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誰が袖図屏風に描かれたもの ―二つの「型」がさし示すこと―

―(論文要旨)―


はじめに


 小袖衣裳が、衣桁に掛かる様を描く屏風絵が多数現存し、これらは現在「誰が袖図」屏風と総称される。管見の限りで現存作例は35点、過去の売立目録なども参考にすると、図様を確認できるものは総計50点に及ぶ。50点という作例数は、「小袖衣裳が衣桁に掛かる様を描く」図様が、一つの画題として成立していたであろうことを物語る。衣桁に掛かる衣裳を描くことで、ここには何が表現されているのであろうか。本論は、「誰が袖図」屏風作例群において頻繁に反復される二つの「型」に注目し、「誰が袖図」に描かれたものについて考察を行った。


一章 「誰が袖図」屏風における二つの「型」


 一節 構図の「型」―「誰が袖図」屏風における定型的図様

 50点の「誰が袖図」屏風作例における連関を考える上で最も注目すべき点は、図様上の類似である。既にこの類似は、佐藤美貴氏をはじめとする数人の研究者達によって指摘されている。佐藤氏は、「誰が袖図」屏風47作例を比較対照し、描かれる衣装の形態と文様に類似した表現が見られることを指摘している。そしてこの類似は、共通の「型」が用いられた結果であるかもしれないという説を提出された。筆者もまた本論で、この図様上の「型」に注目をした。反復される形態は、制作における何らかの「型」の共有を暗示するものであろう。ここに、一つの「型」―「同種類の物を幾つも作る時、基にするひながた・下絵、あるいは作品そのもの」―を軸とした図様展開を想定できる。本節では、その軸となる定型的図様として、具体的にはどのような図様を考えることが出来るか、そして、どの作例が定型的図様と連関を持つと考えられるかを論じた。

 定型的図様が規定する衣装(形態・配置)表現は、本屏風絵の図様の基本的骨組みとなるようなものである。この節では、この定型的図様こそが、「誰が袖図」屏風という一連の屏風絵の一つの特質を担うものであるということを述べた。


 二節 文様の「型」―「誰が袖図」屏風における文様型

 筆者は考察を進め行く中で、上記図様上の「型」に加えて、もう一つ、「誰が袖図」中に反復される型に注目をした。その型とは、細部表現における文様の「型」である。

 「誰が袖図」屏風作例に描き出される衣裳の多くは、その細部が、細かな文様で埋め尽くされている。いくつかの作例においては、この細かな文様表現を、絵画作例としては実に特徴的な表現で行っている。すなわち、何らかの文様型の使用による文様の刷り出しである。この、「文様表現のための型の使用」は、非常に些細なことながら、その傾向の顕著さと特殊性において注目すべき事柄である。用いられる「型」の技法とは、どのようなものか。本節は、「文様型の使用」という一つの技法の共有と、この技法自体の特殊性についての考察を行った。

 「誰が袖図」屏風の制作においては、従来の絵画史的枠組においては捉えがたいほどに特徴的な「型」による制作の手法が、表現上大きな役割を果たしていた。型の技法の「誰が袖図」への適用こそは、「誰が袖図」に独自の表現を可能にし、この画題そのものの成立と発展の契機となるものであった、と考えることができよう。


二章 二つの「型」が指し示すこと


 一節 定型的図様と文様型

 一章において別々に規定した二つの「型」は、どのように連関し、「誰が袖図」屏風の図様を形作っているのだろうか。定型的図様との関連・文様型使用、この両方の有無を確認出来た作例は24点であった。この24作例を検討した結果として、定型的図様と文様型という形式面での傾向性がともに、「誰が袖図」屏風制作においては原初的で正統的なスタイルであった可能性を指摘した。そして、「誰が袖図」屏風の図様展開の非常に初期的な段階で、「定型的図様と文様型の使用」という制作スタイルが定着し、その特徴的なスタイルが、現存作例の各々の中に濃くあるいは薄く痕を残しているのではないかという筆者の考察を述べた。ではこのような二つの型を用いて、画中にはどのようなものが描き出されていたのだろうか。


 二節 「誰が袖図」屏風に描かれたもの

 定型的図様に描き出されたものは、非常に具体的な衣裳の形態である。積み上げて重ね置かれた衣裳と小裁の小袖、この二点は定型的図様においては非常に特徴的で、そして必要不可欠な形態であった。文様型が描き出すものは、摺箔の装飾がリアルに再現された衣裳である。本節では「誰が袖図」屏風に描かれたこれら3点の特徴的なモティーフ表現について考察し、そしてこれらが、「誰が袖図」屏風における表現の根幹となっているという筆者の論を述べた。

 3点の特徴的なモティーフの、形態として極めて限定的な表現を、ただ視覚的に美しい衣裳が掛かる様を描いただけの表現であると言うことは出来ない。「誰が袖図」の図様形成においては、このような形や描法に限定するべき明確な理由が存在したと考えることが出来るのではないだろうか。そしてそれこそがまさに、「誰が袖図」屏風の主題の意味であろう。


おわりに


 本論の考察の結果理解できたことは、少なくとも「誰が袖図」屏風の作例群における定型的図様と文様型が、「誰が袖図」という画題にとって不可欠の表現であるらしい、ということであった。衣裳を衣桁に掛け並べたさまを描く作例を総称して「誰が袖図」屏風と呼んではいるが、これらは「衣裳が衣桁に掛かる様を描く」という事項だけを共有する作例群では無かった。衣裳を衣桁に掛け並べたさまを描くことのみが目的であるならば、このように決まった形の衣裳・構図を用いる必要は無い。それでも定型的な図様が反復され、文様型使用の技法が共有されるということは、定型的図様と文様型が、「誰が袖図」という画題が描き出そうとするものそのものであったということを意味している。「誰が袖図」は原初的には、「定型的な図様と文様型という独特な技法を以て、ある特定の衣裳・またそれを含む情景を描く」ための画題であったと考えることが出来よう。

2007年度 大学院市長賞 大学院 芸術学専攻 院2回生 奥田 晶子 Akiko Okuda

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