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ハンス・ベルメール作品における文学の外延としての人形 -1918年から1932年の作家の読書をとおして-

ハンス・ベルメール作品における文学の外延としての人形

―1918年から1932年の作家の読書をとおして―

日本における球体関節人形という文化を語る時に、私たちは四谷シモン、澁澤龍彦、そしてハンス・ベルメールの名を出さずに始めることはできない。1965年のある日、四谷シモンが古本屋で見かけた澁澤龍彦によって書かれたハンス・ベルメールに関する記事に衝撃を受け、人形作りに新しい示唆を得て、今まで使ってきた道具をすべて捨てた、という話はあまりにも有名である。四谷シモンに引き続き、多くの人形作家が日本では生まれたが、その一方で美術としての人形の評価は残念ながら充分ではない。それはどういった理由からなのだろうか。また、もとを辿れば今日本で広まっている人形文化はどのような人形観に即して展開されてきたのだろうか。

その人形論の基礎となるのは、やはり最初の一石を投じたベルメールの人形制作に間違いないだろう。四谷シモンはベルメールの人形に大きな示唆を得た後、実際に澁澤と交友関係を持ち、また、シュルレアリストでもあった瀧口修造やベルメールの著作『イマージュの解剖学』を翻訳した種村季弘とも交流があった。同時代の西洋に精通していた人々から、ベルメールの制作の基盤となった文化について聞いていたこともあっただろう。その系譜を日本の芸術における人形観が受け継いでいる可能性も決してゼロではない。

さらに、日本におけるベルメールの評価は必ずしも十分ではない。1960年から2000年の批評や論文の殆どは澁澤の残した刺激的で魅力的な言葉を引用していた。しかし、2000年以降には今までのような批判の対象になってきたものではない視点からベルメールの解釈を試みる論文も出ている。それは、ベルメールも名を連ねたシュルレアリスムという大戦期の芸術運動を、ある程度冷静に判断出来るようになり、その時代の作品解釈を今こそ求められているからだと考えられる。

以上をふまえて、今後の日本の芸術における人形の評価や理解に新見地を見出すことを視野にいれながら、そこに球体関節という美学を与えたハンス・ベルメールという作家の存在を再解釈する。大戦という社会背景と、若かりし作家を育んだダダ・シュルレアリスムという芸術運動が、文学と美術が手を取り合って各地で同時多発的に起こったものであることに注目し、ベルメールの持っていた人形観を今まで主題として論じて来られなかった文学を通して読み解く。

本稿はその第一歩とし、第1章ではまずベルメールの年表と著作『イマージュの解剖学』を整理し、第2章では2000年を区切りとしたベルメールの評価の変化についてまとめた。ベルメールを受容した当時の日本はサブ・カルチュアやアンダーグラウンドの隆興の中にあり、ベルメールはその一端として理解されたと考えられる。2000年以降にはその評価への偏りに疑問を投げかける論文が出てきた。「アナグラム」や「写真における可動性」など、理性的なテーマを掲げ、再解釈につとめた2本の論文をあげ、再評価への流れを確認する。第3章では、ベルメールの制作に影響を与えたとされるオペラの原作であるホフマンの『砂男』、制作を通じて関わったクライストの『マリオネット劇場について』をとりあげて、その2作品に対する批評をふまえつつ、ベルメールの作品との関連について論じた。実際の制作の中での『砂男』との関連は見出しにくいものであったが、ホフマンがクライストの『マリオネット劇場について』を読書していたことから、ホフマンとクライストが「人形の無意識」に関する人形観を共有していた可能性をあげ、さらにフロイトの『不気味なもの』での『砂男』の分析をとおしてベルメールもその人形観を共有していたことを示唆した。一方、同時代の文学的な影響としてはオーストリアの画家オスカー・ココシュカの書簡集の影響をあげた。ココシュカのアルマ・マーラーの人形をめぐる試みを知ったベルメールが、書簡集から人形制作の「アドバイス」を得ていたことは、定説的に語られるベルメールの人形制作のきっかけに加えることができる。画家が人形の特徴等を描き、人形作家に受注するという動きが同時代の画家によって行われていたということも興味深い点である。また、ベルメールの伝記を通して、ベルメールと19世紀文学、ダダ文学との深い関わりをまとめ、ベルリンダダの政治運動への共鳴だけではなく、ダダという芸術運動が美術と文学の両方から彼の制作に寄り添っていたことを提示した。ダダ文学のブックカバーや挿絵に見られる、ゲオルゲ・グロッスやジョン・ハートフィールドからの影響がそれを顕著に表している。

今回は、ベルメールが最初の人形をつくる前年の1932年までの読書を扱ったが、シュルレアリスムへの参加以降も挿絵やブックカバーに寄せた作品制作は続けられる。文学とベルメールの制作の関連性は、彼の作家像の新しい側面を見出す鍵となるだろう。

2015年度 市長賞 総合芸術学科 総合芸術学専攻 4回生 原田 紗希 HARADA Saki

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