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柴田是真の異素材写しについて

―(論文要旨)―

 

 柴田是真(1807~1891)は江戸時代から明治時代にかけて活躍した蒔絵師、絵師である。筆者が柴田是真を知るきっかけとなったのが、2010年4月に京都の相国寺の承天閣美術館で開催された「柴田是真の漆×絵」という展覧会である。そしてその出品作品の中で最も興味を持ったものが、漆芸の変塗という技法によって、木材や金属、墨など異素材の質感を巧みに表現した作品である。

 

 是真の研究者である安村敏信氏や小林祐子氏は、これらの作品における「だまし」の効果を指摘した。とくに小林氏は、これらの作品を「だまし絵」ならぬ「だまし漆器」と称した。

 

 安村氏と小林氏の論では「だまし漆器」に用いられている技法やだましの芸術的意義などを紹介しているものの、こうした作品の制作背景について是真の歴史的な出来事や当時の文化的な流れなどと関連付けて述べられていないように思われた。そのため、筆者はこの「だまし漆器」の論をきっかけとして、是真の異素材を写した作品の制作背景について、先行研究を参考に改めて考察していくことにした。

 

 第1章では、是真が異素材を写す技法として使用した変塗という技法に着目し、江戸時代中期頃の工芸資料を集成した「百工比照」をもとに、初期の変塗と是真の変塗での性質の違いを確認した。また是真以前に行われた異素材写しに目を向け、それぞれが持つ写しの意味と、是真の異素材写しの表現の独自性について考察した。第2章では是真の交友関係をみていき、是真の制作に与えた影響を考察した。

 

 江戸時代中期頃に成立した初期の変塗は、もともとは刀の鞘のための、耐久性にすぐれた装飾技法であった。変塗は、その色調や図柄は小さな面積におさまるような単調なものであったが、用いる材料や工程の工夫によっては、さらに多様な仕上がりを表現することができるものであった。是真は、この変塗の性質に注目し、研究を重ねたのである。是真の変塗は、別の素材を模した塗りが多くを占めているが、このような塗りは、初期の変塗にもいくつか存在しており、それらは模擬塗と称されるものであった。是真は、この模擬塗についての研究を特に熱心に行い、もともとの模擬塗が持つ素材の質感を表現するという効果を高め、さらには写すことができる素材の種類を拡大することに成功した。その結果、立体だけでなく、紙や絹などの平面にまで異素材写しを行うという、独自の表現を生み出したのである。

 

 また是真にとって、交流することが多かったのは、顧客である商人や、役者、狂言師、俳諧師などとつながりを持った大通人であった。是真は、このような人々を通して、当時の様々な文化人が好んだ諧謔的な趣向や感覚を積極的に察知していたのである。

 

 是真は、諧謔的で遊戯的な世界に身を置く彼らの趣向を意識しながら、自らが研究を重ねていた変塗、そのうち特に模擬塗に該当されるような塗りの表現を最大限にいかす作品として、さらに発展した異素材写しの作品を生み出したのではないだろうか。異素材を写すという手法は、工夫次第で、視覚的にも触覚的にも意外性ある仕掛けを取り入れることができるため、自らの技術力の高さや発想の新しさを提示するのに非常に効果的である。これまでに行われてきた写しの文化の中でも、是真が独自の表現として異素材写しを発展させることができたのは、このような是真と近い関係にあった人々の趣味趣向と、是真によって多様な展開をとげた変塗の表現が相互に作用したためであるといえるだろう。

2013年度 奨励賞 総合芸術学科 総合芸術学専攻 4回生 濵野 志織 HAMANO Shiori

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