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つながりで見る美術鑑賞教育―学校教育における発達の視点から―

―(論文要旨)―


1.はじめに

 本論では、「学校教育における鑑賞指導に関する一考察-小学校における鑑賞教材の開発と実践を通して-」(2004石原麻衣)で扱った小学校における鑑賞指導の研究を踏まえ、中学校での鑑賞指導はどうあるべきかを構想、実践し考察した。 これら一連の研究は、特に学校教育における鑑賞指導に視座を据えてきた。美術鑑賞の場は学校以外にも美術館やギャラリー、地域の公共施設や野外彫刻など様々な場所が考えられる。また、子供たちは学校週5日制の実施に伴い、地域の活動や自己の興味関心に応じた主体的な活動の時間と機会を得た。しかし、美術館に子供の姿を見かけることはまだ少ない。外的な条件が整っても、内的な条件つまり「美術作品をみたい」という関心意欲がなければ行動に移すことはない。そこで、学校教育の中で美術作品と出会い、鑑賞する楽しさを知ることがきっかけとなり、今度は自分の意志で美術館に訪れ、美術鑑賞を生涯の楽しみの1つとして欲しいという願いがこの研究を始めた動機である。 それでは、美術作品を鑑賞するとは一体どのような行為なのだろうか。美術鑑賞はしばしば「感動」や「感性」といった言葉と共に語られることが多い。美術鑑賞はただ単に物を見るだけの行為ではないと考えられる。しかし、その見つめているまなざしの奥でどんな活動がなされているかについては言及されることが少ない。 本研究では、美術鑑賞を「見る」ことと「学ぶ」ことの両面から考察し、特に学校教育における中学校美術科の具体的な鑑賞の授業を提案するとともに、その開発した教材の実践結果について考察する。


2.美術鑑賞とは何か

 先行研究や調査から美術鑑賞という行為は、人によって多様なものであるということが明らかになった。また美術鑑賞とは「作品を媒体とした作者と鑑賞者のコミュニケーション」であると定義した。美術鑑賞が難しいと言われるのは、美術作品を媒体としたコミュニュケーションが不全状態に陥った状態であり、コミュニケーションの能力を高めるための学習が必要であると考えた。


3.美術鑑賞教育の目標と子どもの成長発達

 調査や先行研究から、美術鑑賞の能力は小中学校段階までは発達課題としての成長発達と密接に関係し、中学生以降は経験的な要因に強く影響されることが明らかになった。さらに、小学生から中学生への時期は、ものの見方が主観から客観的な見方に移行する時期であり、学習によって客観的な見方を学ぶことが大切な時期であると考えた。この発達課題に沿って開発教材の目標を以下のように設定した。


 1. 美術作品に表現された作者の心情や意図、創造的な表現の工夫、作品が生まれた時代背景などを理解し、見方を深めようとする。(造形への関心・意欲・態度)
 2. 作品に対する自己の価値意識をもって批評し合い、作品のよさや美しさを幅広く味わい理解する。(鑑賞の能力)


4.教材の開発とその実践及び結果

目標を達成するために開発した教材には以下の4つの特徴を持たせることとした。


 1. 多様な鑑賞スタイルに対応する方法であること
 2. 生徒の内発的意図に沿った鑑賞であること
 3. 客観的な見方を促す方法であること
 4. 自己の価値意識を人に伝えられること


 事前質問紙調査から生徒の鑑賞経験は少なく、まず鑑賞経験を持つことが必要であること。そして鑑賞活動を通した学びを意識させる方略が必要であることが明らかになった。その方略の1つとして、複数の作品を比較し、作品の持つ情報の関係性を手がかりに鑑賞する方法を考えた。その関係性を本研究では「つながり」と表す。 開発した教材は、多様な認知スタイルに対応し、生徒の内発的な動機付けを重視するために、コンピュータを活用した個別学習の形態とした。 教材の構成は、つながりでみる「コンピュータ美術館」と夏休み中に、生徒自ら美術館や身近な地域にある絵画作品と出会い、レポートで伝える「本物の絵画レポート」の2部構成とした。


 事前・事後質問紙調査、ワークシートの記述、コンピュータの操作記録、授業中の生徒の発言などから、開発した教材について評価を行った。また、教材の学習による生徒の変容についても評価を行った。


 指導計画第1次のコンピュータ美術館では、つながりを含めた教材の機能、教材のコンテンツ、ソフトウェアの操作性を評価する意見が見られ、高評価していた。しかし、つながりによって鑑賞するという意図が伝わっていない面もあった。指導計画第2次の本物の絵画レポートでは、実物の作品を見たり、美術館へ足を運ばなければ気がつかない発見を多くの生徒が行っていた。


 第1次と第2次の関係性について、「コンピュータで絵の見方がわかったから本物の絵画もよく見られた」と美術鑑賞の観点を学んだ影響について自覚している生徒もみられたが、多くの生徒は「コンピュータと本物の絵画では、大きさも感じ方も題材も全然違う」と答えていた。


5,おわりに

 中学校の現状として、1クラス約40人の生徒がおり、授業時間数は週に1時間程度に限られている。その中でコンピュータを活用した鑑賞指導は現実的で実現しやすく、美術館等における直接体験としての鑑賞の事前学習として有効であると考える。また、表現活動の苦手な生徒の中にも、この一連の授業を通して作者の心情を深く考え表現するレポートを書いた生徒もみられた。


 今後の課題としては、授業全体を通して意欲が低い生徒に対して、どのような手だてを用いるかということである。例えば、ただコンピュータ美術館で鑑賞するのではなく、気に入った作品を数点選んで、自分の展示スペースに飾るシミュレーションを行うなど、学習の意欲付けに工夫が必要であったと考える。


 本研究では、義務教育という絵画との出会いの段階を中心に論じてきた。今後、生徒達が美術を通した学びから主体的に美術を学び親しむ活動へ繋げられる為には、学校教育の社会教育の枠を超えて、美術文化と親しむための方法やシステムについても考えて行かなければならない。

2005年度 大学院市長賞 大学院 芸術学専攻 院2回生 石原 麻衣 

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