第27回アーカイブ研究会
シリーズ:トラウマとアーカイブvol.3
このまえのドクメンタって結局なんだったのか?!
シリーズ第三回目は,石谷治寛氏にお話いただきます。
日時:2019年12月17日(火)17:30−
場所:京都市立芸術大学 芸術資源研究センター
参加無料(事前申込不要)
チラシ
ドクメンタとは5年毎にドイツのカッセルという街で行われている国際芸術展です。今回のアーカイブ研究会では,2017年のドクメンタとは何だったのかをあらためて振り返ります。ドクメンタは,第2次世界大戦中に国が規範にそぐわない近代美術を禁止したことへの反省から,戦後に開始された現代美術展でした。そうした経緯から,表現の自由を象徴する展覧会として,国際的に注目され続けています。2017年に行われた14回目のドクメンタでは,ギリシアのアテネとも共催で,両都市間の連携がなされました。その背景には,ギリシアの文化や思考法が西洋文明にとって重要な規範になってきただけでなく,現在の欧州においても,南と北の経済格差や,地中海を超えて流入する移民など,さまざまな欧州の歴史と現在を照らし出すと考えられたからでした。ドイツーギリシア間とそこから広がる重層的な歴史を主題にした展示物の中には,美術作品や音楽だけでなく,アーカイブ資料の提示も含まれ,パフォーマンスや議論を通して,トラウマ記憶を再演する試みもみられました。本研究会では,さまざまな主題に分けて,全体像を読み解きながら,終了後の論争もふまえて,ドクメンタ14をいま振り返ります。(石谷治寛)
■講師プロフィール
石谷治寛|Ishitani Haruhiro
芸術論・美術史。京都市立芸術大学芸術資源研究センター研究員,非常勤講師。十九世紀フランス美術と視覚文化に関する研究から,外傷記憶の再演を扱う現代アート,メディア芸術の保存とアーカイブなどを考察。京都国際芸術祭パラソフィア2015や,岡山芸術交流2019に関する論考もウェブ媒体に発表している。著書に『幻視とレアリスム―クールベからピサロへ フランス絵画の再考』(人文書院)。共同企画に『MAMリサーチ006:クロニクル京都−ダイアモンズ・アー・フォーエバー,アートスケープ,そして私は誰かと踊る』(森美術館)など。
シリーズ:トラウマとアーカイブについて
芸術資源研究センターが行う研究会「アーカイブ研究会」では,今年度〈シリーズ:トラウマとアーカイブ〉と題して,連続的な講演と議論の場をもちます。
公的な歴史や大きな物語からこぼれおち,それゆえ忘れ去られていく出来事とその記憶については,その記憶を聞きとり,引きうけ,わがこととして受けつぐ試みが,近年多くの場面で行われ,論じられています。
今回考えてみたいのは,忘れ去られつつあり,かつ忘れてはならないと思われるにも関わらず,差別や暴力の経験,負の記憶に結びついているために,あるいは今それについて語ることが新たな暴力や差別を引き起こしかねないために,思い出すことや語ること自体が現在でも困難であるような出来事とその記憶―トラウマ的な記憶―についてです。
たとえば,差別の経験や,国と国のあいまにある中間的な場所の記憶などについては,それについて語る・想起する・言及すること自体が,当事者にとってはもちろん,アーティストや研究者にとってもむずかしいという現状があります。しかしながらだからこそ,そうしたことがらについて語り,聞き,話すための場所が必要だとも言えます。
では実際に,こうした経験と記憶については,どのような試みやアプローチが可能でしょうか。本シリーズでは,記憶をアーカイブする装置としての芸術やフィクションの可能性に注目してみます。集団的というよりも個的な記憶,言語的・歴史的史料というよりも,フィクションや視覚的資料,そしてさまざまな「モノ」などに焦点をあてるこうした実践が,いまどのように可能なのか。異なるフィールドを対象に,忘れられるべきではない経験と記憶についての研究や表現活動を実践してこられた方たちをお迎えし,語ること,想起すること,聞きとり・引きうけ・受けつぐことの可能性とその具体案について,考えてみたいと思います。(芸術資源研究センター教授 佐藤知久)
2019/11/26
プロジェクト「うつしから読み取る技術的アーカイブ」
「模写を読む-画家は何をうつしてきたのか」
