。このプロジェクトは,現在はホームレスの人々のシェルターとして使われている大聖堂(旧国会議事堂)で行われた。その建物は5回も消失しては再建されたと言う。そこで生活している人々が,自分の存在をアピールしたい時にボタンを押すと,ドームが赤いライトで染まる。このプロジェクトは《街の灯り》と名付けられた。ジャー氏が強調するのは,ホームレスの存在を公共空間で顕在化させながらも,彼らのプライベートな生活を守ることにあった。
ジャー氏はレクチャー後,精力的に参加者の質問を受け付けていた。レクチャー全体の印象としては,個々の事象が連想によって結びつけられることへの違和感もないわけではなかったが,日本での活動にも触れながら,世界で起きている難民問題へのジャー氏の継続的な関心の一端を知ることができた。また,プロジェクトを実現するまでのプロセスや考えには,ミニマルなスタイルの作品の印象からはわからない深い洞察に溢れており,刺激的であった。

(芸術資源研究センター非常勤研究員 石谷 治寛)

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