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信貴山縁起絵巻の研究 ─伴大納言絵巻との比較を中心とした考察─

―(論文要旨)―

 

はじめに
第1章 信貴山縁起絵巻の研究史と問題点
 第1節 信貴山縁起絵巻に関する資料と絵巻の現状
 第2節 制作年代に関する先行研究
  ―風俗・建築の立場から―
 第3節 制作環境に関する先行研究
  ―説話・風俗の立場から―
第2章 信貴山縁起絵巻における画面構成の特徴
 第1節 様式的な点からの考察
  ―空間表現―
 第2節 形式的な点からの考察
  ―霞と同一姿態の表現―
第3章 信貴山縁起絵巻における制作の手順と技法
 第1節 詞書と画面との関係
  ―絵巻制作の流れと復元の問題をおって―
 第2節 信貴山縁起絵巻と敷写しの問題
  ―同寸同型の表現をおって―
 第3節 信貴山縁起絵巻における下絵の在り方と役割
第4章 信貴山縁起絵巻の成立
 第1節 信貴山縁起絵巻の時代性
 第2節 信貴山縁起絵巻の制作環境
結びにかえて
参考文献
附記

 

 ​平成十八年五月、京都国立博物館において特別展「大絵巻展」が開催された。展示は源氏物語絵巻、信貴山縁起絵巻、鳥獣人物戯画を含んだ四十八件、うち国宝十五件、重要文化財二十六件という大規模なものであった。以降、石川県立美術館において信貴山縁起絵巻全三巻が、出光美術館において伴大納言絵巻全三巻が、徳川美術館において源氏物語絵巻十二図が、サントリー美術館において鳥獣人物戯画全四巻が公開され、近年絵巻物を題材とした展覧会が相次いでいる。「一挙公開」、「一堂に公開」といった言葉で華々しさが強調された展覧会からは、日本美術における絵巻物の存在価値を再認識する一方で、残念ながら四大絵巻をはじめとした諸作品にはまだまだ解決されていない問題が山積していることを自覚するのも事実である。本論が取り上げたのは、四大絵巻のなかでも最高傑作と謳われる信貴山縁起絵巻である

 

 信貴山縁起絵巻の研究に際して本論では、特に二つのことに重点を置いて研究を進めた。

 

 一つ目は作品の表現と真摯に向き合うことである。信貴山縁起絵巻は膨大な先行研究を有するが、本絵巻の表現について丁寧に観察し、表現の特徴を細かく記述したものは意外に少ない。形式的な問題や文献に目を向けることも重要ではあるが、作品自体がいかなる性格を備えているのか、他分野に配慮した二足の草鞋を穿いたかのような絵画史研究では決して解決することのできない問題があると筆者は信じている。少なくとも本論では、絵画表現そのものから作品の特徴を丁寧に読み取ろうとする姿勢と、その可能性だけは示せたのではないかと思っている。 二つ目は素材や技法の問題について考察することである。表現の性格や特徴は素材や技法の問題と切っても切れない関係にある。素材や技法は根本的な部分で作品を形作っているのである。近年では、科学的な手法を用いて作品を調査する機会が増えており、源氏物語絵巻や伴大納言絵巻の場合は科学的な手法を用いた調査の内容をある程度知ることもできる。しかし、信貴山縁起絵巻においては科学的な手法を用いた本格的な調査は未だに行われておらず、本絵巻における表現の性格や特徴について素材や技法の問題から考察したものは少ない。素材や技法の問題は目に見えにくい問題であり、科学的な調査が主流であることは承知しているが、今回は筆者の力の及ぶ範囲で素材や技法の問題について取り上げ、本絵巻における表現の性格や特徴と素材や技法の問題との関わりについて考察した。 第一章では、信貴山縁起絵巻に関する資料と絵巻の現状について確認し、本論に関わりのある先行研究、すなわち制作年代と制作環境に関わる問題について論じた研究を中心に概観した。

 

 第二章では、信貴山縁起絵巻における絵画表現や画面構成の特徴を読み解くことに力を注いだ。第一節では、信貴山縁起絵巻における空間性の特徴について、伴大納言絵巻との比較を中心に考察した。第二節では、信貴山縁起絵巻における形式的な部分について、同時代の絵巻物との比較を中心に考察した。

 

 第三章では、信貴山縁起絵巻における制作の技法や手順の問題について考察した。第一節では、本絵巻の詞書と画面との関係、詞書と料紙との関係について他作品と比較しながら確認し、本絵巻の特徴について考察した。第二節では、諸先輩方の指摘を参考にして、本絵巻における技法の問題についての考察を行った。特に、信貴山縁起絵巻の表現に大きく関係している敷写しの技法について取り上げ、伴大納言絵巻との比較を中心に本絵巻の性格について考察した。また信貴山縁起絵巻の技法的な脈絡を求め、本絵巻と華厳宗祖師絵伝義湘絵との関係についても考察した。第三節では、前節、前々節での考察をもとに、信貴山縁起絵巻における下絵の在り方と役割について考察した。

 

 最後に第四章では、第二章、第三章での考察を整理し、信貴山縁起絵巻の制作年代と制作環境について再検討した。 個々の作品における表現を細かく丁寧に見ることに重点を置くあまり、多くの作品にあたることができず、本絵巻の位置付けについて大きな視点から考察できなかったことが反省点である。また気持ちばかりが先走ってしまった部分や雑な部分もある。今回の論文において自分ができたことできなかったことをしっかりと自覚し、今後の研究に活かせるように頑張っていきたい

 

 本論の細かな内容については修士論文をご覧いただき、至らぬ点に関してはご指導いただければ幸いである。 最後に、筆者を指導してくださった先生方をはじめ、皆さんと出会えたことに感謝したい。

2008年度 大学院市長賞 大学院 芸術学専攻 院2回生 吉田 卓爾 Yoshida Takuji

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