京都市立芸術大学芸術資料館の収蔵品は,来年140年を迎える本学の歴史の中で,様々な機会を得て集められてきました。それは本学にとって歴史の語り部ともいえます。
模写は古くから絵画の学習における一 段や,貴重で実見が難しい本物の代用品などの役割を担ってきました。近代以降はその目的・役割が多様化し,それとともに様式も変化しています。例えば次のような用途が挙げられます。
・美術学校という研究,教育機関の資料
・文化財の現状を正確に記録する資料
・運筆手本に代わる初学者用の手本
・時代による 「さび」を含めて味わう鑑賞絵画
・科学的な分析を活用した復元
これらの用途の違いによって,線一本の描き方も違ってきます。一見,変わらないものの代表のように見える古画の模写ですが,実は極めて歴史的な産物なのです。
本学の資料館には,江戸時代から平成まで,数多くの模写が所蔵されています。これらを読み解くことで,人の手でうつし伝えられてゆくものの可視化を試みます。
【主な展示予定作品】
村上華岳《釈迦成道図》(模本)1912年
林司馬《法隆寺金堂六号壁観音菩薩像》(模本)1948年ほか
本展企画担当
美術学部日本画博士課程/非常勤講師 小林玉雨
美術学部教授 田島達也
会期:2019年10月26日(土)-12月1日(日)9:00−17:00 月曜休館(月曜日が祝日の場合は翌火曜日休館)
ギャラリートーク:11月26日(12:15~12:45)
会場:京都市立芸術大学 資料館
入場無料
うつしから読み取る技術的アーカイブ
2019/11/20
2019年11月17日(日曜日)16時45分から,京都市南区の北河原市営住宅跡地(通称マンモス団地)において開催される「東九条野外劇場 まちがつくる×まちがめぐる×まちがのこす」において,本学の客員教授で美術家の森村泰昌氏による新作「野生『能』」が上演されます。また前夜祭として16日(土曜日)には公開リハーサルもが予定されています。
前夜祭を含む開催時間中,彫刻専攻の小山田徹教授による焚き火を囲む共有空間「小さな火床」も登場します。
是非お出かけください。
前夜祭:2019年11月16日(土曜日)16時~20時 ※雨天時は中止
本 番:2019年11月17日(日曜日)12時〜18時30分 ※雨天時は元山王小学校
森村泰昌氏による新作「野生『能』」は16時45分から上演
会 場:北河原市営住宅跡地(通称マンモス団地)(雨天時:元山王小学校)
所在地: 京都市南区東九条北河原町1
入場料:無料
主 催:京都市
問合せ THEATRE E9 KYOTO(一般社団法人アーツシード京都)
TEL:075-661-2515(10時〜18時)
mail:info@askyoto.or.jp
チラシ
東九条野外劇場 まちがつくる×まちがめぐる×まちがのこす 一般社団法人アーツシード京都
2019/11/11
プロジェクト「伝統音楽の記譜法からの創造」企画
実演付講演会「古琴の記譜法と奏法の関係性」
講演・演奏 吳釗(Wu Zhao/ゴ ショウ)氏
(国家級非物質文化遺産古琴芸術代表性伝承人)
古琴・中国音楽史研究者、古琴演奏者。1935年蘇州生まれ。查阜西、吳景略より古琴を学ぶ。南開大学卒業後、北京の中央音楽学院民族音楽研究所に入所し、中国音楽史を研究、『中国古代音楽小史』『中国音楽史』等を刊行。1985年に中国芸術研究所に入所、音楽史研究室の主任を務める。北京古琴研究会秘書長、中国琴会会長等を歴任。2008年に国家級非物質文化遺産古琴芸術代表性伝承人に指定される。
通訳:方芳(神戸大学大学院博士後期課程)
司会・企画・構成:武内恵美子(芸術資源研究センター副所長)
日時:2019年11月7日(水)12:00−14:00
会場:京都市立芸術大学 新研究棟2階 大会議室
参加費:無料(未就学児はご遠慮ください)
チラシ
中国の伝統楽器である古琴は,中唐以降現在まで使用されている「減字譜」と呼ばれる固有の楽譜を使用します。これは漢字の一部を記号化した奏法譜です。現在は単に記号としてのみ認識されている減字譜ですが,本来,記号化された漢字と奏法には何らかの関係があったのではないかと考えられます。
古琴の演奏方法は,特に文化大革命以降変化したとされており,減字譜の記号が持っていた本来の意味と奏法にずれが生じたのではないかと推測されます。
