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具体美術協会と物質


 具体美術協会は、1954年に結成され、1972年、実質的オーガナイザーである吉原治良 (1905~1972) の死によって幕をとじた、美術実験集団であった。 近年ますますその作品の重要性が高まってきている。 世界各地に巡回するような現代美術の大規模な展覧会には頻繁に顔を見せ、様々な美術の言説の中にも作品が例示されるようになってきている。


 ところで、吉原治良と、具体美術協会は同一のものとして論じられているが、彼らの間には、作品に対する意識の相違が見られる。 具体美術協会には新しい西欧の動向を視野に入れた上での、戦略としての物質への視線が存在したが、それは吉原治良が生み出したものであった。 吉原治良は第2次世界大戦までは、モンドリアンが最高だと考えていた。 しかし、第2次世界大戦後である当時、吉原はモンドリアンを超える作品をつくらねばならぬと考えていた。 そこで、打ち出したものが、物質性であった。 吉原治良は日本でいちはやくポロックに注目した人物であるが、ハロルド・ローゼンバーグとは異なり、アクション性よりもむしろ、ポロックのエナメル (物質) の用い方に注目した。 彼の焦点は物質にあった。 「現代の美術ではポロック、マチュウ等の作品に敬意を払う。 これ等の作品は物質即ち油絵具やエナメル自体が発する絶叫である。 これ等の二人の仕事はそれぞれの資質的な発見による的確なやり方で物質と取り組んでいる。 むしろ物質に奉仕するようでさえある。 分化と統合のすさまじい効果が湧き起こっている」 (具体美術宣言一部抜粋) 。 しかし、皮肉なことに、物質への視線という理論に基づいた戦略は、なかなか評価されることはなく、具体美術協会の作品だけが独り歩きしていき、多くの批評家によって様々な読みかえがなされていった。


 一方、具体美術協会則は、吉原が、戦略として物質性と捉えたのとは異なり、あくまでも、個人の精神をいかすという観点から物質性を捉えていた。 例えば、会員の一人である白髪一雄は、『具体』誌の中で、「作者のパーソナリテー」や「自己のパーソナリテー」を表現するためには、自己を表現し得る物質を選択し、その素材の物質性を露呈しなければならず、その操作をすることではじめて自己表現が成し遂げられると記している。 メンバー達は、「物質をいかすこと」で「自己の表現」をなしとげようとしていた。 「物質をいかしきること」によって「作家個人」の「精神をいかす」と考えていたといえる。


​ 具体美術協会の作家といえば、村上三郎、白髪一雄、嶋本昭三といったアクション系の作家の作品がよく知られており、頻繁に論じられてきた。 具体を最初に評価した彦坂直嘉は、彼らの作品にプラクーシスの萌芽を見た。 ついで、千葉成夫は、宮川淳の言葉を援用し、「表現行為の自己目的化」、「表現過程の自立」の端緒や、「もの=世界に関わる、しかも身体的にかかわるという、後に「もの派」において全面展開される思想の萌芽」そして、「極限化」という言葉で1960年代に主流となる日本概念派らの先駆的要素を抽出した。 このような過程を経て、具体美術協会は日本の「現代美術」のアイデンティティーを証明するものとして「日本現代美術」の中に組み込まれている。 「表現行為の自己目的化」という文脈においては、村上三郎、白髪一雄、嶋本昭三のいわゆる「アクション」を一般公開していた「初期具体」の時期の作品が評価の対象とされてきた。 「日本現代美術」における具体の評価とは、「日本現代美術」という言説を編む上で出現した消極的評価ではなかったろうか。 「反芸術」への評価が確立した上で出現した「先駆」という位置づけの色合いが強く、作品分析の文脈も「反芸術」の文脈を意識しすぎているように思われる。 具体中期以後、すなわち、国内の美術状況に目を向けたとき、1957年以後の作品が語られなかったのもそれが一因であったように思われる。 しかし、作品に目を向けることにより、アクションの公開、非公開に、惑わされることなく初期、そして従来、批判にさらされてきた中期以後の作品をも視野に入れた分析が可能となるはずである。 私はここで物質という視点を用いたく思う。 当時、行為のみならず、同時に物質という視点もはたらいていたことは、既述の例をあげるまでもなく、具体美術宣言にも明白である。 当時の批評家には、それが作品として受け入れがたかったに違いないが、白髪一雄、村上三郎、嶋本昭三において、アクションと作品は不可分のものに違いないのである。 今一度、具体美術宣言を参照してみたい。 「具体美術は物質を変貌しない。 具体美術は物質に生命を与えるものだ。 具体美術は物質を偽らない。 具体美術においては人間精神と物質とが対立したまま握手している。 物質は精神に同化しない。 精神は物質を従属させない。 物質は物質のままでその特質を露呈したとき、物語をはじめ、絶叫さえする。 物質を生かし切ることは精神を生かす方法だ。 精神を高めることは物質を高き精神の場に導きいれることだ。 ~後略~」。 具体美術協会は、物質への視線が非常に強い前衛集団であった。 例として挙げたものは具体美術宣言の一部であるが、その他の箇所にもアクションを目的とするようなことは全く書かれていない。 そこに強く現れているのは、物質をいかす事のみである。 「表現行為の自己目的化」の文脈の中で具体美術協会が論じられるとき、彼らの活動を象徴すべく作られたこの具体美術宣言のことは忘れ去られてはいないだろうか。 そして同時に、「物質」という視線も抜け落ちてはいないだろうか。 具体美術協会員全員がアクションによって作品を制作していたわけではなかったはずである。 もちろん、アクションは具体美術協会の特質のひとつとして数えられようが、それは、物質への視線の中で生まれてきたものであり、物質をいかすということと表裏一体のものであったはずである。 物質への強い視線を考えると、具体美術協会の作品をよむ際には「アクション」よりもむしろ「物質」という側面からのアプローチこそ自然な流れではなかろうか。

1999年度 梅原賞 大学院 芸術学専攻 院2回生 浅野 真理子

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