第12回アーカイブ研究会「不完全なアーカイブは未来のプロジェクトを準備する」の報告

第12回アーカイブ研究会3

第12回アーカイブ研究会は,アーティストで翻訳家の奥村雄樹氏をお招きして,「不完全なアーカイブは未来のプロジェクトを準備する」と題し,近作の説明を中心にお話しいただいた。

奥村氏は,現在,オランダのマーストリヒトとベルギーのブリュッセルを拠点に制作活動を行なっている。2013年にブリュッセルのWIELSでレジデンスを行なうにあたり,ベルギーのギャラリーを調べていたところ,アントワープでコンセプチュアル・アートなどを紹介していた伝説的なギャラリー,ワイド・ホワイト・スペースのことを知り,そこで1967年に展覧会をした高橋尚愛という日本人のアーティストに関心を持った。奥村氏は,美術史の中では忘れられた存在となっていた高橋の所在を突き止めて会いに行き,2013年にWIELSで,ワイド・ホワイト・スペースでの高橋の展覧会の再現を企画した。当時の展覧会は展示風景の写真が残っておらず,だからこそ,この展覧会を行なったという(ただし作品はほとんど現存していた)。2013年の六本木クロッシングでは,ウェブ上の情報やアーティスト・トークの記録映像とともに,このときの高橋の個展の展示風景を,自身の写真作品として展示した。つまり,そこには展示風景を撮影するために展覧会を行なうという転倒があったのである。2015年にはアムステルダムのギャラリーで,奥村氏が高橋氏になりきってインタヴューに答えるという作品も発表している。奥村氏の作品は,キュレーションやパフォーマンスを通して,高橋氏という別のアーティストに再解釈を与えるものである。

続けて,奥村氏は,京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで開催している個展「な」で発表した,河原温との会遇に着想を得たサウンドインスタレーションの新作《グリニッジの光りを離れて 河名温編》についても話した。河原温は姿を見せないアーティストとして知られているが,宮内勝典の小説『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社,1980年)には,河原をモデルにしたと思われる「河名温」が登場し,その生活の様子が描かれている。奥村氏は,この小説で「河名温」が出てくる部分を主に用いつつ自らの経験も加えてこの作品を作った。小説の翻案という形式をとった作品なのである。

このように,奥村氏は,他人の存在や作品をもとにして,通訳,翻訳,翻案といった変換の形式を用いて作品を作っている。自分以外の主体になること,主体の身体的な限界を超えることに関心を抱いてきたという。こうした作業は単なる変換ではなく,しばしばオリジナルの捏造まで起こってしまうことがあり,創造的なものである。従って,それは,別の主体とのコラボレーションではないと奥村氏は述べる。両者は対等な関係ではなく,全体の設計を奥村氏がやっていることに意味があるのである。

奥村氏の関心は通訳や翻訳といった言語的なものが中心だったが,近年では,そこからキュレーションへと関心が広がっているという。高橋氏の展覧会はその重要な事例だろう。キュレーションへの取り組みは,制度批判としてではなく,主体の変換という奥村氏の長年の関心に端を発していると言える。

アーカイブに関して,奥村氏は,アーティストとは,アーカイブの欠落部分にこそ関心を持っており,アーカイブの綻びにこそ,来たるべきプロジェクトを夢想することができるのではないかと述べる。1967年の高橋の展覧会の会場風景の写真がなかったこと,また,河原の生活が記録されていなかったことは,いずれもアーカイブの欠落であり,そこから奥村氏の作品は生み出されたのである。奥村氏の作品は,近年増加するアーカイブ型の作品のように,リサーチした結果をただ展示するだけのもの,欠落を埋めるだけものではなく,そこから生まれた着想をもとに手を加えた,創造的なものである。奥村氏の話は,研究者が志向するアーカイブとは異なる,アーティストによるアーカイブの可能性を提示するものであり,アーカイブ研究会にとって意義深いものであった。

(芸術資源研究センター准教授 加治屋 健司)

 

第12回アーカイブ研究会

「不完全なアーカイブは未来のプロジェクトを準備する」

講師:奥村雄樹(アーティスト,翻訳家)

日時:2016年2月23日(火)17:00–18:30

会場:ギャラリー@KCUA

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