この文化大革命以前の奏法と記譜法の関係について,古琴研究の第一人者であり,元中国芸術研究員音楽史研究所の主任で,「国家級非物質文化遺産古琴芸術代表性伝承人」(日本の人間国宝に相当)に認定されている吳釗先生をお招きし,講演および演奏をしていただきます。
2019/10/25
「時間と空間に分け入る」
~フルクサス作品の演奏をとおして〜
日時:2019年10月30日(水)10:40−12:10
場所:京都市立芸術大学 大学会館ホール
主催:芸術資源研究センター
担当:井上明彦(美術学部教授/造形計画)・砂原悟(音楽学部教授/ピアノ)・岡田加津子(音楽学部教授/作曲)
チラシ
1960年代以降,さまざまなジャンルとメディアを横断して芸術と日常をつなぐ実験を国際的規模で繰り広げてきたフルクサス。その中心メンバーとして活躍された音楽家・塩見允枝子先生によるフルクサス作品の演奏会を行います。演奏は美術学部,音楽学部の学生と教員,来場者のみなさん,そして塩見允枝子先生ご自身です。
どなたでも来聴できる公開授業です。
1_ジョン・ケージ〈2’47″〉(原題〈4’33″〉)
2_フィリップ・コーナー〈ヘッダー〉
3_フィリップ・コーナー〈時空と距離の調和〉
4_ジュゼッペ・キアリ〈ムシカ・マドゥレ〉
5_小杉武久〈ディスタンス・フォー・ピアノ〉
6_エリック・アンダーセン〈オペラ・インストラクション〉
7_トマス・シュミット〈サニタスNO.35〉
8_エステル・フェラー〈ステージの横断〉
9_塩見允枝子〈ジィージ・マチューナスへの追悼〉
■講師プロフィール
塩見允枝子(しおみみえこ)氏 SHIOMI Mieko
音楽家。1938年,岡山市に生まれる。1961年,東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。大学在学中より小杉武久らと「グループ・音楽」を結成,即興演奏やテープ音楽の制作を行う。1963年,ナム・ジュン・パイクを通じてフルクサスを紹介され,翌年ニューヨークに渡る。1965年,メールによるイヴェントシリーズ「スペイシャル・ポエム」を開始。同年帰国。1969年,音楽や映像,美術,舞踊など多様なジャンルの融合の実験として開催されたクロストーク・インターメディアに参加。1970年より大阪を拠点に活動,言葉と音を軸にした室内楽や劇場的な作品を発表。90年代から電子テクノロジーへの関心を持ち,音と視覚的要素を結合したパフォーマンスを編み出す。1995年パリ,1998年ケルンにて個展。その後も国内外で数々のフルクサス展に参加し,各地で演奏会やワークショップを行う。本学では,2005年11月の「アクアプロジェクト」でワークショップ開催,2014年から芸術資源研究センター特別招聘研究員。2015年にも大学会館で大規模なワークショップを行った。著書に『フルクサスとは何か』(フィルムアート社,2005年)。本年6月,フルクサス時代からの作品をまとめた『塩見允枝子パフォーマンス作品集——フルクサスをめぐる50年』ほか。
2019/10/21
第26回アーカイブ研究会
シリーズ:トラウマとアーカイブvol.2
parallax(視差)―「向こう側」から日本を見る
シリーズ第二回目は,高嶋慈氏をお迎えします。
日時:2019年10月24日(木)17:30−
場所:京都市立芸術大学 芸術資源研究センター
参加無料(事前申込不要)
チラシ
占領期の日本で,将校用家族住宅としてGHQに接収された個人邸宅である「接収住宅」。20世紀初頭の朝鮮半島で,鉄道路線の中継地点として日本人が作った街,大田(テジョン)。植民地期の釜山に住んだ日本人の墓地を土台にし,朝鮮戦争の避難民がバラックを建てて住んだ「峨嵋洞(アミドン)」。日本の中の「アメリカ」と,朝鮮半島の中の「日本」。アーカイブに保存された写真イメージに残る「占領」の記憶。今も人が住む住宅,無人の廃屋,リノベーションされた店舗,再開発が同時進行し,忘却,融合と共存,上書き,転用,そして抹消という複数のレイヤーが共存する空間。批評家として美術作家のリサーチに並走するなかで見えてきた,入れ子状になった「占領」の記憶について,「トラウマ的な負の記憶が堆積する場所」としてのアーカイブと建築物を通して考えます。アメリカ国立公文書館が所蔵する「接収住宅」の写真資料と,韓国の大田に現存する日本家屋や住居の一部となった墓石の事例とともに,アートを通して負の記憶に対峙することの可能性や意義について考えます。合わせて,9月に行った韓国現地レポートも交えてお話しします。 (高嶋慈)
