Mark Rothko マーク・ロスコ再考 ~私は複雑な思想を単純にすることを好む~
―(論文要旨)―
本論が取り上げる画家マーク・ロスコ(1903~1970)の代表的な作品は、大きな画面に矩形の色面が3つ程、縦に並んだ構図(Classic期)の一見単純なものであるが、実は複雑な筆致で描かれており、作品の前に立つ鑑賞者を画面の中に引き込むような力で魅了する。ロスコは抽象画の制作にどのように対峙したのか。そして、鑑賞者を迎え入れるようなあの穏やかな抽象画の裏側には何が隠されているのか。一人の画家の抽象画に対する制作姿勢を追う。
まず、Multiforms期というロスコの作品が具象的な表現から抽象的な表現(Classic期)へと変化する過渡期について時代背景やロスコの思想を踏まえて考察し、ロスコが抽象的表現を選択した意図を明らかにする。世界大戦中にヨーロッパ美術がアメリカに与えた影響(中でもSurrealism的手法)はロスコの抽象的表現の契機となり、また「普遍的に超越性を持つ主題」すなわち「神話的主題のように現実離れした内容で、どの時代どの場所においてもその本質が共通する主題」は、この頃から生涯を通じてロスコの主題となる。さらに、既存の手法を脱しロスコ独自の表現が始まるMultiforms期では、「フォルム」を「演技者」に喩え画面の中で自由に演技させるという発想を得て、大胆な構図の画面へと変化させる。
次に、壁画シリーズにおける「囲まれた空間」の追求について述べる。「絵画」としての作品から「壁画」の概念を持った作品、つまり特定の「場」に展示される複数の作品の制作が展開される。そして、ロスコは「作品と作家と鑑賞者の関係性」、または「作品の寸法拡大」、「展示空間」に注意を払い、最終的なロスコ・チャペルの壁画制作では建築的な構造にまで自分の意志を通すようになる。
一方、Tate Modern(英)によるシーグラム壁画9点の化学的分析結果(2008)を参考に、ロスコの画面構造について検討し、実制作(学内展展示、写真参照)によって検証を試みた。ロスコは、支持体の帆布から、着色した膠下地、絵具の層まで独自の方法で制作し、下地の工夫やメディウムの質感の違いによる画面効果の変化を意図していたことが確認された。
これらのMultiforms期と壁画シリーズについての考察から見いだせるのは、「超越的な主題」への執着、大きな寸法の持つ「人間的な親密性」、また構成の「明晰化」などであろう。そしてそれは、Classic期にも通じる制作姿勢なのである。ロスコは、自身を抽象画家ではないと語る。というのは、ロスコは「普遍的な超越性を持つ主題」を画面に表現し続けたのであり、抽象的な画面はその結果なのだ。つまりロスコは、鑑賞者に主題への扉を開放する役割を、余計なものを省いた明晰な大画面に与え、鑑賞者を中に引き込むような効果を狙ったのだろう。しかしながら、単純な構成でこのような複雑な思想を表現するには、絵具の層や筆致にも配慮したロスコの技量が欠かせない。
ロスコは神話や古代中世建築を創造した過去の偉人たちに憧れを持っていた。だからこそ、今でもロスコの作品は遺跡のように堂々とした画面を持続しているのかもしれない。
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