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敦煌莫高窟第285窟の壁画制作における下描きの役割に関する研究

―(論文要旨)―

 

1. 研究の背景および目的

 本研究は、中国甘粛省敦煌市にある仏教石窟寺院遺跡・莫高窟に描かれた壁画を対象とする。第285窟は、莫高窟に現存する最古の紀年を持つ石窟である。壁画の保存状態もよいことから、莫高窟初期における仏教文化の展開を紐解く上で重要な石窟である。本研究では、第285窟壁画の制作工程を復原的に考察するため、下描きに着目した。どのような下描きで壁画制作がなされたのかを明らかにすることは、壁画全体の構想や制作手順を考察する上で重要であると考えられる。そこで今回は、壁画の下描きとその役割、さらに描画に先立つ計画について考察することを目的とした。

 

2. 研究方法

 第285窟壁画に関する従来の技法材料研究にて、モチーフの下描きには赤褐色の線描が用いられていると報告がある。そこで本研究では、第285窟の南・北・東壁の壁画を対象として、制作工程の復原的考察を試みた。研究方法は以下の通り。1)現地で赤褐色の線描の観察し、線の形態と分布を明らかにする。2)赤褐色の線とその周辺の彩色を観察し、下描きが描かれた時期や図像との関係を明らかにすることで、それぞれの下描きの役割について考察する。3)壁画の構想と下描き線との関係、壁画の制作手順を考察する。

 

3. 結果および考察

 従来の研究では、モチーフの形を描く上での下描きと考えられる赤褐色を呈する線描が観察されている。本研究では上記の描線と同様の色調を呈する線を観察し、その形態と分布を明らかにした。その結果、壁画には、モチーフの下描きと考えられる線描のほかに、赤褐色の直線が引かれていることが分かった。また、下図を転写した痕跡や、彩色の色を指定した痕跡は確認できなかった。形態的特徴から、赤褐色の直線には、筆でひいた線と色材を染み込ませた糸を壁に弾いてつけた線の2種があると考えられる。直線と周辺の彩色の関係から、筆による直線は下描きではないが、糸による直線は下描きであったと考えられる。

 それぞれのモチーフの下描きは、赤褐色の直線を目安に配されたと考えられる。一部のモチーフは、糸でつけられた線のみを目印に、モチーフの下描きはぜずに彩色材料で直に下地の上に描かれたと推察される。糸でつけられた直線には、壁面を区切る、直線をあらわすための基準とする、モチーフの位置を決める、如来像の中心の目安にする、といったいくつかの異なる役割があったと考えられる。

 糸でつけられた一部の水平線は、複数の壁にわたってほぼ同じ高さで観察される。当時の壁画の構想を推察すると、これらの線は、壁画の描画のごく最初の工程として印された可能性がある。

 

4. まとめ

 第285窟の壁画の下描きには、モチーフの形を描く下描きの他に、赤褐色の色材を染み込ませた糸を壁に向かって弾いてつけたと考えられる直線が観察された。モチーフの下描きは、赤褐色の直線を目安に配されたと考えられる。赤褐色の直線は、壁面を区切る、直線をあらわすための基準とする、モチーフの位置を決める、如来像の中心の目安にする、といったいくつかの異なる目的があったと考えられる。これらの直線には、複数の壁にわたって高さが同じになるようにひかれた水平線があり、壁画の描画のごく最初の工程として印された可能性がある。

2014年度 同窓会賞 大学院 保存修復専攻 院2回生 中田 愛乃 NAKADA Akino

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