芸術資源研究センターが行う研究会「アーカイブ研究会」では,今年度〈シリーズ:トラウマとアーカイブ〉と題して,連続的な講演と議論の場をもちます。
公的な歴史や大きな物語からこぼれおち,それゆえ忘れ去られていく出来事とその記憶については,その記憶を聞きとり,引きうけ,わがこととして受けつぐ試みが,近年多くの場面で行われ,論じられています。
今回考えてみたいのは,忘れ去られつつあり,かつ忘れてはならないと思われるにも関わらず,差別や暴力の経験,負の記憶に結びついているために,あるいは今それについて語ることが新たな暴力や差別を引き起こしかねないために,思い出すことや語ること自体が現在でも困難であるような出来事とその記憶―トラウマ的な記憶―についてです。
たとえば,差別の経験や,国と国のあいまにある中間的な場所の記憶などについては,それについて語る・想起する・言及すること自体が,当事者にとってはもちろん,アーティストや研究者にとってもむずかしいという現状があります。しかしながらだからこそ,そうしたことがらについて語り,聞き,話すための場所が必要だとも言えます。
では実際に,こうした経験と記憶については,どのような試みやアプローチが可能でしょうか。本シリーズでは,記憶をアーカイブする装置としての芸術やフィクションの可能性に注目してみます。集団的というよりも個的な記憶,言語的・歴史的史料というよりも,フィクションや視覚的資料,そしてさまざまな「モノ」などに焦点をあてるこうした実践が,いまどのように可能なのか。異なるフィールドを対象に,忘れられるべきではない経験と記憶についての研究や表現活動を実践してこられた方たちをお迎えし,語ること,想起すること,聞きとり・引きうけ・受けつぐことの可能性とその具体案について,考えてみたいと思います。(芸術資源研究センター教授 佐藤知久)
■講師プロフィール
講師:高嶋慈|Takashima Megumi
京都市立芸術大学芸術資源研究センター研究員。美術・舞台芸術批評。ウェブマガジンartscapeにてレビューを連載中。企画した展覧会に,「Project ‘Mirrors’ 稲垣智子個展:はざまをひらく」(2013年,京都芸術センター),「egØ-『主体』を問い直す-」展(2014年,punto,京都),大坪晶「Shadow in the House」展(2018年,京都市立芸術大学 小ギャラリー)。共著に『身体感覚の旅 ― 舞踊家レジーヌ・ショピノとパシフィックメルティングポット』(2017)。
2019/10/16
第25回アーカイブ研究会
シリーズ:トラウマとアーカイブvol.1
《シャンデリア》自作を語る—近代歴史の中で生き残った人々の話から
シリーズ第一回目は、作家の裵相順(Bae SangSun)氏をお迎えします。
日時:2019年10月8日(火)17:30−
場所:京都市立芸術大学 芸術資源研究センター
参加無料(事前申込不要)
チラシ
芸術資源研究センターが行う研究会「アーカイブ研究会」では,今年度〈シリーズ:トラウマとアーカイブ〉と題して,連続的な講演と議論の場をもちます。
公的な歴史や大きな物語からこぼれおち,それゆえ忘れ去られていく出来事とその記憶については,その記憶を聞きとり,引きうけ,わがこととして受けつぐ試みが,近年多くの場面で行われ,論じられています。
今回考えてみたいのは,忘れ去られつつあり,かつ忘れてはならないと思われるにも関わらず,差別や暴力の経験,負の記憶に結びついているために,あるいは今それについて語ることが新たな暴力や差別を引き起こしかねないために,思い出すことや語ること自体が現在でも困難であるような出来事とその記憶―トラウマ的な記憶―についてです。
たとえば,差別の経験や,国と国のあいまにある中間的な場所の記憶などについては,それについて語る・想起する・言及すること自体が,当事者にとってはもちろん,アーティストや研究者にとってもむずかしいという現状があります。しかしながらだからこそ,そうしたことがらについて語り,聞き,話すための場所が必要だとも言えます。
