第3回アーカイブ研究会「記憶/記録/価値 ミュージアムとアーカイヴの狭間で」の報告

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 今回で第3回を迎えるアーカイブ研究会では,京都工芸繊維大学美術工芸資料館の平芳幸浩氏を迎え,「記憶/記録/価値 ミュージアムとアーカイブの狭間で」というテーマでお話いただいた。議論の導入として平芳氏が提示されたのは,平芳氏が勤務する美術工芸資料館の英語表記,「Museum and Archives」であった。1981年の開館当時,いかなる経緯によってこの英語表記がなされるに至ったのかは不明ではあるものの,このMuseumとArchivesを併記する命名の背後には美術品と非美術品を区分する価値判断があったのではないかと平芳氏は指摘した

 そのことを踏まえた上で平芳氏は,こうした区分や価値判断は今日ではもはや自明ではなくなっているのではないか,という問題を提起された。すなわち,美術作品の価値は,ナラティブ(物語)やコンテクスト(文脈),あるいは他の作品やそれを受容する観客との関係性の中からその都度生じてくるのであり,美術品それ自体が一定の価値――例えば美的価値――を自律的に有しているわけではない,という考え方が主流となってきているのである。例えばハプニングやパフォーマンスのような保存不可能な作品を未来へと伝承することを考えた場合,それに関する資料や記録が価値を持つようになる。あるいはテート・モダンがそうであるように,時間軸にそって作品を展示するのではなく,あるテーマに基づき作品を展示することによって新たな価値の発見へと観客を誘っていくような展示が行われている。この点において美術品と資料との価値区分はもはや自明なものではなくなっているといえるだろう。美術品と資料はどちらも,新たなナラティブを生成させる価値創造のためのリソースとして,いわばオープン・テクストとして扱われているのである。
 美術をめぐる価値の変化は「美術の歴史」についても再考をせまるものであろう。平芳氏はこうした事態を表す歴史学の用語として「記憶の場」――フランスの歴史学者であるピエール・ノラが提唱した概念――を提示した。歴史学では,過去の出来事を実証的に探っていくのではなく,過去の記憶が後にどのように再利用され,読みかえられていくのかが論点となっている。「記憶の場」とは,そうした展開の場を意味する言葉である。記憶の歴史学とは,過去の出来事を再構成するのではなく「再記憶化」であり,過去の想起ではなく,現在の中の「過去」に焦点を合わせるものなのである。
 最後に平芳氏は,ご自身が長らく研究されてきたマルセル・デュシャンの作品を取り上げ,すでにそこにこうした価値変化の機運が見いだしうるのではないか,とデュシャンの「再記憶化」の可能性を提示し議論を締めくくった。今回の平芳氏のレクチャーは,美術をめぐる価値の変化を手掛かりとしつつも,より広域な視点からアーカイブを考えていく手がかりを与えてくれるものであった。とりわけ「記憶の場」としてのアーカイブという着想は,本研究センターが掲げる「創造のためのアーカイブ」というコンセプトにとっても非常に示唆を与えてくれるのではないだろうか。

(芸術資源研究センター非常勤研究員 林田新)

第3回アーカイブ研究会「記憶/記録/価値 ミュージアムとアーカイブの狭間で」
日時:2014年9月30日(火)17:00—18:30
会場:京都市立芸術大学第三会議室
講師:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)
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