では実際に,こうした経験と記憶については,どのような試みやアプローチが可能でしょうか。本シリーズでは,記憶をアーカイブする装置としての芸術やフィクションの可能性に注目してみます。集団的というよりも個的な記憶,言語的・歴史的史料というよりも,フィクションや視覚的資料,そしてさまざまな「モノ」などに焦点をあてるこうした実践が,いまどのように可能なのか。異なるフィールドを対象に,忘れられるべきではない経験と記憶についての研究や表現活動を実践してこられた方たちをお迎えし,語ること,想起すること,聞きとり・引きうけ・受けつぐことの可能性とその具体案について,考えてみたいと思います。(芸術資源研究センター教授 佐藤知久)
作家ノート
夢でも行きたかった大田、朝鮮大田生まれのある日本人は終戦後、引き上げてから亡くなるまで一度も大田に行かず、遺骨の一部を大田のある山に入れてほしいと遺言を残した。その遺言を聞いた息子も今では82歳になっている。それで逆に日本で生まれ朝鮮の人と結婚し、終戦後、韓国の釡山に行った日本人の女性は104歳になり、今も韓国にいる。
私は 2015 年から約3年間、韓国中部の大田にある小さな街「蘇堤洞」を調査し、故郷と国籍が一致しない日本人たちへのインタビューを行うなど、数年間にわたって誠実な調査や記録を重ねた。インタビュー対象者は 80~90歳と高齢で、彼らと自分が共にいられる時間はあまり残っていない。
激動の近代日韓史を生き抜いてきた彼らの語られることなかった記憶や想いを聞く行為から作品に至るまでの複雑な気持ちに向き合っている。それを作家として作品に繋げていくプロジェクトでもあった。(裵相順|Bae SangSun)
■講師プロフィール
講師:裵相順|Bae SangSun
1997年成均館大学美術教育科(美術教育専攻)卒業。
2002年武蔵野美術大学造形研究科美術専攻修了。
2003年ロイヤル・カレッジ・ オブ・アート(版画専攻)交換留学生。
2008年京都市立芸術大学 大学院美術研究科博士(後期)課程満期退学。
2005年と2008年,日本のVOCA「現代美術の展望-新たな平面の作家たち」の展示に選ばれ、韓国と日本を始め,多くの国際的な展示に参加した。現在は京都を拠点に制作し,活動している。
Selected exhibition
2019
‘Moon-Bow’,Jarfo,Kyoto
‘Layer’s of time’,Gallery Lee&Bae,Busan
‘KG+ Selected 12’,Junpu Elementary School,Kyoto
2017
‘Repeat & Repeat’,Sfera Exhibiton,Kyoto
‘International artist Solo Exhibition’,CIGE,Beijing
2016
‘Daejeon research project final show'(2 years running from 2015)
‘TEMI art centre’,Daejeon,Korea
‘DMZ project’,Korea,(3years running from 2014)
2014
‘Line’s Echo’,Ujong Museum of Art,Korea
‘Over & Over’,Imura Art Gallery,Kyoto
2013
‘Dividing Line,Connecting Line’,Collaboration with Michael Whittle,Zuian-an,Kyoto
2019/10/01
プロジェクト「フルクサスのオーラル・ヒストリー」(2014年度-2018年度)はフルクサスのアーティスト靉嘔,エリック・アンデルセン,塩見允枝子,一 柳慧,フィリップ・コーナーへのインタヴューを行ってきました。
今回,フィリップ・コーナーのオーラル・ヒストリーの日本語訳が完成しましたのでお知らせいたします。
フィリップ・コーナー オーラル・ヒストリー(日本語)
フィリップ・コーナー(フィル・コーナー)(1933年~)
1933年ニューヨーク市ブロンクスに生まれる。ニューヨーク市立大学で作曲を学んだ後、パリ音楽院のオリヴィエ・メシアンのクラスで音楽分析を学ぶ。帰国後コロンビア大学大学院でオットー・ルーニングとヘンリー・カウエルに作曲を師事し、修士号を取得した。その頃、ジョン・ケージやその仲間たちと知り合うようになり、ジャドソン・メモリアル教会でパフォーマンスを開始する。1962年、ヴィースバーデンの国際現代音楽祭でフルクサスのメンバーがいまや悪名高い「ピアノ破壊イヴェント」を披露したが、これはコーナーの作品《ピアノ・アクティヴィティーズ》を独自に解釈したものだった。作曲、演奏のほかニューヨークのガムラン・グループ「サン・オブ・ライオン」の活動にも関わり、カリグラフィーや美術を含む多彩な活動を展開している。1992年にイタリアのレッジオ・エミリアに移住。
その他のオーラル・ヒストリーはこちらからご覧いただけます。
フルクサスのオーラル・ヒストリーアーカイブ
2019/09/09
Anthro-film Laboratory 36
鼎談 『芸術と人類学の交差点で書き、創り、教えるとき』
日時:2019年7月9日 (火)17:30ー
会場: 京都市立芸術大学芸術資源研究センター
※参加予約等、必要なし
■話す人
池内須摩(シカゴ美術館附属美術大学 )
川瀬慈 (国立民族学博物館/総合研究大学院大学)
佐藤知久(京都市立芸術大学)
■要旨
アメリカの作家カート・ヴォネガットが、「自然科学のようなふりをしている詩を学んでみてはどうか」という指導教授の誘いに惹かれて文化人類学の世界に足を踏み入れたという話があります。マヤ・デレン、ウルスラ・ル・グイン、グレゴリー・ベイトソンなど、芸術と人類学の境界を自由に生きた面白い人たちというのはけっこうたくさんいますが、一方で学問的、科学的な人類学がこの種の領域横断的な思想のほとばしりを押さえてしまうことも多いです。かくいうヴォネガットの修士論文も型破りであったことからシカゴ大学に受理されず、数十年後に大学が彼の小説に修士号を与えると言いだすまで、学位は授与されませんでした。
今でこそ全く別々の分野と見られがちな芸術と人類学ですが、その接点から噴き出す創造力は、ふたつの領域の原点が酷似していることを示唆してはいないでしょうか。では、学問的な枠組みの中に身をおきながらも、芸術と人類学の交差点で書き創り教えることには、今日いったいどんな意味があるのでしょうか。池内須摩による話題提供、問題提起を中心に「芸」と「学」の境界にて活動する三人が鼎談を行います。
■Profile
池内須摩(いけうちすま)
文化人類学者。兵庫県出身。北海道大学卒業後に渡米、米国のエモリー大学人類学部より博士号を取得。シカゴ美術館附属美術大学(School of the Art Institute of Chicago)教養学部助教。
著書には日本における日系ブラジル人還流移民と南米宗教の伸長についてのエスノグラフィー『Jesus Loves Japan: Return Migration and Global Pentecostalism in a Brazilian Diaspora』(スタンフォード大学出版)があり、映像作品では全米人類学会の映像人類学分科会映画祭で発表した『In Leila’s Room』がある。日本の移民や宗教について研究しつつ、アメリカの美大の学生に人類学・宗教学・移民学を教えており、芸術と人類学の交差点について模索中。www.sumaikeuchi.com/
川瀬慈(かわせいつし)
映像人類学者、国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授
www.itsushikawase.com/japanese
佐藤知久(さとうともひさ)
文化人類学者、京都市立芸術大学教授
2019/04/04
重点研究の一つ「富本憲吉アーカイブ・辻本コレクション」より『わが陶器造り』が刊行されました。
発行 2019年1月11日
企画 京都市立芸術大学芸術資源研究センター
編者 森野彰人 前崎信也
発行所 株式会社 里文出版
1952 年,京都市立美術大学教授であった富 本 憲吉 (1886 –1963 )は陶芸を学ぶ学生たちのために教科書を書きました。 それが『わが陶器造り』です。
作陶から焼成,販売までのノウハウが詳細に記されたガリ版刷りの小冊子。
そこには、富 本 の「陶芸家とはこうありたい・こうあるべき」 という魂の叫びが宿っているようです。
今回詳細な注釈を付け足した復刻版を刊行しました。
2019/01/30